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第三章 なぜか生き返りました
18.一途な思いsideエンヴィ
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あれは、十年くらい前のダンスパーティ。僕がまだ八歳のとき。
主役は子供たち。親が見守る中、曲に合わせて練習したダンスを披露するというもの。
お祖父様に背中を押されて飛び出した僕は、まだペアを組めていない令嬢の元へ行き、声をかけた。
「僕と踊って頂けませんか?」
左手を背中に、右手を相手に差し出して、片足を下げながら会釈する。令嬢の緊張をほぐすために、優しく微笑むことを忘れてはいけない。
「――ひっ! ご、ごめんない。もう相手が決まっていますの」
だが、断られてしまう。
すでにパートナーがいる令嬢に横入りしてしまったのだ。なにか恐ろしいものでも見たかのような表情を向けられても仕方がない。
気持ちを切り替えて、一人きりの令嬢に声をかける。
でも、反応は同じ。
そっと振り替えると、お祖父様の悲しそうな表情が見えた。
心配させたくない。その後も僕は誘い続けた。
何度も、何度も……。
潤む瞳で視界が歪む。
僕はハイゼンベルク伯爵だ。大勢の貴族たちの前で、弱さを晒すわけにはいかない。
顔を見られまいと俯き、涙を堪えて外に出る。
僕の心の中を映し出したかのような、灰色の雲に覆われた暗い曇り空。火照るほほを撫でる風の吹くまま振り向くと、白い髪の令嬢が一人、壁に背をもたれながら、片足をプラプラさせて暇そうにしていた。
あれは、マーガレット・ノブルス子爵令嬢だったか。たしか老婆令嬢と蔑まれているらしい。
僕は彼女の元に歩み寄り、右手を差し出す。
「僕と……」
――踊りませんか。
その言葉を飲み込む。
言えなかった。彼女の美しい青色の瞳を覗き込んだとき、その奥に不安と悲しみが滲んでいるのを感じ取ったから。
物語に登場する吸血鬼に似た容姿のせいで、血吸い伯爵というあだ名で避けられる僕。マーガレット嬢と重ねてしまった。
「少しここでお喋りしませんか?」
衆目に晒されたくない。ひそひそと陰口を叩かれながら踊るなんて、最悪な思い出になってしまう。僕には理解できた。
「はい、喜んで」
左手でスカートの裾を軽く持ち上げ、片足を下げて膝を曲げたマーガレット嬢。僕の手のひらに指を乗せて、可愛らしく微笑む。
……僕は、天使と出会った。
世界が眩しいくらいに輝いて、脳が雷に打ち抜かれたみたいに痺れている。スキップでも踏んでしまいそうなほどに心が弾む。
これが恋だと、子供ながらに理解した。
その後は、パーティーが終わるまで話をした。楽しくて、彼女がどこかに行ってしまわないよう、必死に話題を探しながら。
敬語なんてやめて、エンヴィにマーガレットと呼び合えるくらい仲良くなれた……と、思う。
これが僕らの出会い。
お互いに社交の場を避けてきたせいで、それから顔を合わせることはなかった。
伯爵として、一刻も早く仕事を覚えなければという使命感。お祖父様とお祖母様が亡くなられてから、一気に忙しくなったこともある。
僕には機械を作る才能があったらしく、遠方に声を届ける電報装置を開発した。
目まぐるしく過ぎていく時間。一八歳になるまであっという間だった。
仕事は順調、結果も出した。そろそろ一人前の貴族と認めてもらえるだろう。マーガレットに会いに行く口実は十分だ。
そんなある日、マーガレットが婚約者を探しているという噂を小耳に挟む。
彼女と結婚するのは僕なのに、ハイゼンベルク家に手紙は届いていない。
ノブルス子爵家の判断は正しいのだろう。老婆令嬢と血吸い伯爵なんて組み合わせてしまえば、変な噂がもっと広がる。
社交界での立場が悪く、後ろ盾のない双方。結婚するメリットなど皆無に等しい。
だからといって、諦める僕ではない。マーガレットへの気持ちが薄れたことなどひとときもないのだから。
藁にも縋る思いで、婚約写真を送った。
「なんで……あんな男と……」
だが、マーガレットの婚約者は僕以外に決まってしまう。
相手は社交界の中心人物。藤の貴公子と呼ばれる、キルエン・ファーブリックだ。
たしかあの男、ヴァランティン公爵家のマリス嬢と噂があったはずじゃなかったか?
スケコマシめ。僕のマーガレットをよくも。どんな令嬢でも選びたい放題だろうに。
でも、奴はなにも悪くない。
「くそっ! くそおおおおおっ!」
湧き上がる怒り。愚かな自分に腹が立つ。
壁に両の拳を叩きつけ、ひたいを打ち付ける。
どうしてもっと早く動かなかったのか。手紙を出すくらいできたはずだ。
……不甲斐ない。
……悔しい。
自分の気持ちを伝えることなく、恋が終わってしまったのだ。
それからの僕は、何をするにも上の空。彼女のことが忘れられず、ぼーっと窓の外を眺める時間が増えていた。
追い打ちをかけるように、マーガレットが殺されたと聞く。慟哭と共に、世界が崩れ落ちていくのを感じた。
それでも人は生きていかねばならない。
天使のようなマーガレットの笑顔を思い出しながら、我武者羅に仕事に勤しむ。
彼女は女神さまに会えたのだろうか……ふと、頭に浮かぶ。
気づいてしまった。女神の奇跡――蘇りの秘薬に。
迷う必要はない。僕は、王都に潜む漆黒の闇に足を踏み入れた。
「伯爵様がうちみたいなとこに話とはのぉ。……で、用件は?」
その夜、書斎に呼び寄せた、革のジャケットを着た全身黒づくめの男。ガラが悪く、体格がいい。
両手をポケットに突っ込んで、威圧的な態度を取っている。
金のためならなんでもやる、無頼漢という組織の一人だ。こいつは連絡役のただのチンピラで、たいした力はない。
「蘇りの秘薬を買いたい」
「そりゃあんた、無理ってもんだ。あんないつどこに現れるか……」
「王城だ。あそこには確実にある。盗めばいい」
男の言葉を遮り、この国の貴族としてやってはいけない提案を持ちかける。
これでめでたく僕も犯罪者の一員だ。
「へへっ、とんでもねえな伯爵様よぉ。……で、いくら出す?」
「ハイゼンベルク伯爵家の全てだ」
「即答かい、馬鹿だなあんた。んじゃ、まいどあり」
こうして取引は成立し、マーガレットと再会することができた。
もう後悔はしたくない。
全てを失った僕だけど、今度こそ彼女に好きだと伝えよう。
十年分の愛で、必ず幸せにしてみせる。
主役は子供たち。親が見守る中、曲に合わせて練習したダンスを披露するというもの。
お祖父様に背中を押されて飛び出した僕は、まだペアを組めていない令嬢の元へ行き、声をかけた。
「僕と踊って頂けませんか?」
左手を背中に、右手を相手に差し出して、片足を下げながら会釈する。令嬢の緊張をほぐすために、優しく微笑むことを忘れてはいけない。
「――ひっ! ご、ごめんない。もう相手が決まっていますの」
だが、断られてしまう。
すでにパートナーがいる令嬢に横入りしてしまったのだ。なにか恐ろしいものでも見たかのような表情を向けられても仕方がない。
気持ちを切り替えて、一人きりの令嬢に声をかける。
でも、反応は同じ。
そっと振り替えると、お祖父様の悲しそうな表情が見えた。
心配させたくない。その後も僕は誘い続けた。
何度も、何度も……。
潤む瞳で視界が歪む。
僕はハイゼンベルク伯爵だ。大勢の貴族たちの前で、弱さを晒すわけにはいかない。
顔を見られまいと俯き、涙を堪えて外に出る。
僕の心の中を映し出したかのような、灰色の雲に覆われた暗い曇り空。火照るほほを撫でる風の吹くまま振り向くと、白い髪の令嬢が一人、壁に背をもたれながら、片足をプラプラさせて暇そうにしていた。
あれは、マーガレット・ノブルス子爵令嬢だったか。たしか老婆令嬢と蔑まれているらしい。
僕は彼女の元に歩み寄り、右手を差し出す。
「僕と……」
――踊りませんか。
その言葉を飲み込む。
言えなかった。彼女の美しい青色の瞳を覗き込んだとき、その奥に不安と悲しみが滲んでいるのを感じ取ったから。
物語に登場する吸血鬼に似た容姿のせいで、血吸い伯爵というあだ名で避けられる僕。マーガレット嬢と重ねてしまった。
「少しここでお喋りしませんか?」
衆目に晒されたくない。ひそひそと陰口を叩かれながら踊るなんて、最悪な思い出になってしまう。僕には理解できた。
「はい、喜んで」
左手でスカートの裾を軽く持ち上げ、片足を下げて膝を曲げたマーガレット嬢。僕の手のひらに指を乗せて、可愛らしく微笑む。
……僕は、天使と出会った。
世界が眩しいくらいに輝いて、脳が雷に打ち抜かれたみたいに痺れている。スキップでも踏んでしまいそうなほどに心が弾む。
これが恋だと、子供ながらに理解した。
その後は、パーティーが終わるまで話をした。楽しくて、彼女がどこかに行ってしまわないよう、必死に話題を探しながら。
敬語なんてやめて、エンヴィにマーガレットと呼び合えるくらい仲良くなれた……と、思う。
これが僕らの出会い。
お互いに社交の場を避けてきたせいで、それから顔を合わせることはなかった。
伯爵として、一刻も早く仕事を覚えなければという使命感。お祖父様とお祖母様が亡くなられてから、一気に忙しくなったこともある。
僕には機械を作る才能があったらしく、遠方に声を届ける電報装置を開発した。
目まぐるしく過ぎていく時間。一八歳になるまであっという間だった。
仕事は順調、結果も出した。そろそろ一人前の貴族と認めてもらえるだろう。マーガレットに会いに行く口実は十分だ。
そんなある日、マーガレットが婚約者を探しているという噂を小耳に挟む。
彼女と結婚するのは僕なのに、ハイゼンベルク家に手紙は届いていない。
ノブルス子爵家の判断は正しいのだろう。老婆令嬢と血吸い伯爵なんて組み合わせてしまえば、変な噂がもっと広がる。
社交界での立場が悪く、後ろ盾のない双方。結婚するメリットなど皆無に等しい。
だからといって、諦める僕ではない。マーガレットへの気持ちが薄れたことなどひとときもないのだから。
藁にも縋る思いで、婚約写真を送った。
「なんで……あんな男と……」
だが、マーガレットの婚約者は僕以外に決まってしまう。
相手は社交界の中心人物。藤の貴公子と呼ばれる、キルエン・ファーブリックだ。
たしかあの男、ヴァランティン公爵家のマリス嬢と噂があったはずじゃなかったか?
スケコマシめ。僕のマーガレットをよくも。どんな令嬢でも選びたい放題だろうに。
でも、奴はなにも悪くない。
「くそっ! くそおおおおおっ!」
湧き上がる怒り。愚かな自分に腹が立つ。
壁に両の拳を叩きつけ、ひたいを打ち付ける。
どうしてもっと早く動かなかったのか。手紙を出すくらいできたはずだ。
……不甲斐ない。
……悔しい。
自分の気持ちを伝えることなく、恋が終わってしまったのだ。
それからの僕は、何をするにも上の空。彼女のことが忘れられず、ぼーっと窓の外を眺める時間が増えていた。
追い打ちをかけるように、マーガレットが殺されたと聞く。慟哭と共に、世界が崩れ落ちていくのを感じた。
それでも人は生きていかねばならない。
天使のようなマーガレットの笑顔を思い出しながら、我武者羅に仕事に勤しむ。
彼女は女神さまに会えたのだろうか……ふと、頭に浮かぶ。
気づいてしまった。女神の奇跡――蘇りの秘薬に。
迷う必要はない。僕は、王都に潜む漆黒の闇に足を踏み入れた。
「伯爵様がうちみたいなとこに話とはのぉ。……で、用件は?」
その夜、書斎に呼び寄せた、革のジャケットを着た全身黒づくめの男。ガラが悪く、体格がいい。
両手をポケットに突っ込んで、威圧的な態度を取っている。
金のためならなんでもやる、無頼漢という組織の一人だ。こいつは連絡役のただのチンピラで、たいした力はない。
「蘇りの秘薬を買いたい」
「そりゃあんた、無理ってもんだ。あんないつどこに現れるか……」
「王城だ。あそこには確実にある。盗めばいい」
男の言葉を遮り、この国の貴族としてやってはいけない提案を持ちかける。
これでめでたく僕も犯罪者の一員だ。
「へへっ、とんでもねえな伯爵様よぉ。……で、いくら出す?」
「ハイゼンベルク伯爵家の全てだ」
「即答かい、馬鹿だなあんた。んじゃ、まいどあり」
こうして取引は成立し、マーガレットと再会することができた。
もう後悔はしたくない。
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