誤解は解きません。悪女で結構です。

砂礫レキ

文字の大きさ
121 / 123
第二部

34.

しおりを挟む
「リンジー!!」

 突然背後で伯爵夫人が叫ぶ。私の肩が勝手にビクリと跳ねた。
 最初何を言っているのかわからず彼女がストレスに耐え切れず発狂したと思った。

「……喧しいわね」

 そう呟きながら振り向き私の背後を守っていたらしきカーヴェル越しに夫人に視線を向ける。
 彼女は私ではなくもっと下の方を睨みつけていた。
 そちらを見ると涙目で首を振るメイドが居た。

(ああ、確か彼女の名前がリンジーだったわね)

 一旦納得するが新たに疑問が生まれる。
 何故伯爵夫人は突然メイドの名を叫んだのか、
 そして呼ばれたメイドは何故拒むように首を振るのか。
 少し考えて仮説を思いつく。
 私はカーヴェルに横に行くよう指示をして伯爵夫人に語り掛けた。

「もしかして今、このメイドに私を襲えと命じませんでした?」

 指摘すると伯爵夫人はこちらを睨みつけメイドは顔を下に向けた。
 分かりやすすぎる。

「そんな訳ないでしょ、メイドの名を呼んだだけよ!」
「何故突然そんなことを?」
「……そんなの、メイドの癖にいつまでも床に座り込んでみっともないからに決まっているでしょう!」
「突然貴方がメイドの名前を叫んだのも私からしたら大分聞き苦しかったですけれど」

 狂った訳でなくて安心しました。そう笑みを浮かべ私は今度こそ退室する。
 そして平静を装いゆっくりと歩いた。
 カーヴェルとレインも何も指示をしなくても後ろについてくる。

(嫌だわ、寒気が止まらない)

 きっとドレスに包まれた肌は粟立っているだろう。私の意思とは無関係に。

 心でなく体が反応している。
 オルソン伯爵夫人と同じ部屋に居たくない。彼女の声を聞きたくない。
 ヒステリックに誰かを責める様を見たくないと。

 ただ私自身の心は彼女のことを心底毛嫌いし軽蔑している。
 なので隙があれば嫌味を捻じ込み嘲笑いたいと思うので厄介だった。

(何か無性に腹が立つのよね)

 そんなことを考えながら馬車まで着く。
 私が乗り込むのを確認した後レインは不思議なことを言い出した。

「二人で先に公爵邸に戻って欲しい」
「レイン先生は?」
「あのリンジーと呼ばれたメイドの手当をしてくるよ」
「はあ……」

 何故レインがそんなことをするのだろうという疑問が浮かぶ。
 彼女は確かに善人寄りではあるがそこまでお節介だろうか。
 そして伯爵夫人がレインに対し妙な関心を持っていたことも気になった。

「そこまでしなくても、伯爵夫人もレイン先生に変な興味を持っているみたいだし危険だわ」
「大丈夫だよ、それにあのメイドは伯爵夫人の腹いせで手当すらされないかもしれないからね」
「だとしても……なら私たちも伯爵邸に戻りましょうか?」

 そう提案するとレインはゆっくりと首を振った。

「私だけで十分だよ、その方が色々動きやすいんだ」
「動きやすい?」
「そうだよ、だから心配しないで。君は帰宅して身も心も休めた方が良い」

 あの家は居るだけで辛かっただろう。
 そう見透かすような瞳で言われてはそれ以上引き留められない。

 私とカーヴェルだけを乗せた馬車は間もなく出発した。
 特に何か会話する内容も無いので馬車内は無言だ。
 レインの言った通り伯爵邸が遠ざかる程体のこわばりが解れていく。 

(……当たり前だけれど、この体ってエリカの物なのね)

 私自身もエリカではある。エリカとして過ごして来た記憶だってある。
 けれどそれはよく考えれば記憶というより知識として扱った方が適切なのかもしれない。

 エリカが感じていた痛みも悲しみも喜びも私が思い出そうとすると何もかも薄い。
 今まではそう感じていた。

 だけど実家である伯爵邸に戻り昔付き合いのあったメイドに嫌がらせをされ、伯爵夫人と言葉を交わした。
 それだけで生乾きの瘡蓋を無理やり剥がされるようにひりついた痛みと共に記憶が蘇った。

(もし伯爵家で一ヶ月過ごしたら私の人格も元のエリカに戻るのかしら)

 そんなことを考えて、考えなければ良かったと思う。
 亡霊のような前世の人格より前世のエリカの人格を優先する方が道義的には正しいと思う。
 けれど今更エリカの人格に戻ってどうなるのだという気持ちもある。
 そしてそんな自分の考えが意地汚い開き直りに思えて嫌になる。

「……奥様?」

 心配するような声に顔を上げると恐ろしいぐらいに整った顔の青年が居た。
 炎のような真っ赤な髪に、理知的な琥珀色の瞳。

 一瞬見惚れて、家令のカーヴェルだと少し間をおいて気づく。
 そのことに内心恐怖した。

 見慣れた彼の顔を見知らぬ美しい青年として認識したことが怖かった。
 今無意識に本来のエリカに戻っていたのではないかと。

「何でもないわ、何でもないの……」
「少しでも気がかりなことがあれば何でも仰ってください」

 私は貴方の恩に報いる為、身も心も捧げると誓ったのですから。
 そう私にとって都合の良すぎる言葉を告げる彼にあの日のように誓いを明確に拒むことは出来なかった。

 曖昧な無言を貫く私を馬車は静かに公爵邸まで運んだ。

しおりを挟む
感想 198

あなたにおすすめの小説

なぜ、私に関係あるのかしら?

シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」 彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。 そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。 「…レオンハルト・トレヴァントだ」 非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。 そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。 「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」 この判断によって、どうなるかなども考えずに… ※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。 ※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、 ※ 画像はAIにて作成しております

私を裏切った夫が、後悔しているようですが知りません

藤原遊
恋愛
政略結婚として、公爵家に嫁いだ私は 愛のない夫婦関係を「仕事」だと思い、正妻の役目を果たしてきた。 夫が愛人を持つことも、 その子を屋敷に迎え入れることも、黙って受け入れてきた。 けれど―― 跡取りを、正妻の子ではなく愛人の子にする。 その言葉を、人前で軽く口にした瞬間。 私は悟ったのだ。 この家では、息子を守れないと。 元々、実家との間には 「嫡子以外の子は実家の跡取りにする」という取り決めがあった。 ならば話は簡単だ。 役目を終えた私は、離縁を選ぶ。 息子と共に、この家を去るだけ。 後悔しているようですが―― もう、私の知るところではありません。

三年目の離婚から始まる二度目の人生

あい
恋愛
三年子ができなければ、無条件で離婚できる――王国の制度。 三年目の夜、オーレリアは自らその条文を使い、公爵ルートヴィッヒに離婚を告げた。 理由はただ一つ。 “飾り”として生きるのをやめ、自分の手で商いをしたいから。 女性が公の場で立てる服を作るため、彼女は屋敷を去り、仕立て屋〈オーレリア・テイラーズ〉を開く。 店は順調に軌道に乗り、ついに王女の式典衣装を任されることに。 だが、その夜――激しい雨の中、彼女は馬車事故に遭い命を落とす。 (あと少し早く始めていたら、もっと夢を叶えられたのに……) そう思った瞬間、目を覚ますと――三年前、ルートヴィッヒと結婚する前の世界に戻っていた。 これは、“三年目の離婚”から始まる、二度目の人生。 今度こそ、自分の人生を選び取るために。 ーーー 不定期更新になります。 全45話前後で完結予定です、よろしくお願いします🙇

親同士の決め事でしょう?

泉花ゆき
恋愛
伯爵令嬢であるリリアーナは学園で知り合った侯爵令息のアルフレッドから婚約を申し込まれる。 リリアーナは婚約を喜んで受け、家族からも祝福された。 長期休みの日、彼の招待で侯爵家へ向かう。 するとそこには家族ぐるみで仲良くしているらしいカレンという女がいた。 「あなたがアルの婚約者?へえー、こんな子が好みだったんだあ」 「いや……これは親同士が決めたことで……」 (……ん?あなたからプロポーズされてここへ来たんだけど……) アルフレッドの、自称一番仲のいい友達であるカレンを前にして、だんだんと疑問が溜まってきたころ。 誰よりもこの婚約を不服に思うリリアーナの弟が、公爵令息を連れて姉へと紹介しにくる。

家出を決行した結果

恋愛
フィービーの婚約者ミゲルには大切な幼馴染がいる。病弱な幼馴染をいつも優先するミゲルや母が亡くなって以降溝が出来てしまった父と兄との関係にフィービーは疲れていた。 デートの約束をしてもいつも直前になって幼馴染を理由にキャンセルされ、幼馴染にしか感情を見せないミゲルを、フィービーを見ようとしない父や兄を捨てる決心をしたフィービーは侍女や執事の手を借りて家出を決行した。 自分を誰も知らない遠い場所へ行ったフィービーは、新しい人生の幕開けに期待に胸を躍らせた。 ※なろうさんにも公開しています。

うわさの行方

下沢翠花(しもざわすいか)
恋愛
まだ十歳で結婚したセシリア。 すぐに戦場へ行ってしまった夫のニールスは優しい人だった。 戦場から帰るまでは。 三年ぶりにあったニールスは、なぜかセシリアを遠ざける。 ニールスの素っ気ない態度に傷つき疲弊していくセシリアは謂れのない酷い噂に追い詰められて行く。

さようなら、私の初恋

しょくぱん
恋愛
「さよなら、私の初恋。……もう、全部お返しします」 物心ついた時から、彼だけが世界のすべてだった。 幼馴染の騎士団長・レオンに捧げた、十数年の純粋な初恋。 彼が「無敵」でいられたのは、アリアが無自覚に与え続けた『治癒の加護』があったから。 だが婚約直前、アリアは知ってしまう。 彼にとって自分は、仲間内で競い合う「賭けの対象」でしかなかったことを。 「あんな女、落とすまでのゲームだよ」

繰り返しのその先は

みなせ
ファンタジー
婚約者がある女性をそばに置くようになってから、 私は悪女と呼ばれるようになった。 私が声を上げると、彼女は涙を流す。 そのたびに私の居場所はなくなっていく。 そして、とうとう命を落とした。 そう、死んでしまったはずだった。 なのに死んだと思ったのに、目を覚ます。 婚約が決まったあの日の朝に。

処理中です...