5 / 5
多賀宮 シキ
しおりを挟むどれだけ恵まれた家庭に生まれようと、どれだけ才能があろうとヒトは不完全で脆い。それを目の当たりにしたのは、山田響という平凡そうな...でも実は頭のおかしな新入生が現れてからだった。
どんなツテやコネを使ったのか知らないけれど、平凡でどこにでもいそうな一般の生徒が、金持ちしか通えない学園に潜り込んできた。一体何が目的なのかは謎だが、山田は沢山の問題を起こすだけでなく、奇妙にも校内の人気者を虜にしていった。
オレもその1人だったーー、.....なーんてそんなわけはなく、みんな頭がどうかしているのかな?アレだよ?アレ、山田だよ?としか思わなかった。
それでもオレにとって後に、『山田響』という人間はある意味で興味深く、いなくてはならない絶対的に必要な人間となった。
なぜならあの頃のオレには、必ず手にしたいモノがあったから。
「なんであんたがここにいんの?藍ぴぃは?オレ、藍ぴぃと約束してたんだけど?」
仏頂面で待ち合わせ場所に現れた山田にオレはニコリと微笑んだ。両手をポケットに突っ込んだままの不機嫌そうなその表情を、藍ちゃんは決して見たことがないだろう。
「藍ちゃん、まだ万全じゃないから休ませててさ」
「は...?なんで?藍ぴぃに何かあったの?」
普段は人のことなんかただの駒としか見ていない、まるで自分の手の内でどうにでも動かせると思っているはずなのに、藍ちゃんのこととなるとまるで別人みたいに焦る。
こちらに向ける鋭く冷たい目は今は微かに揺らいでいて、余裕ぶったその態度もわずかに崩れている。それがまたムカつく。
「いや、そういんじゃないよ。ちょっと無理させちゃっただけ」
オレがそう言えば、物凄く嫌そうな顔をする山田。
「ちっ、抱き潰してんじゃねぇよ...」
「あはは、下品だなぁ」
「マジあんたに言われたくないから」
「ていうかまだ藍ちゃんのこと、藍ぴぃとか呼んでるの?やめて貰えないかな。バカっぽいから」
「はっ?藍ぴぃは藍ぴぃなの。あんたに言われる筋合いないね」
相も変わらず生意気だ。唯一思い通りにいかなかったオレがそんなに気に食わなかったのか、コイツはオレの前では一切取り繕わない。あとはあれ、お気に入りの藍ちゃんを取られたとでも思っているのだろう。そういえば付き合いたての頃はよく邪魔されたものだ。
「まあ久しぶりなんだから、そんなにピリピリしないでよ」
「はぁ?!なにが久しぶりだよ。あの夜勝手に藍ぴぃを連れてっただけじゃなく、オレのこと蹴り上げて出てった癖に!オレ覚えてるぞ!!」
「あれ、起きてたの?」
「あれで起きないわけないだろ?!めちゃくちゃ痛かったし!」
「仕方ないだろ?お前、藍ちゃんにくっつき過ぎ」
「...あのさぁ?いい加減オレにまで嫉妬すんのやめてくんない?オレには宗っていうイケメンで超金持ちの恋人がいるの知ってるよな?」
「へぇ、そんなに上手くいってるんだ?」
「ふんっ、当然。過剰に愛されすぎて困ってるくらいだよ」
「うんうん、だったらこの先も上手くやれよ?」
と、オレの言葉を聞いた瞬間、山田の動きがピタリと止まる。そして――次の瞬間、肩を揺らしながらクツクツと笑い始めた。
「くくっ......ぷっ、ははっ!まーだ心配してんの?藍ぴぃが宗のこと好きだったから?うけるっ!」
「初恋ってのは厄介らしいよ」
「ふはっ、なるほどなるほど。あんたにとっての初恋は藍ちゃんだもんね。そりゃあ厄介だわ」
挑発じみた顔の山田が皮肉を込めて言う。まあその通りだと思う。オレは藍ちゃんのように優しくも潔くもないから、一度本当に欲しいと思ったモノは必ず手にしないと気が済まないし手放しもしない。
「礼は言うよ。ありがとう、藍ちゃんの初恋を粉々にしてくれて」
「...可哀想な藍ぴぃ。こんなのが彼氏とか親友として許せんわ」
「別にオレは何もしてないけどね」
「オレがいなかったらと思うとゾッとするよ。宗がどうなってたことかってね」
「手間がかからず良かったよ」
オレが淡々とそう言い放つと、「...そういうとこクソだよね」と山田が顔をしかめる。まるで腐ったものを見ているようだ。
確かに山田が現れる前の西園寺は藍ちゃんのことをよく気にかけ可愛がっていて、さてどうしてやろうかと様子を伺っていた。するとタイミング良く山田が現れ、その途端あっさりと藍ちゃんへの興味を失い見向きもしなくなった西園寺。なんて愚かで馬鹿なんだろうと、腹を抱えて笑いたくなった。
そしてそんな悲しみに暮れた瞬間を、オレは狙っただけ。よくある話だ。
最初はただの“いい人”を演じ、ただ隣にいるだけ。ただ話を聞くだけ。ただ優しく微笑むだけ。すぐに手を伸ばしたりはしない。じわじわとゆっくりと、甘い毒みたいに滲み込んでいくほうがいい。時々、ふと指が触れるくらいの距離。まるで偶然のように。そうやって優しさを装ったまま、藍ちゃんの隙間に入り込んでもう戻れないところまで連れていく。
時間をかけて、自分で選んだ”と思わせるように仕向けた。オレにしてはまともで正攻法なやり方だ。
「でもまあ、お前のせいで別れそうになったんだけどね」
「はい?なんでもかんでも人のせいにしないでくれる?今回はあんたが自分でやったことじゃん」
もちろん今回はオレの詰めが甘かったのは承知している。まさかあのビビリの藍ちゃんが一人でパリに来ているとは思わなかったし、最悪のバットタイミングでオレとミラが一緒にいるところを見られてしまったから。
本来なら一人でパリに来てくれた藍ちゃんを褒めて褒めて褒めまくり、可愛がりまくってもてなしてあげるはずだった。藍ちゃんにとってはせっかくの異国の地。特別なディナーを用意して、素敵な景色を見せて何もかも最高のもので満たしてあげたのに。
ただ、いくらなんでも俺との連絡を全てブロックしたことは許せなかった。
藍ちゃんにとって俺はその程度の存在だったのか。いなくなっても何の支障もない、簡単に切り捨てられる相手だったのか。それを突きつけられた気がして無性に腹が立ち許せなかった。
でもそうではない、薄々感じていた藍ちゃんの変化。あんな風に藍ちゃんを臆病な人格にしたのはこの山田なのだ。
藍ちゃんは元々自信家だ。
家族にも愛され学園でもチヤホヤされ、誰からも好かれる存在。何不自由なく育ち、ほとんどのことは多少努力すれば報われるし望めば手に入らないものはなかった。
——山田が現れるまでは。
初めて、自分が"特別"ではないと突きつけられた。山田という存在が、藍ちゃんの当たり前を壊してしまった。そして何より許せなかったのは、その山田に大切な初恋を奪われたこと。
これまで築き上げてきた自信が、ぐらりと揺らいでいく。
"特別"で主人公であるはずの自分が、山田の前ではただの"誰か"に成り下がる。認めたくないのに、心の奥底ではどうしようもなくそれを感じてしまう。温室育ちの王子様が初めて外の冷たい風に晒された。
それでも救いだったのは、藍ちゃんがピュアで真っ直ぐで何にも擦れていないこと。だからこそ悪役にすらなれなれなかったんだから。
ただ山田の親友にまでならなくとも良かったのに...。まあ今はいいや。コイツもコイツで役には立っている。
「はいこれ、藍ちゃんから」
「...?ナニコレ?あっ!藍ぴぃんとこの和菓子だ!やった、さすが藍ぴぃ!しかもオレの好きなやつだぁ」
別荘から藍ちゃんのマンションへ戻ったその日、藍ちゃんの実家から和菓子が届けられていた。きっと、藍ちゃんがコイツのために頼んでおいたのだろう。オレもおまけのように貰ったけれど、面白くない。
「んで?あんたは?パリ土産」
「あるわけないだろ?」
「あのさ、もっとオレを敬った方がいいよ?オレがいるから、藍ぴぃといまだ付き合ってられてるんだからね?ホント、もっと感謝して欲しいわー」
「?」
たったいま、お前こそが別れそうになった理由の一つだと言ったのに?
「本人は気付いてないけど大学でも狙われてるよ。藍ぴぃって警戒心強くてガード堅そうだけど、誘われると断れない性格じゃん?外見もそこらの女の子より可愛いし、周りが放っておかない。はぁ...オレが裏でどんだけ苦労してるか分かってるのかな~?多賀宮先輩??」
「ふぅん...そっか。それは頼りになるな。今後も励むように」
ケッと山田が呆れまじりに悪態をつく。
「藍ちゃんのチョロさはオレ達が一番知ってんじゃん」
「人の恋人を、誰にでも靡く軽いやつみたいに言わないでくれる?」
「そうは言ってないけど、チョロいもんはチョロいんだよ。こんな変人とあんたみたいな激重粘着質を受け入れちゃうくらいだよ?」
自分でも自覚しているのかと少しホッとする。藍ちゃんが、「響もあの頃とは違ってだいぶ大人になったんですよ」、とかニコニコしながら言ってたけど、知らないだけでコイツは今もサイコな変人に違いない。
まあオレも、激重で粘着質であることには自覚しているし否定はしないけど。
「チョロいんじゃなくて懐が深いんだよ」
オレの言葉に一瞬目をぱちくりとさせたあと、「ふ~ん」と感情の読めない顔で鼻をならした。
「大人しく、そのまま友人でいろよ」
そう告げれば、じっとこちらを見つめた山田がニヤリと笑う。
「言われなくたって、藍ぴぃはオレの一番の親友だよ」
そう、それでいい。と、オレは穏やかに微笑む。藍ちゃんはお前の恋しい家族でもなんでもない、ただの友人なんだからと。だが、
「だらか次、藍ぴぃを傷付けたら許さないから」
今のところ、コイツより脅威な存在はいないだろう。藍ちゃんのことを、恋やら愛やらよりも特別だと思っているコイツなんかよりも。
微笑んでいた唇の端が、わずかに引きつる。
本当に生意気な奴だ。やはり離れた方がいい。こんなに危険な目をしたヤツを、いつまでも藍ちゃんの側にはおけない。
まあいずれ藍ちゃんはオレと日本を離れる。ただその時、コイツはどう出るかな。
ちょっとしたその後を書いてみました。
感想、エールありがとうございます!やる気になりますし、励みになります(*^o^)/\(^-^*)
1,893
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(11件)
あなたにおすすめの小説
え?俺って思ってたよりも愛されてた感じ?
パワフル6世
BL
「え?俺って思ってたより愛されてた感じ?」
「そうだねぇ。ちょっと逃げるのが遅かったね、ひなちゃん。」
カワイイ系隠れヤンデレ攻め(遥斗)VS平凡な俺(雛汰)の放課後攻防戦
初めてお話書きます。拙いですが、ご容赦ください。愛はたっぷり込めました!
その後のお話もあるので良ければ
一日だけの魔法
うりぼう
BL
一日だけの魔法をかけた。
彼が自分を好きになってくれる魔法。
禁忌とされている、たった一日しか持たない魔法。
彼は魔法にかかり、自分に夢中になってくれた。
俺の名を呼び、俺に微笑みかけ、俺だけを好きだと言ってくれる。
嬉しいはずなのに、これを望んでいたはずなのに……
※いきなり始まりいきなり終わる
※エセファンタジー
※エセ魔法
※二重人格もどき
※細かいツッコミはなしで
尊敬している先輩が王子のことを口説いていた話
天使の輪っか
BL
新米騎士として王宮に勤めるリクの教育係、レオ。
レオは若くして団長候補にもなっている有力団員である。
ある日、リクが王宮内を巡回していると、レオが第三王子であるハヤトを口説いているところに遭遇してしまった。
リクはこの事を墓まで持っていくことにしたのだが......?
春を拒む【完結】
璃々丸
BL
日本有数の財閥三男でΩの北條院環(ほうじょういん たまき)の目の前には見るからに可憐で儚げなΩの女子大生、桜雛子(さくら ひなこ)が座っていた。
「ケイト君を解放してあげてください!」
大きなおめめをうるうるさせながらそう訴えかけてきた。
ケイト君────諏訪恵都(すわ けいと)は環の婚約者であるαだった。
環とはひとまわり歳の差がある。この女はそんな環の負い目を突いてきたつもりだろうが、『こちとらお前等より人生経験それなりに積んどんねん────!』
そう簡単に譲って堪るか、と大人げない反撃を開始するのであった。
オメガバな設定ですが設定は緩めで独自設定があります、ご注意。
不定期更新になります。
【bl】砕かれた誇り
perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。
「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」
「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」
「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」
彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。
「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」
「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」
---
いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。
私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、
一部に翻訳ソフトを使用しています。
もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、
本当にありがたく思います。
上手に啼いて
紺色橙
BL
■聡は10歳の初めての発情期の際、大輝に噛まれ番となった。それ以来関係を継続しているが、愛ではなく都合と情で続いている現状はそろそろ終わりが見えていた。
■注意*独自オメガバース設定。■『それは愛か本能か』と同じ世界設定です。関係は一切なし。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
その後、楽しく読みました!
めっちゃ好みでした〜♪
わぁ、こちらも読んでくださったんですね😍
好みと言ってもらいとても嬉しいです!
頂く感想が励みになります。ありがとうございました。
とても良かったです。
藍ちゃん、可愛いし、シキ先輩が激重溺愛で最高です。
続きを所望します!
まさに可愛い受けと、劇重溺愛な攻めを書くのが大好きです!そして続きを所望して頂き嬉しいです。がんばります(*^o^)/\(^-^*)
感想ありがとうございました🥰
とても良い😊
そう言ってもらえてめちゃくちゃ嬉しいです!
感想ありがとうございます😍