老婆令嬢と呼ばれた私ですが、死んで灰になりました。~さあ、華麗なる復讐劇をお見せしましょうか!~

ミィタソ

文字の大きさ
1 / 21

プロローグ

しおりを挟む
 むかしむかし、杖をつく老婆が一人、街角で青年とぶつかり、地面に倒れてしまいました。
 膝を痛め、自力では立ち上がれませんでしたが、青年は助けるどころか、冷たい言葉を浴びせ去っていきました。
 そのとき、きらびやかな馬車が静かに止まり、中から高潔な王子様が降り立ちます。
 老婆の汚れた姿を気にも留めず、優しく抱き起こし、治療院へ運ぶため馬車に乗せました。
 王子様の温かい手に触れた瞬間、奇跡が起こります。老婆の姿は光に包まれ、白い髪は艶やかな黒髪へと変わり、息を飲むほど美しい令嬢へと戻りました。
 そう、その老婆は、悪い魔女に魔法をかけられた公爵家の令嬢だったのです。
 魔法を解く鍵は、見返りを求めない優しさ。令嬢は、すぐに恋に落ちました。
 こうして二人は、いつまでもいつまでも、幸せに暮らしましたとさ。 

 これは、大好きな『老婆姫』という物語。
 この本を読むたび、主人公の令嬢に自分を重ねてしまう。
 年を取ると、人の髪はやがて全て白くなる。しかし、この国で私だけが、白い髪のまま産まれてきた。
 容姿のせいで、老婆令嬢と蔑まれる田舎子爵の私にも、いつか幸せが訪れるのだろうか。そんなことを思いながら暮らす毎日……それが、一変した。
 婚約者が決まったのだ。
 相手は、その美貌びぼうと薄い紫色の髪から、藤の貴公子と呼ばれる社交界の中心人物。王都でも力を持つファーブリック侯爵家の一人息子――キルエン様だという。
 私とはあまりに不釣り合いで、老婆姫の世界に迷い込んでしまったみたい。
 王子様が迎えに来てくれた。眩いほどに輝く幸福な未来を夢見て、こんな奇跡があっていいのかと、神に感謝した。
 ……あのときまでは。
 そう、愛に裏切られ、私が殺されてしまうまで。

 結婚式が終わり、いよいよ新婚旅行の日。
 行き先は、ランダーク伯爵家が管理する温泉の湧く小さな観光地だという。
 山間に抱かれた静かな町で、朝霧に包まれた木々の香りが漂い、湯けむりが屋根の隙間から立ちのぼるのだとか。

 新婚旅行といえば、誰もが楽しくて幸福に満ちた旅路を思い浮かべるのだろう。
 でも、いまの私にとってその言葉は、何か重苦しいものの象徴だ。
 胸の奥で固く冷えた石が沈み、胃の底までじわじわと重さを広げていく。
 愛情の欠片もない関係のまま、夫婦として旅をする……それは、光の差さない檻に閉じ込められるのと何も変わらない。

 それはなぜか。結婚式の披露宴、そのダンスパーティにさかのぼる。
 豪奢ごうしゃなシャンデリアが彩るきらびやかな世界の中で、私は練習しても披露する機会がなかったダンスをキルエンと踊っていた。
 腰を抱かれ、彼のリードに任せてステップを踏む。必死に口角を上げて笑顔を作っていたのは、胸の中でもやもやした気持ちがずっと渦巻いていたから。
 婚約の儀式では、夫が妻にキスをする。
 しかし、私の唇は隠され、ついには何にも触れられることがなかったのだ。
 私は勇気を振り絞り、キルエンにどうしても聞いておかねばならない問いを投げかけた。

「あなたは口づけを避けた。私を愛する気などなかったのですね。」

 それに対し、彼が私に返した言葉。

 ――なんだ、そんなことを気にしていたのか。僕らは夫婦になったんだ。これから何度でもすることになるじゃないか。

 こんなに近くにいるのに、アメジストを彷彿とさせる彼の美しい瞳は、私ではなくどこか遠くを見つめていた。
 その瞬間、国王陛下の前で誓ったキルエンの愛など全て噓だったのだと気づいてしまったのだ。

 こんなことを思い返してしまえば、ため息も吐きたくなる。
 驚くほど静かな屋敷が、暗い気持ちを助長させていく。

「……はぁ、気が重い」

 屋敷の従業員たちは、休暇を与えられていた。
 結婚式の後は、その余韻に浸りながら新郎新婦に感謝を捧げる。古くから続く貴族の習わしだ。
 昨日、メイドのサーシャがにこやかにその説明をしていたが、私はこの風習に一片の有り難みも感じていない。
 さらに、お義母様が急遽重要な仕事を抱えることになり、一人では対応が難しいため、お義父様も同行することになったという。
 朝早くから馬車に乗り込む二人を見送ると、手綱を引いた馬の足音だけが石畳に遠ざかり、やがてむなしく消えていく。
 これで、キルエンと二人だけ残されてしまった。
 廃屋に迷い込んだかのように、空気はひんやりと貼りつき、物音一つしない。
 もぬけの殻とは、こういう状態を言うのだろう。

「さてと、準備を始めますか」

 鏡の前で身なりを整えていく。
 黒いプリーツスカートに、レースの縁どられた白いブラウス。それに、晴れ渡る空を思わせるスエード革の空色のコートを羽織る。
 首元には黒いスカーフをふんわりと巻いて口元を隠し、同色のショートブーツで足元を締める。
 可愛らしい毛糸の帽子をかぶり、おまけにサングラスで目元まで覆い隠す。

 ――藤の貴公子が結婚したことで、噂は平民にまで広がり、王都は大騒ぎになっているらしい。新婚旅行では、僕らだとバレないような服装にしよう。

 そうキルエンが言ったから、メイドのサーシャが慌てて買ってきてくれた服だ。
 普段とは違う装いに、なんだか自分じゃないみたいで落ち着かない。

 ……と、覚えているのはここまで。
 このあたりの記憶も、ひどく曖昧あいまいなのよね。
 実は私、この新婚旅行の日に殺されてしまったらしい。
 その一カ月後に、蘇りの秘薬で生き返ったのだけれど。

 これは、私の記憶をたどる物語。
 愛そうと努力した夫に裏切られた私が、激キモサイコパス伯爵に溺愛されて、再び愛を知る物語……。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

舌を切られて追放された令嬢が本物の聖女でした。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

(完)妹の子供を養女にしたら・・・・・・

青空一夏
恋愛
私はダーシー・オークリー女伯爵。愛する夫との間に子供はいない。なんとかできるように努力はしてきたがどうやら私の身体に原因があるようだった。 「養女を迎えようと思うわ・・・・・・」 私の言葉に夫は私の妹のアイリスのお腹の子どもがいいと言う。私達はその産まれてきた子供を養女に迎えたが・・・・・・ 異世界中世ヨーロッパ風のゆるふわ設定。ざまぁ。魔獣がいる世界。

好きにしろ、とおっしゃられたので好きにしました。

豆狸
恋愛
「この恥晒しめ! 俺はお前との婚約を破棄する! 理由はわかるな?」 「第一王子殿下、私と殿下の婚約は破棄出来ませんわ」 「確かに俺達の婚約は政略的なものだ。しかし俺は国王になる男だ。ほかの男と睦み合っているような女を妃には出来ぬ! そちらの有責なのだから侯爵家にも責任を取ってもらうぞ!」

いつまでも甘くないから

朝山みどり
恋愛
エリザベスは王宮で働く文官だ。ある日侯爵位を持つ上司から甥を紹介される。 結婚を前提として紹介であることは明白だった。 しかし、指輪を注文しようと街を歩いている時に友人と出会った。お茶を一緒に誘う友人、自慢しちゃえと思い了承したエリザベス。 この日から彼の様子が変わった。真相に気づいたエリザベスは穏やかに微笑んで二人を祝福する。 目を輝かせて喜んだ二人だったが、エリザベスの次の言葉を聞いた時・・・ 二人は正反対の反応をした。

王太子殿下から婚約破棄されたのは冷たい私のせいですか?

ねーさん
恋愛
 公爵令嬢であるアリシアは王太子殿下と婚約してから十年、王太子妃教育に勤しんで来た。  なのに王太子殿下は男爵令嬢とイチャイチャ…諫めるアリシアを悪者扱い。「アリシア様は殿下に冷たい」なんて男爵令嬢に言われ、結果、婚約は破棄。    王太子妃になるため自由な時間もなく頑張って来たのに、私は駒じゃありません!

私も処刑されたことですし、どうか皆さま地獄へ落ちてくださいね。

火野村志紀
恋愛
あなた方が訪れるその時をお待ちしております。 王宮医官長のエステルは、流行り病の特効薬を第四王子に服用させた。すると王子は高熱で苦しみ出し、エステルを含めた王宮医官たちは罪人として投獄されてしまう。 そしてエステルの婚約者であり大臣の息子のブノワは、エステルを口汚く罵り婚約破棄をすると、王女ナデージュとの婚約を果たす。ブノワにとって、優秀すぎるエステルは以前から邪魔な存在だったのだ。 エステルは貴族や平民からも悪女、魔女と罵られながら処刑された。 それがこの国の終わりの始まりだった。

幼い頃に魔境に捨てたくせに、今更戻れと言われて戻るはずがないでしょ!

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 ニルラル公爵の令嬢カチュアは、僅か3才の時に大魔境に捨てられた。ニルラル公爵を誑かした悪女、ビエンナの仕業だった。普通なら獣に喰われて死にはずなのだが、カチュアは大陸一の強国ミルバル皇国の次期聖女で、聖獣に護られ生きていた。一方の皇国では、次期聖女を見つけることができず、当代の聖女も役目の負担で病み衰え、次期聖女発見に皇国の存亡がかかっていた。

追放された悪役令嬢は辺境にて隠し子を養育する

3ツ月 葵(ミツヅキ アオイ)
恋愛
 婚約者である王太子からの突然の断罪!  それは自分の婚約者を奪おうとする義妹に嫉妬してイジメをしていたエステルを糾弾するものだった。  しかしこれは義妹に仕組まれた罠であったのだ。  味方のいないエステルは理不尽にも王城の敷地の端にある粗末な離れへと幽閉される。 「あぁ……。私は一生涯ここから出ることは叶わず、この場所で独り朽ち果ててしまうのね」  エステルは絶望の中で高い塀からのぞく狭い空を見上げた。  そこでの生活も数ヵ月が経って落ち着いてきた頃に突然の来訪者が。 「お姉様。ここから出してさし上げましょうか? そのかわり……」  義妹はエステルに悪魔の様な契約を押し付けようとしてくるのであった。

処理中です...