誤解は解きません。悪女で結構です。

砂礫レキ

文字の大きさ
7 / 106
第一部

7.

しおりを挟む
「何故、朝方屋敷を出られた筈では……?!」

 マーベラ夫人が震えながら言う。彼女程では無いが私も驚いていた。
 確かに原作ではケビンは気絶したエリカを寝かせたまま王都へ仕事へ行く。
 それから半月ぐらい戻ってこない筈だ。

 その期間でエリカと使用人の一部そしてレオたちが打ち解ける。
 帰って来たケビンは空気が明るくなった公爵邸に驚くというシーンがあった。

「別に急ぎの仕事では無かったからな」

 私の心を読んだようにケビンが答える。
 実際はマーベラ夫人の疑問に答えただけだろうが。

(彼女は別に理由が知りたかったわけじゃないでしょうけど)

 公爵がいないから好き放題していたのにそれを目撃されたから狼狽えているのだ。
 しかも口が滑って公爵を侮辱するような発言までした。
 そのタイミングで本人が目の前に現れたから後悔と驚きで青褪めているのだ。

 二人の様子を観察しながら新たな疑問が浮かぶ。
 急ぎで王都に行く必要が無いのに何故原作のケビンはさっさと屋敷を出て暫く帰ってこなかったのだろう。
 もしかして初夜が失敗して気まずかったのだろうか。

(だとしたら本当に情けない男ね)

 私は呆れながら険しい顔をしている旅衣装のアベニウス公爵を見つめた。
 でも今回も初夜は失敗している。なのに戻って来た謎が更に生まれてしまった。

(私が原作と違う行動をした影響が出ているのかもしれないわね)

 漫画ならこうやってケビンがマーベラ夫人に対峙するのはもっと後だし、場所も庭でなく公爵邸の踊り場なのだから。 

「マーベラ夫人、貴様は俺が顔と若さで妻を選んだと言ったな?」
「い、いいえ。私はただその娘が旦那様の後妻には相応しくないと……」
「それは俺の判断が間違っているということだろう。何が違う」

 流石公爵家当主。一言一言に威圧感がある。
 前世の価値観なら部下に対するパワハラでアウトだが相手がそれ以上にアウトな児童虐待犯のマーベラ夫人なので私は静観した。
 いや静観していては駄目か。私は手を挙げてケビンに話しかける。

「申し訳ありません、私からも一言宜しいでしょうか」
「何……?」

 鬱陶しそうにギロリと青い瞳で睨まれる。しかし私は恐れもせずその目を見返した。
 視線での脅しをかけられることなんて前世で社長業をやっていた時に何度もあった。
 だからわかる。ケビンのこの眼差しは押し切れる。

「……空気を読まない女だな、言ってみろ」

 数秒睨み合った結果ケビンが忌々し気に溜息を吐く。

(勝ったわ)

 私は軽く礼を言って本題に入った。

「マーベラ夫人は公爵様だけでなくそのご子息のロン様も侮辱しております」
「ちょっ、小娘……!!」
「そして公爵夫人である私のことも、このように小娘と」

 私が付け足すとマーベラ夫人はわなわなと口端を痙攣させた。もうその口は閉じてた方が良いと思う。

「ロンへの侮辱……? どういう内容だ」
「先程ですが……」
「ちっ、違います! 私はただ、二度と弟が兄に決して逆らわないようにと!!」

 叫びながらマーベラ夫人は私の口を塞ごうとその手を突き出してくる。
 彼女の尖った爪が私の唇に触れそうになった瞬間悲鳴が聞こえた。
 
「ぎゃっ」
「俺の前で見苦しい真似をするな」

 ケビンがその手でマーベラ夫人の手首を掴んでいた。
 余程強い力なのか彼女は叫んだ後も痛そうな顔をしている。
 そのままへし折るつもりじゃないだろうかと私はケビンを見つめた。
 すると氷のような瞳で睨まれる。

「話せ」

 私は頷いて口を開く。

「マーベラ夫人はロン様に対し不出来な生まれだと侮辱し、結果ロン様は自分を兄の奴隷だと認識しています」

 瞬間、公爵の青く冷たい瞳に炎が宿るのを私は見た。
 暗く激しい劫火のような炎だ。

「いっ、いたい、いたい!!ケビン坊ちゃま!!痛い!!」

 悲痛な叫びが老女から聞こえる。坊ちゃまと呼ばれた瞬間ケビンはマーベラ夫人から手を離した。
 力が抜けたのかマーベラ夫人はへなへなとその場に蹲る。
 そしてケビンに握られていた手首を片方の手でさすりながらしくしくと泣きだした。 
 哀れな老人の姿に、けれど同情する者はこの場に居ない。
 
「マーベラ、貴様は解雇だ。アベニウスは貴様とその夫の一族とも金輪際縁を切る。リリーの死に様を侮辱する奴はこの屋敷に必要無い」

 死刑宣告をされたような顔でマーベラ夫人は小さく呻いた。それは嗚咽だったのかもしれない。
 そのようなつもりではとうわごとの様に繰り返す彼女を置いてケビンは去っていく。

「……貴方は息子が傷つけられたことより、奥様が侮辱されたことの方が許せないのね」

 私の呟きが聞こえたかはわからない。
 ケビンは一度も振り返ることは無かった。

しおりを挟む
感想 190

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

なぜ、私に関係あるのかしら?

シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」 彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。 そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。 「…レオンハルト・トレヴァントだ」 非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。 そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。 「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」 この判断によって、どうなるかなども考えずに… ※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。 ※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、 ※ 画像はAIにて作成しております

『外見しか見なかったあなたへ。私はもう、選ぶ側です』

鷹 綾
恋愛
「お前のようなガキは嫌いだ」 幼く見える容姿を理由に、婚約者ライオネルから一方的に婚約を破棄された 公爵令嬢シルフィーネ・エルフィンベルク。 その夜、嫉妬に狂った伯爵令嬢に突き落とされ、 彼女は一年もの間、意識不明の重体に陥る――。 目を覚ました彼女は、大人びた美貌を手に入れていた。 だが、中身は何ひとつ変わっていない。 にもかかわらず、 かつて彼女を「幼すぎる」と切り捨てた元婚約者は態度を一変させ、 「やり直したい」とすり寄ってくる。 「見かけが変わっても、中身は同じです。 それでもあなたは、私の外見しか見ていなかったのですね?」 静かにそう告げ、シルフィーネは過去を見限る。 やがて彼女に興味を示したのは、 隣国ノルディアの王太子エドワルド。 彼が見ていたのは、美貌ではなく―― 対話し、考え、異論を述べる彼女の“在り方”だった。 これは、 外見で価値を決められた令嬢が、 「選ばれる人生」をやめ、 自分の意思で未来を選び直す物語。 静かなざまぁと、 対等な関係から始まる大人の恋。 そして―― 自分の人生を、自分の言葉で生きるための物語。 ---

婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。

黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」 豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。 しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。

頑張らない政略結婚

ひろか
恋愛
「これは政略結婚だ。私は君を愛することはないし、触れる気もない」 結婚式の直前、夫となるセルシオ様からの言葉です。 好きにしろと、君も愛人をつくれと。君も、もって言いましたわ。 ええ、好きにしますわ、私も愛する人を想い続けますわ! 五話完結、毎日更新

いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!

夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。 しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。 ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。 愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。 いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。 一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ! 世界観はゆるいです! カクヨム様にも投稿しております。 ※10万文字を超えたので長編に変更しました。

婚約者様への逆襲です。

有栖川灯里
恋愛
王太子との婚約を、一方的な断罪と共に破棄された令嬢・アンネリーゼ=フォン=アイゼナッハ。 理由は“聖女を妬んだ悪役”という、ありふれた台本。 だが彼女は涙ひとつ見せずに微笑み、ただ静かに言い残した。 ――「さようなら、婚約者様。二度と戻りませんわ」 すべてを捨て、王宮を去った“悪役令嬢”が辿り着いたのは、沈黙と再生の修道院。 そこで出会ったのは、聖女の奇跡に疑問を抱く神官、情報を操る傭兵、そしてかつて見逃された“真実”。 これは、少女が嘘を暴き、誇りを取り戻し、自らの手で未来を選び取る物語。 断罪は終わりではなく、始まりだった。 “信仰”に支配された王国を、静かに揺るがす――悪役令嬢の逆襲。

悪役令嬢に転生しましたが、行いを変えるつもりはありません

れぐまき
恋愛
公爵令嬢セシリアは皇太子との婚約発表舞踏会で、とある男爵令嬢を見かけたことをきっかけに、自分が『宝石の絆』という乙女ゲームのライバルキャラであることを知る。 「…私、間違ってませんわね」 曲がったことが大嫌いなオーバースペック公爵令嬢が自分の信念を貫き通す話 …だったはずが最近はどこか天然の主人公と勘違い王子のすれ違い(勘違い)恋愛話になってきている… 5/13 ちょっとお話が長くなってきたので一旦全話非公開にして纏めたり加筆したりと大幅に修正していきます 5/22 修正完了しました。明日から通常更新に戻ります 9/21 完結しました また気が向いたら番外編として二人のその後をアップしていきたいと思います

処理中です...