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59.温泉旅館の異音③(怖さレベル:★★☆)
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夜になりました。
隣でスースーと寝息を立てる妹とは裏腹に、
私は昨日から今日にかけて体験したさまざまな出来事が思考の中にチラついて、
疲れているのにちっとも眠ることができません。
目が冴えてしまった私は、布団の中で携帯をイジりつつ、
ぼんやりと時間を潰していました。
(うわ……もうこんな時間)
時刻は深夜零時を回り、
夜気がじっとりと重くのしかかってきます。
(そろそろ、ホントに寝ないと……)
明日は午前中にここを出る予定、
万が一運転に支障が出ては大変です。
携帯を放り、目を閉じてなんとか眠りにつこうと深呼吸をひとつ。
すーっ、はーっ。
……ギシッ
呼吸の、合間。
不穏な音が、混ざりました。
ギッ、ギシッ
(う……ウソ……)
昨夜の。
夢と思い込んでいた、あの足音。
それが再び、避けられぬ悪夢として再来してきました。
ギシッ、ギシッ……
畳の上を一歩、一歩。
一定の速度で歩き回る、なにか。
ギシッ、ギシッ……
目を強くつむり、気づかないフリで、
ひたすら耐えしのぐ他ありません。
(早く……早く、朝に!)
日が昇りさえすれば、ここともお別れ。
こんな恐ろしい思いだってしなくてすむ。
ギッ、ギシッ……
素足がギシギシと畳を踏みしめ、こすり、
延々と飽きることなく、私たちの布団の周りを回り続けています。
(な、ナツ……あの子、大丈夫かな……)
昨日はなにも気づいていないようでしたが、
もし起きていたなら、妹に危害が及ばぬとも限りません。
少なくとも、様子くらいは伺っておいたほうがいいかもしれない。
私は恐怖でこわばる瞼を、その歩き回るなにかにバレないよう薄く開きました。
(……え?)
思わず漏れそうになった声は、必死に喉奥で押し殺します。
その、足音の主。
一定の速度で、裸足でグルグルと畳の上を歩き回るなにか。
暗闇の中で動く、その人影は。
「……ナ、ツ?」
それは。
それは、間違いなく。
妹――ナツその人であったんです。
ギシッ、ギシッ……
ぐるぐる、ぐるぐる。
妹は一心不乱に、ただただ私の布団の周りを周回しています。
うっすら見える顔は無表情そのもの、
ふだんの快活な妹の姿はどこにもありません。
「な……ナツ……?」
私は、長年暮らしてきた朗らかで人懐こい妹とはまるで違う彼女の様子に、
引きつった声ばかりが漏れました。
ギシッ、ギシ……
しかし彼女は、こちらの反応など聞こえていないかのように、
延々と同じ動きをくりかえしています。
「な、ナツっ!」
ガバッ、と私は身を起こし、妹の腕を掴みました。
「な、何やってんの!? あんた大丈夫!?」
しかしナツは、私の掴んだ腕などまるで邪魔、と言わんばかりに、
軟体動物を彷彿とさせる柔らかさで、グニャリ、と腕を外しました。
「え、っ……!?」
私が唖然として妹を見上げると、
まるきり人間とは思えぬような粘着質な動きで、
ナツはぐりん、と眼球を回転させてこちらを睨みました。
「ひっ……」
その、あまりに人間離れした動作。
昨日からの怪奇現象の数々、
そしてトドメといわんばかりのこの妹の奇行。
私はその瞬間、脳がキャパシティオーバーを起こし、
ゴトン、と頭を床にぶつけ、そのまま昏倒してしまったのでした。
「……ーい、おーい。お姉ちゃん?」
ほのかに差し込む、強い日差しの気配。
ぺしぺし、と額に当たる手のひらの感触で、私は目を覚ましました。
「え……な……ひっ」
目を開けたと同時に目に入った妹の何食わぬ顔に、
私はビクッと大げさなほどのけぞってしまいました。
「なによー、そのリアクション。
最終日だから早く起きること、って念押ししたの、お姉ちゃんじゃん」
「あ、あはは……ゴメンゴメン。なんか、寝ぼけててさ……」
プンスカと怒りをあらわにするその態度は、
いつもの妹そのものです。
昨夜のあの奇妙な行動。
人間とは思えぬ身体の伸縮。
その不気味な残滓は、いっさい見あたりませんでした。
あれは、すべて夢だった。
そう思えば、それで終わりです。
(そ……そうだよ。あんなコト、現実なわけない……)
精神が参って妙な幻覚を見た。
ただそれだけ。
妹はかわいい妹のままで、
あんな奇行など実家で同居していた時から一度だって
見たことはありません。
そう、何も。
旅行に行く前と変わらず。
変わってしまったのは、私の妹への見方だけ。
妹は本当に妹なのか?
知らない間に、妙なバケモノにとり憑かれてしまったのではないか?
一度抱いてしまった不信感はなかなか拭い去ることはできず、
彼女が社会人になったことを言い訳として、
ぐっと共に出かける回数は減ってしまいました。
――夢か、現実かもわからぬ現象に、
こうも振り回されて、私もバカだとは思います。
でも――あの日。
あの布団の周りを徘徊し、私が腕を掴む直前に見た妹の顔。
それを思い出すたびに――ナツが、妹が怖くてたまらなくなるのです。
隣でスースーと寝息を立てる妹とは裏腹に、
私は昨日から今日にかけて体験したさまざまな出来事が思考の中にチラついて、
疲れているのにちっとも眠ることができません。
目が冴えてしまった私は、布団の中で携帯をイジりつつ、
ぼんやりと時間を潰していました。
(うわ……もうこんな時間)
時刻は深夜零時を回り、
夜気がじっとりと重くのしかかってきます。
(そろそろ、ホントに寝ないと……)
明日は午前中にここを出る予定、
万が一運転に支障が出ては大変です。
携帯を放り、目を閉じてなんとか眠りにつこうと深呼吸をひとつ。
すーっ、はーっ。
……ギシッ
呼吸の、合間。
不穏な音が、混ざりました。
ギッ、ギシッ
(う……ウソ……)
昨夜の。
夢と思い込んでいた、あの足音。
それが再び、避けられぬ悪夢として再来してきました。
ギシッ、ギシッ……
畳の上を一歩、一歩。
一定の速度で歩き回る、なにか。
ギシッ、ギシッ……
目を強くつむり、気づかないフリで、
ひたすら耐えしのぐ他ありません。
(早く……早く、朝に!)
日が昇りさえすれば、ここともお別れ。
こんな恐ろしい思いだってしなくてすむ。
ギッ、ギシッ……
素足がギシギシと畳を踏みしめ、こすり、
延々と飽きることなく、私たちの布団の周りを回り続けています。
(な、ナツ……あの子、大丈夫かな……)
昨日はなにも気づいていないようでしたが、
もし起きていたなら、妹に危害が及ばぬとも限りません。
少なくとも、様子くらいは伺っておいたほうがいいかもしれない。
私は恐怖でこわばる瞼を、その歩き回るなにかにバレないよう薄く開きました。
(……え?)
思わず漏れそうになった声は、必死に喉奥で押し殺します。
その、足音の主。
一定の速度で、裸足でグルグルと畳の上を歩き回るなにか。
暗闇の中で動く、その人影は。
「……ナ、ツ?」
それは。
それは、間違いなく。
妹――ナツその人であったんです。
ギシッ、ギシッ……
ぐるぐる、ぐるぐる。
妹は一心不乱に、ただただ私の布団の周りを周回しています。
うっすら見える顔は無表情そのもの、
ふだんの快活な妹の姿はどこにもありません。
「な……ナツ……?」
私は、長年暮らしてきた朗らかで人懐こい妹とはまるで違う彼女の様子に、
引きつった声ばかりが漏れました。
ギシッ、ギシ……
しかし彼女は、こちらの反応など聞こえていないかのように、
延々と同じ動きをくりかえしています。
「な、ナツっ!」
ガバッ、と私は身を起こし、妹の腕を掴みました。
「な、何やってんの!? あんた大丈夫!?」
しかしナツは、私の掴んだ腕などまるで邪魔、と言わんばかりに、
軟体動物を彷彿とさせる柔らかさで、グニャリ、と腕を外しました。
「え、っ……!?」
私が唖然として妹を見上げると、
まるきり人間とは思えぬような粘着質な動きで、
ナツはぐりん、と眼球を回転させてこちらを睨みました。
「ひっ……」
その、あまりに人間離れした動作。
昨日からの怪奇現象の数々、
そしてトドメといわんばかりのこの妹の奇行。
私はその瞬間、脳がキャパシティオーバーを起こし、
ゴトン、と頭を床にぶつけ、そのまま昏倒してしまったのでした。
「……ーい、おーい。お姉ちゃん?」
ほのかに差し込む、強い日差しの気配。
ぺしぺし、と額に当たる手のひらの感触で、私は目を覚ましました。
「え……な……ひっ」
目を開けたと同時に目に入った妹の何食わぬ顔に、
私はビクッと大げさなほどのけぞってしまいました。
「なによー、そのリアクション。
最終日だから早く起きること、って念押ししたの、お姉ちゃんじゃん」
「あ、あはは……ゴメンゴメン。なんか、寝ぼけててさ……」
プンスカと怒りをあらわにするその態度は、
いつもの妹そのものです。
昨夜のあの奇妙な行動。
人間とは思えぬ身体の伸縮。
その不気味な残滓は、いっさい見あたりませんでした。
あれは、すべて夢だった。
そう思えば、それで終わりです。
(そ……そうだよ。あんなコト、現実なわけない……)
精神が参って妙な幻覚を見た。
ただそれだけ。
妹はかわいい妹のままで、
あんな奇行など実家で同居していた時から一度だって
見たことはありません。
そう、何も。
旅行に行く前と変わらず。
変わってしまったのは、私の妹への見方だけ。
妹は本当に妹なのか?
知らない間に、妙なバケモノにとり憑かれてしまったのではないか?
一度抱いてしまった不信感はなかなか拭い去ることはできず、
彼女が社会人になったことを言い訳として、
ぐっと共に出かける回数は減ってしまいました。
――夢か、現実かもわからぬ現象に、
こうも振り回されて、私もバカだとは思います。
でも――あの日。
あの布団の周りを徘徊し、私が腕を掴む直前に見た妹の顔。
それを思い出すたびに――ナツが、妹が怖くてたまらなくなるのです。
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