あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ

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 ローウェル王立学校は全寮制の学校で、それぞれに部屋が与えられる。部屋割りは二人一部屋で主に学年で割り振られるのみで、学科は考慮されない。そのため、僕のルームメイトも薬学科ではなく、医術学科の生徒だ。

 そして、三年間よほど大きな問題や深刻な人間関係のもつれなどが起きない限り、部屋とルームメイトは固定される。だからこそ、最初の部屋決めですべてが決まるーーそう言っても過言ではない。

 幸運なことに、僕はルームメイトともうまくやれている。その点については、とてもありがたかった。

 見たところ、アインスとラウドも相性は良さそうだなと見ていて感じた。

「シューン、そんなとこで止まってないで。ほら早く入って。」

「お邪魔します......。」

 恐る恐るアインスの部屋へ足を踏み入れると、机の上はキレイに整頓されていて、清潔感が保たれていた。

 一方でラウドは、想像通りというか、なんというか。やんちゃな感じが滲み出ていた。

「とりあえず、シャワー浴びてきちゃいな。服はあとで出しておくから。」

「ありがとう、お風呂、借りるね。」

 シャワーを浴びながら、なんだか手が沁みるなと思って見てみると、手のひらに深い切り傷ができていた。噴水に落ちたとき、どこかで擦りむいたんだろうな。おまけに腰には、くっきりとしたアザまでできていた。

 ーーま、見えないところだし気にしなくていっか。なんて呑気にシャワーを浴びていたのだが......。

「シューン、そのアザはどうしたの??」

 シャワーから上がったら、さっさと服を着てアインスの部屋を出てしまおうーーそう考えていたのに、タイミングよくアインスが脱衣所に入ってきてしまった。そのせいで、身体にできた傷を見られてしまったのだ。

 たかがアザだというのに、それを見たアインスは目をすっと細め、何かを疑っているようにも見えた。

「えぇっと......これは、噴水に落ちたときにできたやつで。」

「うん、でも自分で落ちたんじゃないんだよね?」

 ひんやりとした、冷たい空気が肌を撫でた。

「そういやさ、俺、シューンが女に噴水に落とされてんの見たんだわ。ったく、あんなんで落ちんなよな~。」

 いや、言い方がよくない......。いくら相手が女の子で僕が華奢な体付きだったとしても、落とされたなんて言われたら、僕のプライドも多少なりとも傷つく......。もっとオブラートに包めなかったのだろうか。

「......俺には、言えないことなの?」

「い、いや!そういうわけじゃない......けど。」

 アインスは、そっと僕の手を握った。僕が言いやすいように、雰囲気を作ってくれているんだろうな。

「......アインスを慕ってる、ほら。図書館で追いかけてきた子、いるじゃん?あの子とちょっともめちゃって......それで落ちただけなんだ。」

「本当にそれだけ?」

 問い詰めるように見つめられ、僕は必死に頷いた。

 具体的に名前を出して誰にやられたのか、どんなやり取りがあったのかーー細かい部分はすこし省いたけど、嘘はついていない。

 ただ、これ以上話すとボロが出そうで、早く切り上げたかった。それになんだか尋問されてるようで、緊張感があって居心地が悪かった。

「分かった。ごめん、シューン。俺のせいでケガなんかさせちゃって......」

「ううん、そこまで酷いケガじゃないし、大丈夫だよ。アインスが気にすることないよ。」

「ありがとう、シューン。でも......これからは大丈夫だから。安心していいよ」

 アインスの言葉に、ほんの少し引っかかるものを覚えたけど、僕は深く考えなかった。

 次の日、図書館へ向かう途中、アンナとその取り巻きの女の子たちの姿を見かけた。

 うわ、また小言言われるよ......と少し身構えていたのだが、アンナたちは僕の姿を見るなり、顔色を真っ青にして逃げるように僕の前から立ち去ってしまった。

 一体、何があったんだろう?と小首をかしげていると、背後から不意に声をかけられた。

「シューン、今日も図書館に行くんだよね?」

「わっ!いきなり現れないでよ......。うん、そのつもりだよ。」

「じゃあ一緒に行こ?」

 この時の僕は、まだーーこの男のことを、少し甘く見ていたのかもしれない。

***

「ねぇ、君がアンナ嬢......かな?」

「ア、アインス様!?わ、わたくしに何かご用でしょうか......」

「ごめんね。少し二人で話したいから、君たちはもう帰ってくれるかな?」

「は、はい!もちろんでございます!!」
「で、ではごきげんよう!!」

 俺はアンナの取り巻きに笑顔で話しかけ、その場から追い払った。

 ーーこれで盤上は整ったかな。

「そ、それで......お話というのは......」

 アンナは手櫛で慌てて髪を整え、上目遣いで俺を見てくる。......うわぁ。色気も礼儀作法も何ひとつ身についていない。よくもまぁ、こんな有様でシューンのことを罵倒できたものだ。

「ふふっ、そんなに緊張しなくていいよ。君に、ちょっと言いたいことがあるだけだから。」

 俺は赤面しているアンナ嬢の耳元まで顔を寄せ、声を低く落として囁いた。

「ーーーー」

 その言葉を聞いた瞬間、アンナの顔から血の気が引き、みるみるうちに真っ青になった。

「!?なっ、ど、どうして......アインス様がそれを......っ!」

「ふふふ、どうして、って......君が言える立場じゃないよね。」

 アンナはその場にがくっ、と崩れ落ちた。俺はそんな様子など意にも介せずに、淡々と続けた。

「あぁ、そうそう。たぶん君は学園を卒業したあと、破門になるだろうけど......そのあとは、ボース男爵のところに嫁ぐことになるだろうから。せいぜい、残りの学園生活を楽しみなよ。」

 ボース男爵ーー通称”残虐男爵”。

 巨額の富と引き換えに伯爵家、男爵家、平民の家から次々と嫁を娶っている男。女癖も酒癖もたいそう悪く、これまで嫁を数人殺したという噂すらある。

 俺はアンナの伯爵家が経営難に陥っていることを把握していた。しかも、その原因が娘による多額の浪費だとなれば、両親が頭を抱えるのも無理はない。

 だから俺は提案したのだ。

 資金提供をする代わりに、アンナをボース男爵のもとへ嫁がせる、という条件を。

 返事はその日のうちにすぐ返ってきた。

 あまりにもあっさりとした了承に、思わず乾いた笑いが漏れた。

 ーーどいつもこいつも薄情な連中ばかりだ。

「し、信じられません。わ、私が......私がボース男爵の所になんて......。」

「残念だけど、これはもう決まったことだよ。君のご両親も承諾済みだ。一家すべてが潰れるより、娘一人の犠牲で体裁が保たれるなら......誰だってそうするだろうね。」

 俺は涙で化粧の崩れたアンナを置き去りに、シューンの元へ向かった。

 あのアザが、もし一生シューンの身体に残ったら......どうしてくれようか。

 ーーそしたら俺もシューンに一生消えない傷を残してあげないとね。

 
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