誤解は解きません。悪女で結構です。

砂礫レキ

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第一部

61.

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 私がアベニウス公爵夫人になって一週間程経過した。

「奥様、大変お美しいです」
「有難う」

 待ちに待っていた新品のドレスに袖を通した私は微笑む。
 目の前の鏡に映る私は確かに誉めたくなる容姿をしていた。

 ペールブルーを基調としたシンプルなドレスは落ち着いているが爽やかだ。
 エリカの水色の髪ともマッチしている。
 異母姉ローズから押し付けられた毒々しい赤色のドレスたちとは大違いだった。

「やっと自分に合うドレスを着ることが出来て嬉しく思うわ」 

 そうお針子の女性に言うと、気の毒そうな顔をされた。
 彼女の名前はウルスラ。アベニウス公爵家が贔屓にしていたドレスメーカーの従業員だ。
 私の「派手過ぎず若過ぎず古過ぎず上品で動きやすい物を」という漠然としてる上に多い注文を嫌な顔せず受け、見事に応えてくれた。

 今身に着けているドレスは本当に体を動かしやすい。
 異母姉のお下がりと違ってサイズが私にぴったりと合っているのが何よりも嬉しい。

「一週間程度でここまでのものを仕上げて頂けるなんて、公爵家お抱えの職人さんは素晴らしいわね」
「奥様のドレス姿が見たくて張り切ってしまいました。今後も御贔屓頂ければ幸いです」

 にっこりと返され、私も笑顔で頷く。
 贅沢するつもりは無いが公爵夫人の立場ならドレスが一二着程度で済む筈が無いのはわかっていた。

「そうね、家で過ごす用を後数着、他に軽い外出用と、公爵夫人として表に出る時の物もそれぞれ頂きたいわね」
「はい、かしこまりました」  
「家用と外出着を優先でお願い。でも今回程急ぎで無くて良いわ」

 私はそう告げる。
 ブラウスとロングスカートも仕立てて貰ったので暫くはそれで着回せるだろう。
 ドレスを一着欲しかったのは、使用人に公爵夫人アピールを強くしたい時用だ。

 私が試着したドレスの最終チェック終え新たな注文を受けたウルスラは帰り支度を始める。
 しかし思い出したように小さく声を上げた。

「奥様、こちらお譲りいただいたドレスのお代になります。お渡しするのが遅くなり申し訳ございません」

 そう言いながら布に包まれた硬貨を渡してくる。私はそれを受け取った。

「金額は引き取る時に提示させて頂いた物に金貨二枚を足しております」
「あら、そんなに」
「どれも生地は上等な物でしたので」
 
 ウルスラは嬉しそうに微笑む。
 彼女に私が引き渡したのは姉のドレスだった。
 着るものが無いので仕方なく着ていたが代わりが来たなら完全に用済みだ。
 クローゼットの肥やしにするのもどうかと思い、ドレスの打ち合わせに来たウルスラに相談したのだ。
 すると彼女は古着として買い取りたいと言い出し、私はそれに応じた。

「確かに染みやほつれはありましたけれど、手直しすれば欲しがる令嬢やご婦人はおりますので」
「そういうものなのね」

 貴族と言う物は舞踏会やお茶会の場で同じドレスを頻繁に着るのは恥らしい。
 なんなら毎回新しいドレスを身に着けるのが望ましいらしいが、そんな贅沢が出来る者は限られている。

 下位貴族などは一度着たドレスを売り、そして又ドレスを買うのも珍しくないそうだ。
 扇やアクセサリーなども似たようなことが行われているらしい。
 非効率極まりないがそういう文化なのだろう。
 前世では付き合いで少し茶道を齧ったことはあるが似たような感じのことは有った。
 ウルスラの所は買い取ったドレスをそのまま売るのではなくリメイクしてほぼ別物として売るので人気らしい。

(まあ、そうしないとドレスの出所に気付く人もいるでしょうし)
  
 その場合売った側も買った側も恥をかくだろう。

「では、ご注文が出来上がりましたら又お届けに参ります」
「お願いね」

 私はそう返事をするとアイリにウルスラの見送りを命じた。
 そして一人になった部屋で姿見に映る己を見る。

 顔は「一輪の花は氷を溶かす」のエリカそのものだ。けれど雰囲気が違う。
 漫画では無垢な愛らしさが目立っていたが、鏡に映る女性はそれらを失った代わりに落ち着きを備えているように見えた。

「ドレスと化粧のお陰ね」

 私は自分の頬に触れる。
 詳しくないと前置きしながら、それでもアイリが施してくれた化粧に私は満足していた。
 カーヴェルも公爵夫人として違和感無いと太鼓判を押してくれたので安心だ。

 意外なことに彼は、ファッションのことでも力になってくれた。
 王宮勤めで高位で華やかな女性を見慣れた彼はファッションチェック役としてうってつけだったのだ。
 流石にこのドレスにはこのメイクが合いますよとか、今年の流行色はこちらですとアドバイスはしてこないが。

(世間的におかしくないかどうかを確認できるだけでも助かるのよね)

 図書室にあるその手の本を読み漁ってもいるがファッション雑誌みたいなのは流石に無かった。
 マナー本は五十年前の物しか無かったし、出版日が新しめで貴族令嬢が出てくる小説を中心に読んで文化や空気感を理解しようとしてるけど効率が悪い。
 紙が潤沢にあって印刷も発達しているし新聞も複数ある世界なのだからもう一声欲しいところだ。

「絶対需要はあると思うのよね……」

 私はウルスラに貰った金貨を布越しに握りながら呟いた。
 中身を机に取り出す。数えると平民が贅沢をしなければ五ヶ月は暮らせる額だった。

「まあ、貴族小説の知識だから本当かわからないけれど」

 異母姉のドレス五着分の値段だが高いのか安いのかわからない。
 ただ私には無価値どころかお荷物だったのでそれが金貨になったのは純粋に嬉しくなる。
 何より現金があるというのはとても心強いものだ。異母姉に初めて感謝したくなった。
 私は布に包み直した金貨を引き出しの奥にしまい鍵をかけた。

「そうだ、カーヴェルにドレスを確認して貰おうかしら」

 私は呟くと部屋を出る。すると元気な子供の声が聞こえた。



「おい、カーヴェル!鯉を見に行くから供をしろ!!」
「かしこまりました、レオ様」

 声を頼りに歩くと玄関ホールにレオとカーヴェルがいる。
 レオは無邪気な顔でカーヴェルの執事服を引っ張っていた。

 この一週間で私の予想以上にレオはカーヴェルに対し打ち解けた。
 多分もうマレーナよりカーヴェルの方に懐いていると思う。

「その後は宿題をしてやるから、お前は隣で見ていろよ!!」
「はい」

 笑顔で甘えた命令をする幼い公爵令息と、それに穏やかに応じる青年家令。
 一見微笑ましい光景だ。

 だがレオがカーヴェルを気に入り過ぎて、カーヴェルを従者のように占有したがっている。
 なのでホルガーやブライアンに家令の仕事をかなり多く分担して貰っている状態だった。 

(……あれもどうにかしないと駄目ね)

 私は溜息を吐くと階下へと足を運んだ。

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