番が逃げました、ただ今修羅場中〜羊獣人リノの執着と婚約破壊劇〜

く〜いっ

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2・ヤンデレ羊、爆誕

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捨てられた、とは思っていなかった。
いや、本当は分かっていた。

口減らしのため、家族はリノを売ろうとした。
売られるくらいなら、と逃げてきた。

ひどく寒くて、お腹が空いて——思い出したくない過去は、リノから生きる希望も瞳の光さえも奪っていた。

——僕の家は——もうない。


——そんな時。

「あなた! ちょうどいいわ!」

突然、目の前に現れた少女が、そう言った。

「え?」

「あのね、わたくし、弟とケンカしちゃったのよ。だから、仲直りの練習をしたいの。」

意味が分からない。けれど、彼女は一切待たない。

「ほら、さぁ! ぎゅってしなさい!」

手を広げて、堂々と指示する。

「……ぎゅ?」

「そうよ。仲直りの基本は抱きしめること! 常識でしょ!」

目の前の少女は、ふわふわの銀色の髪に、大きな狼の耳を揺らしている。
貴族の娘だろうか、豪奢なドレスに身を包み、まっすぐにこちらを見ていた。

「あなた、弟と同じぐらいでちょうどいいのよ! 今日中に仲直りできないかも知れないじゃない。だから毎日練習しないとダメなの! あなた、今日からわたくしの家に住むのよ! 決定よ!」

ぽかんとするリノに、少女は勝手に宣言した。

「一緒の家に住んでいる年下の男の子は、わたくしの弟でしょ! 間違いないはずだわ!」

リノの心に、はじめて、なにかが落ちた。

弟。家族。弟。家族。

(そんなもの……もう、ないと思っていたのに……)

ゆっくりと、リノは手を伸ばす。

小さく、軽く、彼女を抱きしめた。

細い腕のせいで、クラリーチェは少しだけ眉をひそめた。

「あなた、ガリガリで痛いわ。」

彼女は、当然のようにリノのボサボサの髪を優しく撫でた。

「弟は、ふかふかでぷにぷにじゃないとダメなのよ。いっぱいご飯を食べなさい。好き嫌いしたら……めっ、だからね。」

ぽんぽん、と優しい手が頭に落ちている。

「あら? 角があるのね。クルンとしていて可愛いわ。」

軟らかい手が、リノの羊の角にふれた。

……暖かい。

家族? 家族ってこんな……。

——もう、絶対に手放したくない。

その瞬間、リノは強く、強くクラリーチェを抱きしめた。

彼女は驚いた顔で目を見開く。

「きゅ……苦しいっ、ちょっと強く抱きすぎよ!」

リノは無言で抱きしめ続けた。

(………暖かい……離したくない……離したくない……失いたくない………絶対に……僕のものだ)

心の中で、何度も、何度も、繰り返した。

その日からリノの世界は——彼女だけになった。


◆◆◆

「リノ、あなたはクラリーチェの従者になりなさい。努力しだいでは、護衛騎士にもなれるかもしれないわね。」

クラリーチェはリノを義弟としてあつかったが、エデルシア伯爵家の相違ではなかった。
エデルシア伯爵夫人、クラリーチェの母親は、リノに剣術、学問、礼儀作法——
全てを叩き込む。
クラリーチェの忠実な従者に育てるために。

(当然だ。お姉様のそばにいるのは、僕だ。)

全てを完璧にこなし、彼はいつもクラリーチェの一歩後ろにいた。

誰よりも、クラリーチェのために強くなった。
誰よりも、クラリーチェを知っていた。

クラリーチェの義弟になった瞬間から誓ったのだ。
「お姉様の弟は、この僕だけだ」と。

実の弟? そんなの——いらない。
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