181 / 415
77.ラベンダーの香り②(怖さレベル:★★★)
しおりを挟む
「入ってもう二年はたつけど、一度も怪奇現象なんて起きたことねーよ。
デマばっかいいやがって……あの先輩」
絡み酒気質のある倉橋は、よっぽど腹に据えかねたらしく、
アパートの入口についても、まだグジグジと文句を吐き出しています。
「ほらほら。さっさとエレベーター乗ろうぜ」
夜風にさらされすっかり酔いの抜けた俺は、彼をなだめすかしつつ、
ズリズリと引きずるようにして乗り口の方まで引っ張っていきます。
そのまま、エレベーターのボタンを押そうとして、
チーン
まるでタイミングを見計らったかのごとく、
エレベーターの箱が下りてきました。
「お、ラッキー……あっ」
開いたドアから意気揚々と乗り込もうと身を乗り出し、
ハッ、と中の人影に気づいてたたらを踏みました。
痛み気味の茶髪を腰の下まで伸ばした、一人の女性。
秋口の今、寒いのではないかとお節介をかけたくなるほどの
ノースリーブと薄手のスカート。
長い前髪で、表情ははっきりとわかりません。
「す、すいません……」
慌てて道を開ければ、中の女性は小さく会釈し、
スススッと控えめに脇を通り過ぎていきました。
そして、すれ違う直前。
フッ、と何かの香りが漂います。
(香水……ラベンダー……?)
つい最近嗅いだようなそれに、立ち止まって首を傾げていると、
「ぅお~い……松山ぁ」
完全に酒が回って泥酔状態となった倉橋が、
べちゃりとエレベーターのドアにへばりついています。
「おいおい。ほら足。しっかり立てって」
「んん~……」
あー、だか、うー、だかの母音だけを呻きつつ、
すっかり正気を失った様子でブンブンと首を揺すっています。
割としっかり者の同僚なのですが、
今回のプロジェクトは日程も含めて相当にしんどいものだったので、
それから解放されたとあって、羽目を外しすぎてしまったようです。
「オイオイ。ちゃんと自分ちのカギは開けてくれよ?」
余りの泥酔加減に心配になりつつ、
エレベーターの上昇に揺られていると。
ポーン
チカッ、と二階のランプが点灯しました。
(誰か乗ってくるのか)
倉橋の部屋は四階。
今はすでに日付の変わった深夜。
こんな時間の同乗者じゃあちょっと怖いなぁ、
なんて先ほどの彼の幽霊アパート発言を思い返していると、
チーン
「……う、え?」
噛み殺しきれない悲鳴が零れ落ちました。
ペコリ、と小さく会釈をして入ってきたのは、
ついさっき一階で降りていったのと全く同じ人物だったのです。
秋口の今、寒いのではないかとお節介をかけたくなるほどの
ノースリーブと薄手のスカート。
そしてやはり、表情を隠すかのように垂らされた、長い前髪――。
オレは会釈だけ返してグッと唇をかみしめると、
デロデロの同僚をエレベーターの端に押し付け、
女性から距離をとりました。
もしかしたら。
何か忘れ物をした、とか、急遽用を思い出しただとかで、
戻ってきただけかもしれません。
思いっきり足もあるし、影だってついているし、
いくら、あの離れた後からここに来るまでの速度が異様に速いとはいえ、
これくらいのことで幽霊と決めつけるのは早いと、
オレは警戒しつつも女性の動向を見守っていました。
チーン
しかし、すぐにあの到着音が鳴ったかと思うと、
電光掲示板に表示された三階で、
女性はそそくさと下りて行ってしまいました。
彼女の姿が消えたと同時に『閉』ボタンを連打したオレは、
深々と安堵のため息をつきました。
いくらなんでも考えすぎ、そう自分を叱りつけます。
真夜中といえど、ここに住んでいるのならば同僚の顔見知りかもしれないし、
ちょっと不躾な態度だっただろうか、と今更ながら後悔して緊張した肩をほぐしていると、
チーン
またたく間に、同僚の部屋のある四階へ到着しました。
放っておけば地面と抱き合いそうな倉橋を引きずりつつ、
彼の部屋である405号室に向かいます。
エレベーターのほぼ正面の彼の部屋。
もはや意味のある言葉を発しなくなった彼の懐からカギを失敬し、
さっさと部屋に転がり込もうと戸に向き直った、その時です。
ジーッ……
視界の端。視野180度の左端。
写り込む、何者かの影。
「…………ッ」
ゴクリ、と喉が鳴りました。
灰色のほの暗いアパートの廊下。
虫のたかった蛍光灯が、
ぼんやりと壁にしみ込んだ汚れを露わにしています。
正面には同僚の部屋。
そして左には401~403号室があり、
その先にはらせん状の階段が繋がっています。
>>
デマばっかいいやがって……あの先輩」
絡み酒気質のある倉橋は、よっぽど腹に据えかねたらしく、
アパートの入口についても、まだグジグジと文句を吐き出しています。
「ほらほら。さっさとエレベーター乗ろうぜ」
夜風にさらされすっかり酔いの抜けた俺は、彼をなだめすかしつつ、
ズリズリと引きずるようにして乗り口の方まで引っ張っていきます。
そのまま、エレベーターのボタンを押そうとして、
チーン
まるでタイミングを見計らったかのごとく、
エレベーターの箱が下りてきました。
「お、ラッキー……あっ」
開いたドアから意気揚々と乗り込もうと身を乗り出し、
ハッ、と中の人影に気づいてたたらを踏みました。
痛み気味の茶髪を腰の下まで伸ばした、一人の女性。
秋口の今、寒いのではないかとお節介をかけたくなるほどの
ノースリーブと薄手のスカート。
長い前髪で、表情ははっきりとわかりません。
「す、すいません……」
慌てて道を開ければ、中の女性は小さく会釈し、
スススッと控えめに脇を通り過ぎていきました。
そして、すれ違う直前。
フッ、と何かの香りが漂います。
(香水……ラベンダー……?)
つい最近嗅いだようなそれに、立ち止まって首を傾げていると、
「ぅお~い……松山ぁ」
完全に酒が回って泥酔状態となった倉橋が、
べちゃりとエレベーターのドアにへばりついています。
「おいおい。ほら足。しっかり立てって」
「んん~……」
あー、だか、うー、だかの母音だけを呻きつつ、
すっかり正気を失った様子でブンブンと首を揺すっています。
割としっかり者の同僚なのですが、
今回のプロジェクトは日程も含めて相当にしんどいものだったので、
それから解放されたとあって、羽目を外しすぎてしまったようです。
「オイオイ。ちゃんと自分ちのカギは開けてくれよ?」
余りの泥酔加減に心配になりつつ、
エレベーターの上昇に揺られていると。
ポーン
チカッ、と二階のランプが点灯しました。
(誰か乗ってくるのか)
倉橋の部屋は四階。
今はすでに日付の変わった深夜。
こんな時間の同乗者じゃあちょっと怖いなぁ、
なんて先ほどの彼の幽霊アパート発言を思い返していると、
チーン
「……う、え?」
噛み殺しきれない悲鳴が零れ落ちました。
ペコリ、と小さく会釈をして入ってきたのは、
ついさっき一階で降りていったのと全く同じ人物だったのです。
秋口の今、寒いのではないかとお節介をかけたくなるほどの
ノースリーブと薄手のスカート。
そしてやはり、表情を隠すかのように垂らされた、長い前髪――。
オレは会釈だけ返してグッと唇をかみしめると、
デロデロの同僚をエレベーターの端に押し付け、
女性から距離をとりました。
もしかしたら。
何か忘れ物をした、とか、急遽用を思い出しただとかで、
戻ってきただけかもしれません。
思いっきり足もあるし、影だってついているし、
いくら、あの離れた後からここに来るまでの速度が異様に速いとはいえ、
これくらいのことで幽霊と決めつけるのは早いと、
オレは警戒しつつも女性の動向を見守っていました。
チーン
しかし、すぐにあの到着音が鳴ったかと思うと、
電光掲示板に表示された三階で、
女性はそそくさと下りて行ってしまいました。
彼女の姿が消えたと同時に『閉』ボタンを連打したオレは、
深々と安堵のため息をつきました。
いくらなんでも考えすぎ、そう自分を叱りつけます。
真夜中といえど、ここに住んでいるのならば同僚の顔見知りかもしれないし、
ちょっと不躾な態度だっただろうか、と今更ながら後悔して緊張した肩をほぐしていると、
チーン
またたく間に、同僚の部屋のある四階へ到着しました。
放っておけば地面と抱き合いそうな倉橋を引きずりつつ、
彼の部屋である405号室に向かいます。
エレベーターのほぼ正面の彼の部屋。
もはや意味のある言葉を発しなくなった彼の懐からカギを失敬し、
さっさと部屋に転がり込もうと戸に向き直った、その時です。
ジーッ……
視界の端。視野180度の左端。
写り込む、何者かの影。
「…………ッ」
ゴクリ、と喉が鳴りました。
灰色のほの暗いアパートの廊下。
虫のたかった蛍光灯が、
ぼんやりと壁にしみ込んだ汚れを露わにしています。
正面には同僚の部屋。
そして左には401~403号室があり、
その先にはらせん状の階段が繋がっています。
>>
0
あなたにおすすめの小説
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ママが呼んでいる
杏樹まじゅ
ホラー
鐘が鳴る。夜が来る。──ママが彼らを呼んでいる。
京都の大学に通う九条マコト(くじょうまこと)と恋人の新田ヒナ(あらたひな)は或る日、所属するオカルトサークルの仲間と、島根にあるという小さな寒村、真理弥村(まりやむら)に向かう。隠れキリシタンの末裔が暮らすというその村には百年前まで、教会に人身御供を捧げていたという伝承があるのだった。その時、教会の鐘が大きな音を立てて鳴り響く。そして二人は目撃する。彼らを待ち受ける、村の「夜」の姿を──。
それなりに怖い話。
只野誠
ホラー
これは創作です。
実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。
本当に、実際に起きた話ではございません。
なので、安心して読むことができます。
オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。
不定期に章を追加していきます。
2026/1/2:『そうしき』の章を追加。2026/1/9の朝4時頃より公開開始予定。
2026/1/1:『いえい』の章を追加。2026/1/8の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/31:『たこあげ』の章を追加。2026/1/7の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/30:『ねんがじょう』の章を追加。2026/1/6の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/29:『ふるいゆうじん』の章を追加。2026/1/5の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/28:『ふゆやすみ』の章を追加。2026/1/4の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/27:『ことしのえと』の章を追加。2026/1/3の朝8時頃より公開開始予定。
※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。
百の話を語り終えたなら
コテット
ホラー
「百の怪談を語り終えると、なにが起こるか——ご存じですか?」
これは、ある町に住む“記録係”が集め続けた百の怪談をめぐる物語。
誰もが語りたがらない話。語った者が姿を消した話。語られていないはずの話。
日常の隙間に、確かに存在した恐怖が静かに記録されていく。
そして百話目の夜、最後の“語り手”の正体が暴かれるとき——
あなたは、もう後戻りできない。
■1話完結の百物語形式
■じわじわ滲む怪異と、ラストで背筋が凍るオチ
■後半から“語られていない怪談”が増えはじめる違和感
最後の一話を読んだとき、
霊和怪異譚 野花と野薔薇
野花マリオ
ホラー
その“語り”が始まったとき、世界に異変が芽吹く。
静かな町、ふとした日常、どこにでもあるはずの風景に咲きはじめる、奇妙な花々――。
『霊和怪異譚 野花と野薔薇』は、不思議な力を持つ語り部・八木楓と鐘技友紀以下彼女達が語る怪異を描く、短編連作形式の怪異譚シリーズ。
一話ごとに異なる舞台、異なる登場人物、異なる恐怖。それでも、語りが始まるたび、必ず“何か”が咲く――。
語られる怪談はただの物語ではない。
それを「聞いた者」に忍び寄る異変、染みわたる不安。
やがて読者自身の身にも、“あの花”が咲くかもしれない。
日常にひっそりと紛れ込む、静かで妖しいホラー。
あなたも一席、語りを聞いてみませんか?
完結いたしました。
タイトル変更しました。
旧 彼女の怪異談は不思議な野花を咲かせる
※この物語はフィクションです。実在する人物、企業、団体、名称などは一切関係ありません。
エブリスタにも公開してますがアルファポリス の方がボリュームあります。
表紙イラストは生成AI
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる