老婆令嬢と呼ばれた私ですが、死んで灰になりました。~さあ、華麗なる復讐劇をお見せしましょうか!~

ミィタソ

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第一章 侯爵様と婚約が決まりました

1.老婆令嬢と婚約写真

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 これは、こうなる前の私が覚えている過去の記憶。過去といっても、そんなに昔のことじゃない。
 私がまだ、マーガレット・ノブルスだったとき。幸せな未来を夢見ていた……そう、婚約が決まってから死んでしまうまでの、薄れかけた記憶のかけら。

 まずは、私が十八歳になったばかりの、あの日の話をしよう。お父様が楽しそうに、婚約者候補の写真をたくさん抱えて持ってきた、あの日の思い出を……。

*******

「ごちそうさまでした! ボク、部屋に戻って勉強してくる!」

 夕食を終えるや否や、椅子から飛び降りるようにして駆け出していくのは、五歳下の弟――ルアン。
 床に敷かれた深緑の絨毯が、あの子の軽い足音を包み込む。
 お父様譲りの赤毛はくりんとカールして、無邪気さが宿る垂れ目がちなグレーの瞳が可愛らしい。
 人懐っこいけれど、たまにたしなめられるほど憎まれ口をたたく。でも、そんな気まぐれさも含めて、まるで家の中を自由に歩き回る猫みたい。
 弟は私の癒し。頭を撫でたり、一緒に遊んだり、いつでも構いたくなってしまう。

「あっ、姉様。分からないとこがあったらまた聞きに行くかも!」

 扉の前で振り返ったルアンが、テヘッと舌をのぞかせる。

「はいはい、いつも通りね。……じゃあ、私もそろそろ」

 返事をしながら椅子から腰を上げかけた、そのとき。

 「マーガレット」

 穏やかな声に呼び止められてしまう。
 声の主は、父――エンリケ・ノブルス。少し赤みがかった茶色の髪は年相応に乱れ、顔立ちは決して整っているとは言えない。それでも、いつも疲労感を残した優しい青色の瞳が、家族の誰よりも包容力を感じさせる。
 お父様は片目だけパチンと閉じ、座っていなさいと短く告げると、嬉しさを隠しきれない軽い足取りで広間を出ていく。

 それを合図にとばかりに、メイドが空いた食器を片付け始めた。銀の食器が重なるたびに、カチャカチャと小さな音を立てている。
 あの食器一つ一つが、庶民の月収よりもずっと高い。スープを入れる小さな器でさえ、花模様のレースが敷かれた皿の上に乗っているのだ。貴族とは贅沢な生き物だと思う。

「ふふっ。あの人ったら」

 父の後ろ姿を見送り、グレーの瞳を細めながら口元に手を当て、上品に笑うのが母のビーブル・ノブルス。天井から吊り下がる、かろうじてシャンデリアと呼べる灯りに照らされ、金色の髪が輝いている。
 お母様は、娘の私から見ても美人だ。それも、とびっきりの。
 本当なら、こんな王都からずいぶんと離れた山奥にある、田舎貴族のノブルス子爵家なんかに嫁ぐべき人じゃない。
 元平民。立場の弱い新興の男爵家の三女だったからこそ。

 この世界は爵位が全て。さらに、王都に近い場所に領地を持つ家ほど権力がある。
 家格が低く辺境に住む田舎貴族は、立場が上の貴族にペコペコと頭を下げ続けるしかないのか……というと、それも違う。
 婚約によって強い貴族と関係を作り、家の発言力を高めていく。弱い貴族は、そうやって名を広めるしかない。
 しかし、それも簡単ではない。言ってしまえば、元平民ごときが大それたことを……と、受け取られてしまう場合があるから。

 お父様は、たまたま家が近くにあったというだけで、運良くお母様と結婚できたのだ。
 そして、よくこんな自慢をしていた。

 ――田舎貴族が背伸びしたところで、出る杭はすぐに打たれてしまう。それでも権力が欲しいと、手を伸ばして、縮んだ背中を伸ばし続けねば立場は変わらない。だったら、最初からそんなものは諦めて、美人で朗らかな妻がそばで笑ってくれるほうが、何より励みになるのだ。

 だが、それでも両親は毎日幸せそうだ。
 社交の場では、家格の違いを思い知らせることになるが、それだけだ。
 肩身が狭い思いをすることも多々あるけれど、それでも両親は毎日幸せそうだ。何も言うことはない。
 私もお父様の選んだ人生は正しいと思う。

「ほらマーガレット、お前も見てみなさい。婚約者候補がこんなにたくさん!」

 自室から何枚もの写真を持って帰ってきたお父様。首から下げていたチェーン付きのメガネをかけ、テーブルの上に並べていく。
 私の顔をチラッと覗き、目尻を下げてふわりと笑う。
 幼い頃から度々向けられる、包み込まれるようなこの笑顔。私が一番安心できる、大好きな表情だ。

「可愛くて優秀で、うちの娘のどこが老婆令嬢だというんだ。なあ、マーガレット? さて、と。こっちの写真は、田舎だが伯爵家の次男坊。ふむ、ちょっと顔が悪いか? これも伯爵家……って、血吸いか。こりゃダメだ。おっ、こっちは中央でめきめきと成長している子爵家の長男じゃないか……」

 写真を一枚一枚指差しながら、楽しそうに説明しているが、何も入ってこない。
 お父様が口に出した言葉。老婆令嬢とは私のことだから。
 サファイアのように、深い青色をした瞳は自分でも気に入っている。
 顔だって、悪くないとは思っている……多分。
 でも、この髪は嫌い。
 温かな印象を受けるお父様の髪色も、お母様の視線を奪う鮮やかな金髪も、どちらも遺伝しなかった。
 私の髪色は、灰色に近い白。そのせいで、社交の場に出るといつも、後ろから見ると老婆のようだと馬鹿にされてしまう。
 生まれつき肌が弱く、化粧ができない。これも原因の一つ。他の令嬢は、白粉おしろいで輝く白い肌を。口紅で健康的な唇を演出できる。対してこちらは、まるでとこに伏した病人のように血色の悪い顔。
 ――見て、あの子。大丈夫かしら。街の医院を視察に行ったとき、死にかけの老婆があんな顔をしていたわ。
 こんな言葉が聞こえてきたこともある。
 いつしか老婆令嬢と呼ばれるようになってしまった。
 容姿は違えど、影を見れば同じ人間だって分かるはずなのにね。

「こんな弱小田舎貴族のノブルス家と縁を持ちたい貴族はほぼいない。それなのに、二十一もの家からお声が掛かっているのだ。はははっ、お前の魅力は隠そうとしても隠しきれないんだよ。じゃあ、最後の一枚は誰か……なっ、ななななっ! 嘘だろ、やったぞマーガレット! 侯爵家の長男……キルエン・ファーブリック様から婚約の申し込みだ! ほらビーブルも見てくれ。間違いじゃないよな?」

「まあまあまあ! ファーブリック侯爵家ってことは、あのキルエン様よね? 次期当主が確定していて、藤の貴公子なんて呼ばれているあの! きゃー、すごいじゃないマーブル!」

 お父様とお母様が二十一枚目の写真を手に取り、大騒ぎしている。
 それもそのはず。キルエン様といえば、貴族女性の憧れの存在。甘い美貌を間近で見ようと、お茶会の申し込みが絶えないという。 

 貴族の娘は、十八歳になると婚約者を探す。
 一回にまとめて、手当たり次第に手紙を出すのだけれど、一般的には同等の家格から少し格上の貴族まで。どうやらお父様が、私に内緒で動いていたらしい。
 田舎貴族、それも子爵家の分際で、侯爵家にまで手紙を送るのは失礼にあたるときもある。
 では、どういうケースなら許されるのか。頭一つ抜きん出るほどの何か……例えば、生まれた息子を剣の天才に育てられるほどの腕があるとか、誰もが振り向くほどの美人だとか、そんな秀でた点が三つ以上あればいい。
 私の場合は、剣の腕と頭の良さ、そして……なんだろう?
 もしかして、後ろ姿が老婆っぽいランキング一位とか?
 それとも、白粉でかぶれて顔が真っ赤に腫れ上がるランキング一位?
 ……ないない。そんなのむしろ、マイナス要素でしかないよ。

「来週に顔合わせの予定だから。いいね、マーガレット? キルエン様に返事を出しておくぞ」

「えっと……はい。お父様、よろしくお願いします」

 両親の嬉しそうな顔を見たら、こんな良縁を断ることなんてできなかった。

 こうして、キルエン様に会いに行くことになったのよね。
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