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第一部
41.
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「えっ、旦那様はもう出立されたの?」
「はい、今から半刻程前に」
私が驚きながら訊く。
ブライアンは涼しい顔でそう答えた。
ホルガーと今後について話した後、私は公爵執務室に行った。
レオとロンに付いている使用人の数の違いについて話そうと思ったのだ。
しかし公爵執務室は鍵がかけられていた。
首を傾げながら公爵夫人室に戻る。途中でぼんやりと見覚えのある顔に会った。
使用人の中でも上等な身なりをした中年男性。ホルガーと少しだけ雰囲気が似ている。
家令補佐のブライアンだった。先程まで話題にしていなければ気づかなかったかもしれない。
端に寄り礼をする彼に自己紹介含め軽く挨拶をした。相手も丁寧に挨拶を返してくる。
蛇のような目つきが少しだけ気になったが、具体的に形容が出来なかった。
漫画内で彼がした行動を私は知っているから、その分警戒してしまうのかもしれない。
今はまだ何もされていないので、内心の偏見を隠すように私は微笑んだ。
そして家令補佐であるブライアンにケビンのスケジュールを確認した。
結果既に屋敷を出たと告げられたのだ。
「……本当に?」
つい質問してしまうのは騙されたばかりだからだ。
ブライアンは少し表情を険しくした。
「ごめんなさい、今日家を出たと言われた後にこっそり隠れていたので」
「それは……旦那様がですか?」
「そうよ」
私は正直に返答した。しかしブライアンはあまり納得していないようだった。
つまりケビンはああいう悪趣味な行為に家令補佐を巻き込んでいないのだ。
何だかんだ言ってホルガーは彼から信頼されていたのだろう。
そんな相手さえ使い物にならなければ冷淡な態度だったが。
「だから貴方が嘘を吐いていると思ったわけじゃないの。それに公爵様が長旅に出る時にこんなに静かだとも思わなかったから」
オルソン伯爵家では当主が出かける度に使用人たちのいってらっしゃいませの声が聞こえて来た。帰って来た時はお帰りなさいませだ。
伯爵夫人や異母姉ローズの外出の時も聞こえていた気がする。異母姉の場合は深夜や朝帰りの時は流石に聞こえなかった。
旅行や別荘に行く時などは使用人勢ぞろいで挨拶して見送った。
オルソン伯爵家が模範的な貴族とも思えないが、公爵家当主が猫の散歩並みの気配の無さで出ていくというのも不思議だ。
しかしブライアンはそうは思わないらしい。
「旦那様は過剰な人数での見送りを好みません。」
「つまり子供たちも見送りはしていないということかしら」
「はい。人を集めたり騒がしい行為がお好きではないのです」
自分が前世で社長だった頃を考えれば使用人揃って大仰な見送りは不要だと言いたくなる気持ちはわかる。
でも家族からの見送りも不快がるのか。
公爵家当主どころか家族を持つのに向いていない性格だと思った。
「そう、わかったわ。それとホルガーが貴方に話したいことがあるみたいだから時間がある時に会いに行ってあげて」
「私に話が? かしこまりました」
ついでに言い添えて私はブライアンと別れた。
ホルガーが彼の家令補佐としての承認欲求や自尊心を上手く満たしてくれることを願う。
公爵夫人室に戻り椅子に座る。自然と深い溜息が出た。
ケビンが本当に王都に発ったかはわからない。しかし確認する術もない。
ホルガーを問い詰めればいいのかもしれないがそこまでしなくてもいい、少なくとも今は。
マーベラ夫人はもう屋敷に居ないらしい。
ケビンが持っている精神安定剤を飲まされた後に馬車で家に送り返されたそうだ。
大きな外傷は無いからレインの治療も不要らしい。
そこまでホルガーに聞かされたけれど、突っ込みどころしか無かった。
(他人に自分が飲んでいる薬を飲ませるなとか、ケビンって安定剤飲んでるのかとか、安定剤飲んでいてあんななのかとか……)
冷静に考えればケビンは弟が行方不明になったり妻が病死したりしてるので、心のケアが必要でもおかしくはない。
ここでリリーとか原作エリカなら喜んでケア係に立候補するのだろう。私には無理だった。
ケビンの心を安定させるには常に彼にとっての正解を選び続けなければいけない。
更にそれを計算でなく天然で出来ないと多分駄目だ。そういう男なのだケビンは。
常に人を疑い続けている。彼の恋人になるならそれを気にしない程の器の大きさか鈍感さが必要だ。
(絶対無理、私だって寧ろ疑い深い方だ……し……)
そんなことを考えていたら、うたた寝していたらしい。
ドアをノックする音で目覚めた。慌てて身を起こす。
椅子で寝ていたのに体は全く痛くなかった。十七歳の若い体ゆえだろうか。
「どうぞ」
私が声で許可を出す。扉を開けたのはロンの侍女のマーサだった。
「はい、今から半刻程前に」
私が驚きながら訊く。
ブライアンは涼しい顔でそう答えた。
ホルガーと今後について話した後、私は公爵執務室に行った。
レオとロンに付いている使用人の数の違いについて話そうと思ったのだ。
しかし公爵執務室は鍵がかけられていた。
首を傾げながら公爵夫人室に戻る。途中でぼんやりと見覚えのある顔に会った。
使用人の中でも上等な身なりをした中年男性。ホルガーと少しだけ雰囲気が似ている。
家令補佐のブライアンだった。先程まで話題にしていなければ気づかなかったかもしれない。
端に寄り礼をする彼に自己紹介含め軽く挨拶をした。相手も丁寧に挨拶を返してくる。
蛇のような目つきが少しだけ気になったが、具体的に形容が出来なかった。
漫画内で彼がした行動を私は知っているから、その分警戒してしまうのかもしれない。
今はまだ何もされていないので、内心の偏見を隠すように私は微笑んだ。
そして家令補佐であるブライアンにケビンのスケジュールを確認した。
結果既に屋敷を出たと告げられたのだ。
「……本当に?」
つい質問してしまうのは騙されたばかりだからだ。
ブライアンは少し表情を険しくした。
「ごめんなさい、今日家を出たと言われた後にこっそり隠れていたので」
「それは……旦那様がですか?」
「そうよ」
私は正直に返答した。しかしブライアンはあまり納得していないようだった。
つまりケビンはああいう悪趣味な行為に家令補佐を巻き込んでいないのだ。
何だかんだ言ってホルガーは彼から信頼されていたのだろう。
そんな相手さえ使い物にならなければ冷淡な態度だったが。
「だから貴方が嘘を吐いていると思ったわけじゃないの。それに公爵様が長旅に出る時にこんなに静かだとも思わなかったから」
オルソン伯爵家では当主が出かける度に使用人たちのいってらっしゃいませの声が聞こえて来た。帰って来た時はお帰りなさいませだ。
伯爵夫人や異母姉ローズの外出の時も聞こえていた気がする。異母姉の場合は深夜や朝帰りの時は流石に聞こえなかった。
旅行や別荘に行く時などは使用人勢ぞろいで挨拶して見送った。
オルソン伯爵家が模範的な貴族とも思えないが、公爵家当主が猫の散歩並みの気配の無さで出ていくというのも不思議だ。
しかしブライアンはそうは思わないらしい。
「旦那様は過剰な人数での見送りを好みません。」
「つまり子供たちも見送りはしていないということかしら」
「はい。人を集めたり騒がしい行為がお好きではないのです」
自分が前世で社長だった頃を考えれば使用人揃って大仰な見送りは不要だと言いたくなる気持ちはわかる。
でも家族からの見送りも不快がるのか。
公爵家当主どころか家族を持つのに向いていない性格だと思った。
「そう、わかったわ。それとホルガーが貴方に話したいことがあるみたいだから時間がある時に会いに行ってあげて」
「私に話が? かしこまりました」
ついでに言い添えて私はブライアンと別れた。
ホルガーが彼の家令補佐としての承認欲求や自尊心を上手く満たしてくれることを願う。
公爵夫人室に戻り椅子に座る。自然と深い溜息が出た。
ケビンが本当に王都に発ったかはわからない。しかし確認する術もない。
ホルガーを問い詰めればいいのかもしれないがそこまでしなくてもいい、少なくとも今は。
マーベラ夫人はもう屋敷に居ないらしい。
ケビンが持っている精神安定剤を飲まされた後に馬車で家に送り返されたそうだ。
大きな外傷は無いからレインの治療も不要らしい。
そこまでホルガーに聞かされたけれど、突っ込みどころしか無かった。
(他人に自分が飲んでいる薬を飲ませるなとか、ケビンって安定剤飲んでるのかとか、安定剤飲んでいてあんななのかとか……)
冷静に考えればケビンは弟が行方不明になったり妻が病死したりしてるので、心のケアが必要でもおかしくはない。
ここでリリーとか原作エリカなら喜んでケア係に立候補するのだろう。私には無理だった。
ケビンの心を安定させるには常に彼にとっての正解を選び続けなければいけない。
更にそれを計算でなく天然で出来ないと多分駄目だ。そういう男なのだケビンは。
常に人を疑い続けている。彼の恋人になるならそれを気にしない程の器の大きさか鈍感さが必要だ。
(絶対無理、私だって寧ろ疑い深い方だ……し……)
そんなことを考えていたら、うたた寝していたらしい。
ドアをノックする音で目覚めた。慌てて身を起こす。
椅子で寝ていたのに体は全く痛くなかった。十七歳の若い体ゆえだろうか。
「どうぞ」
私が声で許可を出す。扉を開けたのはロンの侍女のマーサだった。
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