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夜空は繋がっている ~レブランドSide~
しおりを挟むパン屋の売り子というのはなかなか大変なものだと痛感する。
ただ立っているだけではダメで、笑顔で接客しなくてはならない。
自分が生きてきて、笑顔を張り付けなければならない状況というのがあまりなかった。
公爵家の当主として人間関係を築かなくてはならない時はあったが、それでも微笑程度で印象を悪くしなければなんとかなる。
女性に愛嬌を振りまく必要はなかった為、笑顔が必要な場面はほとんどなかった。
しかし売り子ではそうもいかない。
まず最初からダメ出しが入る。
「レブランドさん、お客様が逃げちまうからもう少し笑ってもらいたいんですよねぇ」
「む、これ以上か?」
「そうですねぇ……こんな感じです」
パン屋の女主人であるリイザ殿が唇を弧の字にして、笑顔を作って見せた。
私もリイザ殿と同じように弧を描いて見せる。
「……どうだ?」
「レブランドさんの目が、まだ怖いのでもうちょっとニッコリしてみましょうか!」
そう言いながらリイザ殿が目を細めて見本を見せてくれた。
そうか、この通りにやればいいのだな。
「これではどうだ?」
顔の筋肉が攣りそうだ。
しかし努力のかいあって、リイザ殿が褒めてくれる。
「なかなかいいですよ!それでいきましょう」
「そうか、よかった」
まだ少し大変だが、今まで笑顔をしてこなかった私の経験不足なのだろう。
するとどこからともなく笑い声が聞こえてくる。
「レブランドさん……その笑顔……おもしろ……はははっ」
「ラルフ、貴様の前では絶対にやらぬ」
「はっはっはっ!意地張っちゃって!可愛いところあるんですね!」
この男はカタリナにも馴れ馴れしいし、なんなのだ。
しかし売り子をしてみて分かる、この男はできる。
カタリナが女性に突き飛ばされた時も私は怒りで周りが見えていなかったが、この男はお客の怒りを収める事に成功していた。
私はたいてい力で解決してきたのもあり、この男から少し学んだ方がいいかもしれない。
そう思い、売り子に励んでいたところにアルジェールが高熱に苦しむという事件が起きたのだった。
息子の一大事、店頭に立っている場合ではない……!
「レブランド様、近くの川にお水を汲みに行きたいので、アルジェールを見ていてくださいますか?」
「それなら私が行ってこよう。力仕事は任せてくれ」
カタリナに良い恰好をしたかったのもあったが、私自身が2人の役に立ちたかった。
近くに川があると言っていたが、男の足でも片道20分はかかるので、カタリナの足では大変なのではと感じる。
その他にも村医師に頼みに行ったのも、いつもならアルジェールを抱えて診療所に連れて行っていたと言う。
公爵家にいればそのような苦労などさせなかったものを……自分が彼女をそのような境遇に追いやってしまったと思うと、何かせずにはいられなかった。
「アルジェール、何をして遊ぶ?」
「このお馬さんであそぶ!」
それは木で作った馬のおもちゃで、アルジェールは馬が好きらしい。
息子の好きなものを1つ知る事が出来た……自分の子供とはこれほどまでに得難いものなのだな。
息子は本当に私にそっくりで、馬が好きなのも私にそっくりだ。
「ぼくもお馬さんにのって、きしさまになりたいなぁ」
「そうか」
「レビィみたくかっこいいきしさまになって、かぁさまをまもるんだ」
「アルジェールの母様は私が守るぞ」
「ぼくがまもる!」
「ははっ、頼もしいな。しかしアルジェールは大人になったら君と出会う、大切な人を守れるようにならなければな」
私の言葉に息子は首を傾げた。
カタリナを守れなかった私が言っても説得力がないが。
息子には私と同じ轍を踏んでほしくはない。
「愛する人を守れる男になるんだぞ」
「あい!」
分かっているのか分かっていないのか……しかし息子の瞳には確かな炎が点ったように見える。
このまま息子とカタリナと三人で一緒にいられれば、爵位などどうでもよくなってくる。
三人で一緒に食事をとり、穏やかな時間を過ごしていると国に帰らなくてはという事も忘れてしまいそうになるな。
アルジェールの容態も落ち着き、そろそろ帰る為に外へ出ると、満点の星空が目の前に広がっていた。
カタリナと出会った時も星が美しい夜だった。
「見事な星空だな」
「明るいところでは星は見られなくなってしまいますので……ここでは沢山の星が煌めいて見えます」
「明るいところでは輝けない、か……」
彼女もまた王女や公爵夫人よりも、この村にいて穏やかに暮らしていた方が幸せなのだろうか。
貴族でいるには、立場や人間関係で過酷な状況に身を置かなくてはならない。
これ以上カタリナを苦しめたくはない私は、連れて帰る事に戸惑いを感じるようになっていた。
悶々と考えをめぐらせていると、カタリナの美しい紫水晶の瞳から涙が溢れ出ていた。
「カタリナ!」
本当は色々と聞きたい事があるに違いない……あの夜も私は真実を話さずに彼女のもとを去った。
式までの日々も彼女を独りにしていた事で、私への信頼は失墜している。
「私もあなたを信じたくても信じられない自分が苦しかったので」
そうか、私は思い違いをしていたのかもしれない。
彼女は私を恨むよりも、信じられない自分に苦しんでいたのだ。
「必ず君の信頼を勝ち取ってみせる」
「私の信用は、高いですよ?」
「フッ。望むところだ」
もう二度と悲しい思いはさせたくない。
信頼できる関係になってからジグマリンへと帰ろう。
そう思って帰ろうとした瞬間、ラルフの声が聞こえてきた。
「あ、レブランドさん!なかなか帰ってこないと思ったら……」
む、私の心配をしていただと?
まさか私を追ってここに来たわけではあるまい。
「私のストーカーにでもなったのか?」
「そんなわけありません!アルの様子が気になって来たんです!」
ラルフは朝からパンの仕込みと店の跡取りでもあるので、なかなか店を抜けられないと嘆いていた事を思い出す。
パン屋の跡取りというのも大変だな。
しかしカタリナとの距離を縮めようとする魂胆なのは見え見えだ。
私はラルフの腕を引き、パン屋へ連れて帰る事にした。
「もう夜も遅い。アルジェールの様子ならば私がたっぷり教えてやろう」
「え?いや、俺はカタリナに……」
「もう夜も遅いからな」
「そんな……」
こんな夜に二人きりにさせるわけがない。
カタリナと挨拶を交わした後、ラルフの腕を引きながらアルジェールの様子を伝え、アルジェールと仲良く遊んだ話などをたっぷりと聞かせてやった。
ラルフは若干ゲッソリしていたが、私は息子の話をたっぷりとできて、心はスッキリと晴れ渡っていた。
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