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第三章
第156話 豊穣祭 その一
しおりを挟むカミール領に来て三か月が過ぎた。
瘴気溜まりを浄化したせいか、このところ街の近くに魔物が現れるという話しを聞かなくなった。
茶畑を巡回している冒険者たちの会話を聞いた私は、内心でガッツポーズする。
やはり瘴気が魔物を強くしていたのではないだろうか?
お母様が生まれ育ったこの街を、より安全に皆が安心して暮らせるようにしたい。
さて、今日から三日間、豊穣の神に感謝を捧げるお祭りが開催されるらしい。
カミール領では年に四回お祭りが開催されるとのことなのだが、キリアンさんによると「珍しい食べ物や遊びがあって楽しい」とのことだった。
このところ、もの造りに夢中になっていたヒデさんに声をかけてみたところ、ぱぁっと瞳を輝かせて即答で返された。
「お祭り!?行く行く!誘ってくれてありがとう!」
もの造りの最中にも関わらず両手を上げて喜ぶヒデさんの姿は、どこにでもいる十代の少年のように見えた。
やっぱりお祭りのようなイベントはテンションが上がるのだろう。
「ふふ。どういたしまして。たまには気分転換も必要だと思って誘ったんだけど、誘って正解だったようね」
冷蔵庫をきっかけにもの造りに目覚めたヒデさんは、より快適に過ごせるようにと日々もの造りに励んでいる。
原材料を抑えて一般庶民でも買えるようにしたいと言っていたが、それを実現するにはまだまだ遠い道のりのようだ。
家には冷蔵庫の他にトースターと洗濯機があるものの、使用した原材料では到底安い値段で販売するのは難しいと頭を抱えていた。
ただ、ものを造るだけでなく、先々まで考えているヒデさんに私は感心するばかりだった。
ずっと部屋に閉じこもってばかりだと思考が鈍ってしまうだろうと誘ったのだが、どうやら良い息抜きになりそうだ。
そんなわけで、皆と豊穣祭に出掛けることが決定した。
「うわぁ~……。凄い人だかり」
街の通りは賑わっており、着飾った人たちが楽しそうに歩いている。
これだけの人がどこから集まって来たのか疑問ではあるが、それだけこのお祭りを楽しみにしていたのだろう。
あまりの人の多さにブロンを抱きかかえて呆気に取られていると、隣からスッと手を差し出された。
「人が多いから手をつなごう」
私を気遣って差し出されたその手をジッと見つめる。
誰かと手をつなぐなんていつ以来だろう。
精神的には私の方がヒデさんよりずっと大人なわけなのだが、その優しい気遣いが嬉しくて差し出された手に自身の手を伸ばした。
肩に乗って周囲を見渡したメイスが鬱陶しそうにぼやく。
『どこからこれだけの人間が湧いてきたんだ……どこもかしこも人間だらけで堪らん』
確かにこの人の多さは尋常じゃないし、人混みと熱気にあてられて酔ってしまいそうだ。
だけど、皆お祭りを楽しみにしていただろうから、今は我慢してほしい。
機嫌悪そうに尻尾を振り出したメイスを横目に、私は周囲に視線を走らせる。
「あっ!メイス、あそこに串焼き肉が売っているよ!軽く腹ごしらえしない?」
人だかりの隙間から見えたのは、串焼き肉の文字と肉が焼ける香ばしい匂いだった。
その声に、不機嫌だったメイスの耳がピクッと動く。
鼻をヒクヒクとさせ尻尾をピンと立てたメイスが、やがて興味深そうに口を開いた。
『ほぉ……串焼き肉か。ベルクで食した串焼き肉は美味かった。どれ、美味いか食してみよう』
ベルクの街で食べた甘辛い串焼き肉を思い出して、メイスの尻尾が機嫌良くゆらりと揺れる。
どうやらご機嫌取りは成功したようだ。
微かに漂ってきたタレの香りにブロンが反応する。
『なんか、おいしそうな匂いがする!おねえちゃん、あそこに行こう!』
私の腕を足場にして身を乗り出したブロンが、早く早くと促してきた。
その仕草が可愛くて頬が緩む。
私達は串焼き肉を買うため、人混みを縫うようにして目的の店へと向かった。
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