BLゲームの脇役に転生したはずなのに

れい

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砂浜での危機

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蝉の声が絶え間なく響き、砂浜の熱気が足裏をじりじりと焼く。
潮風の匂いと、遠くから聞こえる歓声。
夏休みの思い出づくりと称した小旅行の舞台は、蒸し暑さすら絵になる海辺だった。

「わぁっ!」
真っ先に海へ駆け込んだのはシリウスだった。
波に飛び込み、水しぶきを上げながら振り返って笑う。
その無邪気さに、自然と頬が緩む。

ラスはサングラス越しに肩をすくめ、「子供かよ」と笑いつつもどこか楽しげ。
スコーピオは腕を組んで砂浜に座り込み、「日焼けするだけだろ」とぼやきながらも目は海へと注がれている。

キャンサーはタオルで首筋を覆い、日焼け止めを丁寧に塗る仕草まで几帳面だった。
だが、ふと手を止めて海へ目をやる。
水しぶきをあげるシリウスの姿に視線が吸い寄せられ、眼鏡の奥の瞳がかすかに揺れていた。


かくいう俺はと言えば――
「飲み物、買ってくるわ」
軽く手を振り、海の家へ向かった。



炭酸水の入った紙コップを両手に抱えて戻ろうとしたとき、背後から声が飛んできた。

「なぁ、君、一人? 一緒に遊ばない?」
「顔、かわいいじゃ~ん。こっち来なよ」

二人組の若い男が立ち塞がっていた。
日焼けした肌に軽薄な笑み。
当然のように俺の肩へ手が伸びてくる。

「……いや、友達と一緒なんで」
そう告げてすり抜けようとしたが、進路は塞がれたまま。
軽口が重なり、背中に嫌な汗が流れる。

(……やば。これって――)
思わず脳裏に浮かんだのは前世のイベント画面。
本来ならシリウスが遭遇する“ナンパ撃退イベント”。
けれど、今狙われているのはなぜか俺だった。

喉が渇く。心臓が跳ねる。
炭酸水のカップがわずかに震え、零れた雫が砂に吸い込まれた。



「……アリー?」

不意に名を呼ばれる。振り返った瞬間、四人の影が俺を包んだ。

シリウスは濡れた髪を滴らせながら、真っ直ぐにこちらを見つめる。

「アリーに触ってんじゃねぇ」
低い声が響いた。振り返るとスコーピオ。目が完全に“据わってる”。

「困ってるだろ、やめとけよ」
ラスが間に割り込む。普段の軽口を封じた声音は、妙に鋭い。

「友達を笑いものにするなら、容赦しない」
シリウスの真剣な声。いつもの柔らかさは消えていた。

最後に、キャンサーが眼鏡の奥から冷ややかに見据えた。
「……知性の欠片も感じられませんね。退場をお勧めします」

四方から一斉に圧を浴びせられ、相手は「ちっ……冗談だよ」と舌打ちして散り散りに去っていった。




「アリー、大丈夫か!」
シリウスが駆け寄り、ラスは背中をバンバン叩く。
スコーピオは苛立った顔で「不用心すぎる」と睨みつけ、
キャンサーは低く「……もう少し警戒心を持ってください」と言った。

四方から一斉に説教され、俺は苦笑でごまかすしかなかった。

(なんだこのバグは。
 俺が狙われても誰も得せんやろ……!
 本来なら、シリウスがナンパされて、それを攻略対象たちが華麗に助ける“尊い場面”やのに。
 脇役の俺が代わりにやってどうすんねん。萌えゼロどころかシナリオ破綻や!)

海風がひやりと肌を撫でても、頬の熱は収まらなかった。
背中に残る四人の圧がじんじん響いて、息苦しい。

俺は苦笑いを浮かべながら炭酸水を握り直し、
「……ほんま、ありがとう。助かった」
と、なんとか声を絞り出した。

「気をつけろよ」
スコーピオがぼそっと吐き捨てるように言い、そっぽを向く。
その横顔がやけに赤いのは、きっと日差しのせいやろ。

「不用心すぎるんだよ、アリー」
ラスが眉をひそめて、軽く頭を小突いてきた。
いつもは飄々としてるくせに、こういう時だけ妙に真剣や。

「……怪我がなくてよかった」
キャンサーは眼鏡を押し上げ、低い声で付け足す。
心配そうなのか、呆れているのか判別つかんけど――真面目さが滲んでいる。

そして最後に。
「……怖かっただろ」
シリウスが静かに言った。
その目は、海の色を閉じ込めたみたいに澄んでいて。

(いやいやいやいや……これ、完全に“守られるヒロイン”ポジションやん、俺。
 萌えポイントを全部かっさらってどうすんねん!
 ……でも正直、ちょっとドキッとしてもうたやんか……!)



その後も、俺は砂浜に戻るたび四方八方から監視される羽目になった。
スコーピオは隣に陣取って睨みをきかせ、ラスは「俺がついてやんよ」と肩を組み、
キャンサーは小言混じりに日焼け止めを塗り直せと指示し、
シリウスはひたすら心配そうに目を向けてくる。

(……いや、過保護すぎるやろ。俺、赤ちゃんちゃうで!?)

砂の上で、浮き輪やビーチボールで遊ぶみんなの姿を見ながら、ふと笑いが込み上げてきた。
前世で何度も見た「イベントシーン」。
けれど今の光景は、俺が知ってるどのルートとも違う。



夕暮れ。
海辺にオレンジ色の光が差し込み、潮風が少し涼しさを帯び始める。
俺たちは濡れたタオルを肩に掛け、荷物をまとめながら砂浜を後にした。

帰りの電車。
揺れる座席に腰を下ろすと、全員が少し疲れた顔をしているのに、口元は自然と笑っていた。

「次は山だな。バーベキューしようぜ」
「でもって夜は花火だろ?」
「俺は……やっぱり図書館の方が……」
「キャンサー君、もうちょっとアウトドア慣れた方がいいんじゃない?」

笑い声が絶え間なく続き、窓の外には赤く染まる海が広がっていた。

俺は窓にもたれかかりながら、ふと胸の奥に疑問を抱く。

(……でも、なんで俺が狙われたんや?
 あのナンパイベント、俺がヒロイン役で成立するはずないのに。
 シナリオが壊れてるんか、それとも……何か、別の理由が?)

潮の香りと共にざわつく胸の奥を抱えながら、俺は揺れる車両に身を委ねた。
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