【電子書籍化】ホラー短編集・ある怖い話の記録~旧 2ch 洒落にならない怖い話風 現代ホラー~

榊シロ

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64.ダムに潜む黒い影②(怖さレベル:★★☆)

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「あ、そーだ。ダムの上に上りたいんだっけ?」

彼女が、テント付近の係員からダムカードとやらを受け取ってから、
こちらに向き直りました。

「う、うん……」

正直、さほど興味はなかったものの、
言い出した手前、せっかくならばと頷きました。

「あの一番奥にエレベーターがあってね。それで上に上がれるんだよ。
 今ならまだあんまり混んでないだろうから、待たずにいけるかもね」

友人は腕時計を見て頷きました。

「え、そんなトコまで待ったりするの?」
「ダム人気をなめちゃいけないよ。こういうイベントの時なんて、たいして
 興味ない人もたくさん来てるし。……正直、
 今日、車を駐車場に置けたってだけでだいぶマシなんだから」
「へぇ~……」

未知の世界の話に、私はただただ相槌をうつことしかできません。

「さてさて、じゃ、行こうか」

と、先導する彼女に引き続いてそちらに向かおうとした時。

(……ん?)

またです。
あの黒い人影。

それが複数品、あの激流の吹き出しの真上でウロついているのです。

「ねぇ、あれってなに?」

思わず友人を呼び止め、例の人影に指を向ければ、

「ああ、あれは上のダムの放水だよ。たしかあと一時間で四つ全部開く予定だけど」
「え、いや、そうじゃなくて……って、あれ?」

吹き出す水流の説明を始めた彼女に、改めてその上のものを尋ねようとするも、

(き……消えた?)

先ほどまで確かに存在したはずの、あの黒い影は跡形もなく消え去っていました。

「? なに、どしたの」
「う、ううん……ごめん、何でもない」

ごしごしと両目をこすっても、
目前の水門はドバドバと滝のごとく放水を続けているのみです。

人影など、どこにも見当たりません。

(……点検かなにか、だったのかな)

私は釈然としない気持ちを抱えたまま、
エレベーターに向かう友人に続きました。



「おーっ、広いねぇ!」

ダムの頂上。

橋としてもつかわれている広い鉄塔の一つに上り、
友人は大きな感嘆の声を上げました。

「う、わあ……」

下から見上げたダムも中々壮観でしたが、
上から見下ろす景色は、その水の色の深さも相まって、
そのまま吸い込まれるかのような錯覚を感じさせれます。

「あれだけ排出してるのに、まだこれだけの水があるんだ……」
「いやー、スゴいよねぇ。満杯ん時はここギリギリまで来るんだろうなぁ」

と、放水を続ける門の反対側。
ため池となっている広大な湖を二人そろって眺めます。

人工的に作られているその湖は、視界の遥か遠くまで広がっており、
まるで海と見まごうほどの大きさでした。

さざ波のない水面と、濃く透明感のないエメラルドグリーンは、
それまで私の抱いていたダムという武骨なイメージを覆すほどの荘厳さでした。

「なかなかのモンだよね。これで一斉放流が始まったらまたスゴいみたいだよ。
 お昼もまだだし、下に戻ってなんか食べよっか」

しばらく湖を眺めた後、友人は楽しそうに笑みを浮かべました。

「あ……こっちには屋台も出てないんだ」
「そーみたい。人も下ほどいないしね」

そう広瀬の言う通り、さきほどのエレベーターもあまり待たなかったし、
一斉放流がメインの今日は、あまりこちら側の観光客は少ないようでした。

「確かにおなかすいてきたね……」
「でしょ? ダムといえばダムカレー! 屋台も出てるみたいだし、ぜひ食べていかないとねっ」

まるで彼女自身が販売しているかのように上機嫌で話す友人に苦笑しつつ、
再び下りのエレベーターの中に乗り込もうとすれば、

視界の端。
落下防止策ギリギリに立つ女性の姿がふと目に入りました。

(一人、かな)

連れらしき人物は周りにおらず、あの山道を歩いてきたとはとても思えぬ、
爽やかな青いワンピースが鮮やかに風を受けていました。

(……あ、れ?)

その、風になびいたワンピースがふわりと揺らいだ一瞬。

その女性を取り巻くかのように、あのなんどか見た黒い人影が、
突如として彼女の周囲に出現したのです。

「えっ……!?」
「ちょ、危ないって!」

思わず身を乗り出そうとしたその時、
無情にもエレベーターのドアが閉まりました。

「もー、何してんの」
「ご、ごめん……」

心配の表情を浮かべる広瀬に謝りつつ、
私はぼうっと直前の光景を思い返しました。

(今の……)

一人、佇んでいた女性。

ぼんやりと水面に視線を投げる横顔が、
やけに憂いを帯びていました。

それに、あのまたたく間に現れた人影。
まるで煙のように、ほんの僅かの間に現れた――。

「ほら、早くお昼食べよー」
「う、うん……」

エレベーターから下り、シャキシャキと歩き出す友人に、
私はそれ以上深く考えても仕方ないと、気持ちを切り替えることにしました。

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