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16.力の強い孤独な王と二人の夕日
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***
私が道行く人に好奇の目で見られながらララさんに運ばれて辿り着いたのは、閑静で広大な公園の中に建ち並ぶ建物だった。
「あちらが国立美術館、対面しているのが博物館です。美術館には十二の島の美術性のある作品を、博物館にはバムダの歴史的遺物や諸々の調査書の展示など。更にその先に植物園があり、古来からの数多の植物を保存育成しております」
多目的に利用されている大規模な公園内に公共施設がある事で親しみも認知度も上がるそうだ。
昔、大人になって自由に外に出られたら美術館に行ってみたいと思っていた。勿論学校に通っていた時まではそれも可能だったのだろうが、子爵家は祖父の没後領地も無く庭師や調理人を常駐させる事も出来ない所謂没落貴族になり、学校に行く時は乗り合いの馬車を利用していたし、美術館まで一人でなんてとても足を運べる距離でも無くて。せいぜい行ける所と言えば小さな公園のオブジェを観たり学校の図書室で図録を観たりと狭い範囲だった。侯爵家でも外出自体が禁止されていたから結局私はこの歳まで籠の鳥だったのだ。
どんなに知識があろうとも体感し、その眼で見る行為がどれ程重要で理解を伴う尊い経験なのか私はこの数ヶ月でもう知っている。
公園内に吹き込んでくる爽やかな青い風を顔に受け、胸を踊らせながら私は美術館へ向かって歩き出した。
中に入ると思っていたより人が多く賑わっている。とはいっても騒ぐ者は居らず絵や彫刻、オブジェや陶芸、漆芸、織物など思ったよりも多種多様な作品が展示されており、中でも織物の色彩は華やかで発色も素晴らしくしばらくその前に佇んで見上げて観ていた。
別世界へ誘う様に脳に入り込んで来るその昔からのおとぎ話を模した作品は、バムダの獣人が自身の爪で編み込んでおり、パートごとに別の者に替わりリレー方式で繋げていったと言うとても長く大きな物だった。
「えっと…力の強い孤独な王の物語?少し寂しげなタイトルね」
するとララさんがこの作品の説明をしてくれた。
「王には強大な力がありました。それは…」
それは「力の強い王」の孤独と諦観のリストア。
彼は力が強過ぎた。強過ぎて困る事など無い様に思われるがそうではない。それがウィンロードであったなら…
番と呼ばれる伴侶が探し出せなかった、と言う事なのだろう。
力が強過ぎる故の孤独。愛した人が魔力耐性を持たなかった場合、耐性があっても均衡していない場合。彼はその相手を死へと向かわせてしまうのだ。
死なせてしまうと分かっても生涯一緒に過ごせるだろうか…
きっと沢山悩み苦しんだろう。あるいは子を諦め夫婦としての営み抜きに側に居る事は出来ると考えただろうか…
だがそれは独りよがりな選択だ。相手を想う心があるなら手放してやらねばならなかった。そんな優しい「力の強い王」は生涯独り身であったと言う。つまり今の王は兄弟かその縁者の子孫なのだろう。
そうして生きている間に「力の強い王」はバムダの基盤を整え若くして亡くなったそうだ。
「力の強い王は巨大なドラゴンを同時に三体創る事が出来、波打つ侵略者を打破し魔獣を殲滅したと伝えられています」
「三体も!…て実際にドラゴンを見た事は無いから想像出来ないんだけど、もしかしてララさんはある?」
「はい、御座います」
「…! 御伽話じゃ無かったの?本当に?」
「謀りごとなど申しません。ウィンロードはドラゴンを創り出せる唯一の種族であるのです。…が、今はその中でも極小数のお方しか」
つまりウィンロードの皆が皆その力を引き継いでいないと言う事なのだろう。強い王は子を残せなかった。それはバムダ王国にとって残念な結果だった筈だから。
「そっか…」
その時私はなぜかウィンダム王子を思い描いていた。
彼は…魔力が強いのではないだろうか?彼だけが転移動の魔法を使えると言っていた。彼だけ?それに今は婚約者も居ない。…居ないのではなくて番になれる相手が見つからないから?
目の前の美しい織物をもう一度見上げる。顔を手で覆いひざまずくウィンロードである抽象的なウィルドルドの姿。優しい強い王。国の力の象徴ウィンロード。だがそれは同時に孤独が付きまとう悲しい歴史でもあったのだ。
ウィンダム王子と被るその姿を見つめると胸にいわれもない感情が湧き起こる。それが何なのか言葉に出来ない。ただ、一つだけ思わずにはいられない事がある。
それは彼がこの先孤独で過ごす事にならない様に切に願う事だった。
*
「ただいま。遅くなってすまない」
美術館の中庭のカフェで休憩している私達の目の前に再び姿を現したウィンダム王子。一時間はとっくに過ぎていたが沢山の素晴らしい作品を観て回れたので私自身は満足していたが、ララさんはご機嫌斜めだ。
「時間は厳守して頂きたく」
「思ったより時間がかかってしまったな悪かったよララ。でもありがとう」
「わたくしよりコリーン様にお詫びなさって下さいませ」
「ああ、その通りだな。すまなかったなコリーン。どうしても手に入れたい物があって……って何だ?」
「え?」
そう言いながらカフェの椅子に座っていた私にズンズンと近付いて来ていきなり顔を覗き込んで来るウィンダム王子。
「…顔が曇ってる。何があった?」
「曇ってる?…な、何もありませんよ?展示品はどれも素晴らしくて観た事の無いものばかりで…えっと少し歩き疲れたのかな?」
「そうか、なら良いが」
他人の機微に敏感な人だ。王子の顔を見たら一瞬あの孤独な王の織物を思い返してしまったからつい顔に出てしまったみたい。気を付けないと…
その時、頭の上でバサッと羽が風を切る音がしてパッと空を見上げると、黒い影がスゥ~と目の前に降りて来た。ビクッとして一瞬足が地から浮いて縮こまる。広げた羽をバサバサしながら閉じトットっと歩いて来たのは一羽のカラスだった。
「わぁ、カラスだ。でもなんか大きいですね」
そのカラスは私が知っているカラスよりかなり大きい。体長は優に六十センチは超えているのではないか。
「ああ、こいつはシンバ。カラス獣人で俺の近衛だ。代々王族に仕えてくれている家系でね。そう言えば会わせた事は無かったな。シンバ、原獣化を解いて彼女に挨拶してくれ」
そう言われ、変身を解いた彼は真っ黒な艶々の髪をしていた。
背は周りの獣人騎士より頭三つ分くらい低い。肌は褐色で綺麗な女の子の様なお顔をしている。髪で右目を隠してはいるが瞳はスカイブルー…カラスは全身真っ黒と言うイメージがあるが獣人になると容姿などその辺りは変わってくるのだろう。私の視線に気付いたのかニコッと笑いかけてくれた。わぁ、笑顔も可愛い~。
「ふわぁ、えれぇべっぴんさんだなぁ~も」
おや?
「お初にお目にかかりますだ~おらシンバつうもんだ。よろしくしてけろ嫁っ子さん」
おやや??
「こんなめんこい嫁っ子見つけてくるとはおでれーたなもす。おらの知らない間に何があったんだべな?」
ん???
「オホンッ。一昨日まで一時期他国に行かせてたんだが…変な言葉を覚えて来たみたいでな…その内直るだろうがまあ、これも味だと思ってくれ」
姿と言葉のギャップが酷過ぎ!でも声も可愛いわ。『ヨメッコ』の意味は分からないけど。いや、殆ど意味が分からないけど…何処の国の言葉なんだろう?ここにあのコロロコロンがあれば…!
「じっちゃから何んも聞いとらんだで?」
「お前は報告に来た後丸一日寝てたからだろう?全くちょっとは成長して来たのか?ふふ」
そう言いながらシンバくんの頭を撫で回す彼。
「言葉が解るんですか?」
「多分知ってる言葉なんだけどかなり訛ってるみたいでな。大体分かる程度だ。コリーンは普通に話して通じるから気にしなくて良いぞ?言葉のキャッチボールは暫く難しいかも知れないがな」
「そうなんですね…」
「一応言っておくけどシンバも近衛だからな。あんな姿だが、強いぞ?」
「え?強い?」
そこに横で会話を聞いていたダナンさんが参戦して来る。
「シンバ殿は近衛の隊長でいらっしゃいます」
「た、隊長?え?凄い!」
「この三ヶ月程『放浪の騎士』をしに行かれておりまして。更にお強くなられただろうなぁ。剣の稽古が楽しみです!」
「そうなんですね!」
ダナンさんの美しい嬉しそうな笑顔が眩しい。思わず彼のテンションに引きずられニコッと笑い返した。
「…何か俺が居ない間に仲良くなった?」
「ええそうなんです!コリーン様はとても可愛らしい(子ヘビ的な意味で)ので俺も好かれる様に頑張らないとなって(将来子ヘビが生まれたら父ヘビとして)」
「…あっ?何だと?」
「ええ~!?ダナンおんしララ嬢の前さ浮気宣言しよん…頭イカれたっちゃ?」
「ん?浮気とは何の事です?」
キョトンッとする私とダナンさん。
「…いや、なんでも無い。そうだな、ダナンに限って有り得ないよな。すまんすまん」
「なんだぁ~そうだんなも~ララ嬢さ諦めて嫁っ子に気い移しよんかと思ったに、そんなこつありゃせんな~はははっ」
『「???」』
私達を置いてけぼりのままウィンダム王子とシンバくんが自己完結する中、再び
「チッ」
無常にも今度は真正面からの舌打ちがその場に響く事になった。
*
その後、夕日の暖かい光が遠く空に見え始めた頃にスンッとしたララさんを宥めながら城に戻る事になった私達。ウィンダム王子がパチンッと指を鳴らすとまずダナンさんとララさんが、その直ぐ後にシンバくんとペリウスさんが転移動でその場から消えた。馬車はもう帰しているので直接送ったとの事。後に残ったのは私とウィンダム王子。
「コリーン、君は魔力耐性があるから君自身に魔法を掛けると適切な座標に反応出来なくてどこに行くか分からないんだ。だから俺に運ばれるか一緒に移動するかになる」
「…はい」
「うん、じゃあ抱っこしようか」
そう言ってまたもや両手を広げてスタンバイするウィンダム王子。
「あの…私思うんですけど、抱っこじゃなくて良くないですか?例えば手を繋ぐとか服を掴むとか…」
「成る程正論だな。だが断る!」
「ええ!何故ですか?」
「それは俺が楽しくない!」
「楽しい楽しくないの問題!?」
「問題だ。だって…コリーンを運んでる時すごく楽しい。後…すごく安心する」
「え?」
「……俺は、魔力が多いんだ。君は俺の魔力にあてられて体調が悪くなる事は無いだろう?」
魔力?あ…力の強い王…
「魔力ってのは魔素を浴び続ける事によって身体の中に溜まって行くんだ。魔力が溜まり過ぎると吐き気がして頭痛も酷くなり酒に酔った様になる。まあ、長い時を経て獣人は日常生活を送っていれば自然に発散出来る身体を手に入れたんだが、俺はどうにも魔力の量が多くてな」
そう言って王子は私に手を差し出して来た。
「幼少期はよく寝込んでたらしくて父が俺を担いでマサラヤマン島に行ってはミミルキーに魔力を吸い取らせていたそうだ。俺が魔法で上手く調整する方法を理解するまで続けてたって…手の掛かる奴だったって事さ。弟達と歳が離れたのはそれが原因かもな」
「大事にされていたんですね」
「そうかな…そうだといいな」
「え?」
「コリーン移動しようか。折角だから海の見える丘に行こう。夕日が綺麗に見えるから」
差し出されたウィンダム王子の手にゆっくりと私の手を重ねてみる。
大きくてガッシリしていて…熱い手。
何度となくこの手に触れられ抱き抱えられてきたけれどいまだに胸が高鳴る。手を握られた瞬間、私達は先程言っていた小高い海近くの丘に着いていた。
やっぱりこの力は特別だ。彼は力の強い王になる人なんだ。力の強い王に似た人生を彼は今生きている。
「ほら、綺麗だろ?木々の隙間から浴びる夕日も好きなんだけど、海に沈む夕陽を観ると一日が終わったのを感じてホッとするんだ」
「……私、この国に来るまで夕日がこんなに大きくて美しいものだとは知りませんでした。いつも建物の中からしか観た事が無くて…小さくて丸い太陽は何処か違う世界の照明の様に感じていたんです。だからあれが沈めばやっと一日が終わるって。…私達似てますね」
世界を焼き尽くす炎の様な深いバーミリオンの光を浴びながら、ウィンダム王子に向かい顔を上げた。
「貴方のご先祖様達が護ったこの国は本当に美しいです」
「……ああ…とんでもなく綺麗だな…」
「ふふ、ウィンダム王子の髪の色…太陽と同じで燦爛と輝くこの陽の光に溶け込んでしまいそう」
「…コリーン…君は眩しいよ。君の銀髪は凡ゆる色を反射してキラキラ光を放ってる」
遠くで街の騒めきとポツリポツリと見え始める灯り。私達はお互い何も言葉を発する事無く、暫く閃々としながら海に沈む陽を見送っていた。
すると王子は徐に左手を前に掲げるとパチンッと右手で指を鳴らした。左の掌に銀の細工が施してある小さな小箱がフッと現れる。
「君を待たせていた間に探しに行ってたのはコレなんだ。開けてみて」
「…私に、ですか?」
「俺は基本女性に贈り物をした事が無いからこれが正解なのか良く分からないんだが」
「あの、私高価な物は…」
「これは売買されない。価格の無い物だ」
「売買されない?」
私は渡された箱の蓋を静かに開けた。中にあったのは…金具は蔦の形をしており虹色に輝くふっくらと柔らかい三角に加工されたそれを囲う対のイヤリングだ。陽を浴びて周りに光を放っている。
「あれ?これ何処かで──…!もしかしてミミルキーのっ」
「耳輪だ」
これが耳輪?手元で見てみるとクリスタルの様な透明の石の中に赤や紫緑や青、様々な色が発光しながら収まっている。虹色に見えたのはこう言う事だったのか…
「中に光るこれは魔素なんだ。ミミルキーは魔素を含む草を食べると結晶の中に可視化された魔素が滲み出て取り込まれる。繁殖期に雄の耳の先に生えて来る物で、今の時期は落ちて殆ど土に返ってるんだが…因みに地面に落ちると直ぐに魔力が抜けて色を失くすんだけど、何とか木の間とかに挟まっていたのを見つけて保存魔法を掛けてみたんだ。あ、イヤリングへの加工はちゃんと店に頼んだから。だからちょっと遅れたんだ…」
あの時アリスカーラ女史がカラスに向かって飛び出して行ったのも分かる。これ程綺麗ならミミルキーに興味が無い者でも誰もが欲しがるだろう。
「…どうかな?コリーン。高価でも無いしこれなら貰ってくれるか?」
宝石なんか比でも無い。値段なんて付けられない。
私の為にわざわざこんな小さな物を探し出して来て…
どうして私の為に手間を惜しまないの?友達だから?
それだけ?
本当にそれだけ?
聞きたくても聞いてはいけない。私は愚かな女になりたくない。聞いて傷付きたくないの…きっともう心が耐えられない。
でもそれでも…
貴方が私をどう思っているのか知りたくて堪らなくなる。
私が道行く人に好奇の目で見られながらララさんに運ばれて辿り着いたのは、閑静で広大な公園の中に建ち並ぶ建物だった。
「あちらが国立美術館、対面しているのが博物館です。美術館には十二の島の美術性のある作品を、博物館にはバムダの歴史的遺物や諸々の調査書の展示など。更にその先に植物園があり、古来からの数多の植物を保存育成しております」
多目的に利用されている大規模な公園内に公共施設がある事で親しみも認知度も上がるそうだ。
昔、大人になって自由に外に出られたら美術館に行ってみたいと思っていた。勿論学校に通っていた時まではそれも可能だったのだろうが、子爵家は祖父の没後領地も無く庭師や調理人を常駐させる事も出来ない所謂没落貴族になり、学校に行く時は乗り合いの馬車を利用していたし、美術館まで一人でなんてとても足を運べる距離でも無くて。せいぜい行ける所と言えば小さな公園のオブジェを観たり学校の図書室で図録を観たりと狭い範囲だった。侯爵家でも外出自体が禁止されていたから結局私はこの歳まで籠の鳥だったのだ。
どんなに知識があろうとも体感し、その眼で見る行為がどれ程重要で理解を伴う尊い経験なのか私はこの数ヶ月でもう知っている。
公園内に吹き込んでくる爽やかな青い風を顔に受け、胸を踊らせながら私は美術館へ向かって歩き出した。
中に入ると思っていたより人が多く賑わっている。とはいっても騒ぐ者は居らず絵や彫刻、オブジェや陶芸、漆芸、織物など思ったよりも多種多様な作品が展示されており、中でも織物の色彩は華やかで発色も素晴らしくしばらくその前に佇んで見上げて観ていた。
別世界へ誘う様に脳に入り込んで来るその昔からのおとぎ話を模した作品は、バムダの獣人が自身の爪で編み込んでおり、パートごとに別の者に替わりリレー方式で繋げていったと言うとても長く大きな物だった。
「えっと…力の強い孤独な王の物語?少し寂しげなタイトルね」
するとララさんがこの作品の説明をしてくれた。
「王には強大な力がありました。それは…」
それは「力の強い王」の孤独と諦観のリストア。
彼は力が強過ぎた。強過ぎて困る事など無い様に思われるがそうではない。それがウィンロードであったなら…
番と呼ばれる伴侶が探し出せなかった、と言う事なのだろう。
力が強過ぎる故の孤独。愛した人が魔力耐性を持たなかった場合、耐性があっても均衡していない場合。彼はその相手を死へと向かわせてしまうのだ。
死なせてしまうと分かっても生涯一緒に過ごせるだろうか…
きっと沢山悩み苦しんだろう。あるいは子を諦め夫婦としての営み抜きに側に居る事は出来ると考えただろうか…
だがそれは独りよがりな選択だ。相手を想う心があるなら手放してやらねばならなかった。そんな優しい「力の強い王」は生涯独り身であったと言う。つまり今の王は兄弟かその縁者の子孫なのだろう。
そうして生きている間に「力の強い王」はバムダの基盤を整え若くして亡くなったそうだ。
「力の強い王は巨大なドラゴンを同時に三体創る事が出来、波打つ侵略者を打破し魔獣を殲滅したと伝えられています」
「三体も!…て実際にドラゴンを見た事は無いから想像出来ないんだけど、もしかしてララさんはある?」
「はい、御座います」
「…! 御伽話じゃ無かったの?本当に?」
「謀りごとなど申しません。ウィンロードはドラゴンを創り出せる唯一の種族であるのです。…が、今はその中でも極小数のお方しか」
つまりウィンロードの皆が皆その力を引き継いでいないと言う事なのだろう。強い王は子を残せなかった。それはバムダ王国にとって残念な結果だった筈だから。
「そっか…」
その時私はなぜかウィンダム王子を思い描いていた。
彼は…魔力が強いのではないだろうか?彼だけが転移動の魔法を使えると言っていた。彼だけ?それに今は婚約者も居ない。…居ないのではなくて番になれる相手が見つからないから?
目の前の美しい織物をもう一度見上げる。顔を手で覆いひざまずくウィンロードである抽象的なウィルドルドの姿。優しい強い王。国の力の象徴ウィンロード。だがそれは同時に孤独が付きまとう悲しい歴史でもあったのだ。
ウィンダム王子と被るその姿を見つめると胸にいわれもない感情が湧き起こる。それが何なのか言葉に出来ない。ただ、一つだけ思わずにはいられない事がある。
それは彼がこの先孤独で過ごす事にならない様に切に願う事だった。
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「ただいま。遅くなってすまない」
美術館の中庭のカフェで休憩している私達の目の前に再び姿を現したウィンダム王子。一時間はとっくに過ぎていたが沢山の素晴らしい作品を観て回れたので私自身は満足していたが、ララさんはご機嫌斜めだ。
「時間は厳守して頂きたく」
「思ったより時間がかかってしまったな悪かったよララ。でもありがとう」
「わたくしよりコリーン様にお詫びなさって下さいませ」
「ああ、その通りだな。すまなかったなコリーン。どうしても手に入れたい物があって……って何だ?」
「え?」
そう言いながらカフェの椅子に座っていた私にズンズンと近付いて来ていきなり顔を覗き込んで来るウィンダム王子。
「…顔が曇ってる。何があった?」
「曇ってる?…な、何もありませんよ?展示品はどれも素晴らしくて観た事の無いものばかりで…えっと少し歩き疲れたのかな?」
「そうか、なら良いが」
他人の機微に敏感な人だ。王子の顔を見たら一瞬あの孤独な王の織物を思い返してしまったからつい顔に出てしまったみたい。気を付けないと…
その時、頭の上でバサッと羽が風を切る音がしてパッと空を見上げると、黒い影がスゥ~と目の前に降りて来た。ビクッとして一瞬足が地から浮いて縮こまる。広げた羽をバサバサしながら閉じトットっと歩いて来たのは一羽のカラスだった。
「わぁ、カラスだ。でもなんか大きいですね」
そのカラスは私が知っているカラスよりかなり大きい。体長は優に六十センチは超えているのではないか。
「ああ、こいつはシンバ。カラス獣人で俺の近衛だ。代々王族に仕えてくれている家系でね。そう言えば会わせた事は無かったな。シンバ、原獣化を解いて彼女に挨拶してくれ」
そう言われ、変身を解いた彼は真っ黒な艶々の髪をしていた。
背は周りの獣人騎士より頭三つ分くらい低い。肌は褐色で綺麗な女の子の様なお顔をしている。髪で右目を隠してはいるが瞳はスカイブルー…カラスは全身真っ黒と言うイメージがあるが獣人になると容姿などその辺りは変わってくるのだろう。私の視線に気付いたのかニコッと笑いかけてくれた。わぁ、笑顔も可愛い~。
「ふわぁ、えれぇべっぴんさんだなぁ~も」
おや?
「お初にお目にかかりますだ~おらシンバつうもんだ。よろしくしてけろ嫁っ子さん」
おやや??
「こんなめんこい嫁っ子見つけてくるとはおでれーたなもす。おらの知らない間に何があったんだべな?」
ん???
「オホンッ。一昨日まで一時期他国に行かせてたんだが…変な言葉を覚えて来たみたいでな…その内直るだろうがまあ、これも味だと思ってくれ」
姿と言葉のギャップが酷過ぎ!でも声も可愛いわ。『ヨメッコ』の意味は分からないけど。いや、殆ど意味が分からないけど…何処の国の言葉なんだろう?ここにあのコロロコロンがあれば…!
「じっちゃから何んも聞いとらんだで?」
「お前は報告に来た後丸一日寝てたからだろう?全くちょっとは成長して来たのか?ふふ」
そう言いながらシンバくんの頭を撫で回す彼。
「言葉が解るんですか?」
「多分知ってる言葉なんだけどかなり訛ってるみたいでな。大体分かる程度だ。コリーンは普通に話して通じるから気にしなくて良いぞ?言葉のキャッチボールは暫く難しいかも知れないがな」
「そうなんですね…」
「一応言っておくけどシンバも近衛だからな。あんな姿だが、強いぞ?」
「え?強い?」
そこに横で会話を聞いていたダナンさんが参戦して来る。
「シンバ殿は近衛の隊長でいらっしゃいます」
「た、隊長?え?凄い!」
「この三ヶ月程『放浪の騎士』をしに行かれておりまして。更にお強くなられただろうなぁ。剣の稽古が楽しみです!」
「そうなんですね!」
ダナンさんの美しい嬉しそうな笑顔が眩しい。思わず彼のテンションに引きずられニコッと笑い返した。
「…何か俺が居ない間に仲良くなった?」
「ええそうなんです!コリーン様はとても可愛らしい(子ヘビ的な意味で)ので俺も好かれる様に頑張らないとなって(将来子ヘビが生まれたら父ヘビとして)」
「…あっ?何だと?」
「ええ~!?ダナンおんしララ嬢の前さ浮気宣言しよん…頭イカれたっちゃ?」
「ん?浮気とは何の事です?」
キョトンッとする私とダナンさん。
「…いや、なんでも無い。そうだな、ダナンに限って有り得ないよな。すまんすまん」
「なんだぁ~そうだんなも~ララ嬢さ諦めて嫁っ子に気い移しよんかと思ったに、そんなこつありゃせんな~はははっ」
『「???」』
私達を置いてけぼりのままウィンダム王子とシンバくんが自己完結する中、再び
「チッ」
無常にも今度は真正面からの舌打ちがその場に響く事になった。
*
その後、夕日の暖かい光が遠く空に見え始めた頃にスンッとしたララさんを宥めながら城に戻る事になった私達。ウィンダム王子がパチンッと指を鳴らすとまずダナンさんとララさんが、その直ぐ後にシンバくんとペリウスさんが転移動でその場から消えた。馬車はもう帰しているので直接送ったとの事。後に残ったのは私とウィンダム王子。
「コリーン、君は魔力耐性があるから君自身に魔法を掛けると適切な座標に反応出来なくてどこに行くか分からないんだ。だから俺に運ばれるか一緒に移動するかになる」
「…はい」
「うん、じゃあ抱っこしようか」
そう言ってまたもや両手を広げてスタンバイするウィンダム王子。
「あの…私思うんですけど、抱っこじゃなくて良くないですか?例えば手を繋ぐとか服を掴むとか…」
「成る程正論だな。だが断る!」
「ええ!何故ですか?」
「それは俺が楽しくない!」
「楽しい楽しくないの問題!?」
「問題だ。だって…コリーンを運んでる時すごく楽しい。後…すごく安心する」
「え?」
「……俺は、魔力が多いんだ。君は俺の魔力にあてられて体調が悪くなる事は無いだろう?」
魔力?あ…力の強い王…
「魔力ってのは魔素を浴び続ける事によって身体の中に溜まって行くんだ。魔力が溜まり過ぎると吐き気がして頭痛も酷くなり酒に酔った様になる。まあ、長い時を経て獣人は日常生活を送っていれば自然に発散出来る身体を手に入れたんだが、俺はどうにも魔力の量が多くてな」
そう言って王子は私に手を差し出して来た。
「幼少期はよく寝込んでたらしくて父が俺を担いでマサラヤマン島に行ってはミミルキーに魔力を吸い取らせていたそうだ。俺が魔法で上手く調整する方法を理解するまで続けてたって…手の掛かる奴だったって事さ。弟達と歳が離れたのはそれが原因かもな」
「大事にされていたんですね」
「そうかな…そうだといいな」
「え?」
「コリーン移動しようか。折角だから海の見える丘に行こう。夕日が綺麗に見えるから」
差し出されたウィンダム王子の手にゆっくりと私の手を重ねてみる。
大きくてガッシリしていて…熱い手。
何度となくこの手に触れられ抱き抱えられてきたけれどいまだに胸が高鳴る。手を握られた瞬間、私達は先程言っていた小高い海近くの丘に着いていた。
やっぱりこの力は特別だ。彼は力の強い王になる人なんだ。力の強い王に似た人生を彼は今生きている。
「ほら、綺麗だろ?木々の隙間から浴びる夕日も好きなんだけど、海に沈む夕陽を観ると一日が終わったのを感じてホッとするんだ」
「……私、この国に来るまで夕日がこんなに大きくて美しいものだとは知りませんでした。いつも建物の中からしか観た事が無くて…小さくて丸い太陽は何処か違う世界の照明の様に感じていたんです。だからあれが沈めばやっと一日が終わるって。…私達似てますね」
世界を焼き尽くす炎の様な深いバーミリオンの光を浴びながら、ウィンダム王子に向かい顔を上げた。
「貴方のご先祖様達が護ったこの国は本当に美しいです」
「……ああ…とんでもなく綺麗だな…」
「ふふ、ウィンダム王子の髪の色…太陽と同じで燦爛と輝くこの陽の光に溶け込んでしまいそう」
「…コリーン…君は眩しいよ。君の銀髪は凡ゆる色を反射してキラキラ光を放ってる」
遠くで街の騒めきとポツリポツリと見え始める灯り。私達はお互い何も言葉を発する事無く、暫く閃々としながら海に沈む陽を見送っていた。
すると王子は徐に左手を前に掲げるとパチンッと右手で指を鳴らした。左の掌に銀の細工が施してある小さな小箱がフッと現れる。
「君を待たせていた間に探しに行ってたのはコレなんだ。開けてみて」
「…私に、ですか?」
「俺は基本女性に贈り物をした事が無いからこれが正解なのか良く分からないんだが」
「あの、私高価な物は…」
「これは売買されない。価格の無い物だ」
「売買されない?」
私は渡された箱の蓋を静かに開けた。中にあったのは…金具は蔦の形をしており虹色に輝くふっくらと柔らかい三角に加工されたそれを囲う対のイヤリングだ。陽を浴びて周りに光を放っている。
「あれ?これ何処かで──…!もしかしてミミルキーのっ」
「耳輪だ」
これが耳輪?手元で見てみるとクリスタルの様な透明の石の中に赤や紫緑や青、様々な色が発光しながら収まっている。虹色に見えたのはこう言う事だったのか…
「中に光るこれは魔素なんだ。ミミルキーは魔素を含む草を食べると結晶の中に可視化された魔素が滲み出て取り込まれる。繁殖期に雄の耳の先に生えて来る物で、今の時期は落ちて殆ど土に返ってるんだが…因みに地面に落ちると直ぐに魔力が抜けて色を失くすんだけど、何とか木の間とかに挟まっていたのを見つけて保存魔法を掛けてみたんだ。あ、イヤリングへの加工はちゃんと店に頼んだから。だからちょっと遅れたんだ…」
あの時アリスカーラ女史がカラスに向かって飛び出して行ったのも分かる。これ程綺麗ならミミルキーに興味が無い者でも誰もが欲しがるだろう。
「…どうかな?コリーン。高価でも無いしこれなら貰ってくれるか?」
宝石なんか比でも無い。値段なんて付けられない。
私の為にわざわざこんな小さな物を探し出して来て…
どうして私の為に手間を惜しまないの?友達だから?
それだけ?
本当にそれだけ?
聞きたくても聞いてはいけない。私は愚かな女になりたくない。聞いて傷付きたくないの…きっともう心が耐えられない。
でもそれでも…
貴方が私をどう思っているのか知りたくて堪らなくなる。
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