180 / 415
77.ラベンダーの香り①(怖さレベル:★★★)
しおりを挟む
(怖さレベル:★★★:旧2ch 洒落怖くらいの話)
『30代男性 松山さん(仮)』
そうそう、アレは会社の飲み会から始まったんです。
……今でもよく覚えていますよ。なんとも忘れがたい出来事でしたから。
オレが勤めている会社は、まぁブラックって程じゃありませんが、
なかなかに厳しい会社でして。
ベンチャー企業でしたから、とにかく数字を上げることが第一命題。
次々と不要物は切り捨て、ガンガンに営業、開発、引き抜き。
社長は異常とも思えるほどのハングリー精神の持ち主で、
社員であるオレたちも、そのカリスマ溢れる社内方針に従い、
がむしゃらに働きまくっていました。
そんな会社の慰労会の日。
一大プロジェクトが無事成功した安堵感から、
オレはあまり飲めない酒を調子にのって二杯、三杯と開けてしまっていました。
「……う、っ」
ただでさえ弱いアルコール。
その上、睡眠不足と疲労とで抵抗力の落ちている身体はあっけなく白旗を上げ、
オレはどんちゃん騒ぎの現場から、居酒屋のトイレへと駆け込みました。
「……は~……しんど」
臭い消しの為でしょう、
そこはむせ返るようなラベンダーの芳香剤で満ちていました。
その香りにつられるようにしてひととおり胃の中身を空にして、
洗面台で顔を洗って一息ついていると。
コンコン
ドアがノックされる、物音。
ここのトイレはカギ付きの扉を開けると洗面台。
そして小便器は無く、様式のトイレが一つ、という構造になっています。
男女兼用の上、数が一つしかないので、
ノロノロしていると後ろの人の邪魔になってしまうと、
急いで髪を整え、勢いよくドアを開けました。
「すいませーん、開きまし……あれ?」
謝罪の言葉とともに押し開けた扉の向こうは、
ガラン、と人っ子一人おらず、静まり返っています。
「あれぇ……?」
キョロキョロと入念に周囲を見回してもどこにも人影はなく、
遠くから、飲み会の喧騒が残響のように響いてきています。
(……イタズラ、かぁ?)
居酒屋という場所柄、いるのは酔っ払いばかり。
ピンポンダッシュのごとく、
ノックだけして逃げていったということも、充分考えられます。
「はー……まったく」
急いで損した、とペシペシ自分の額を叩きつつ、
皆のいる宴会場へ戻ろうと、一歩足を踏み出したその刹那。
ガチャン
背後から、重い金属の音。
「えっ?」
今のは――カギのかかった、音?
オレはジャンプのように一歩前にとび出し、
サッと後ろを確認しました。
その背後、トイレの扉には――使用中を示す、赤いマーク。
「……は?」
たった今、出たばかりのトイレが使用中になっている。
それがアルコールに浸された脳にたどり着いた瞬間――
血の気とともに酔いが消え去りました。
「え……は……?」
物理的にありえません。
周囲に誰もいないことは、ついさっき確認したばかり。
あらかじめ中に人がいた、としか考えられない芸当です。
しかし、この一つだけしかない狭い便所内に、
他に人が潜んでいられる場所なんて、とても――。
「……ッ!?」
あまりにも不可解な現象に、頭が深く考えることを
拒否し、足はふらふらとその場から離れたがっています。
目前のトイレはといえば、カギの閉まった後は、
なんの音を鳴らすことなく、ただただ沈黙を貫いています。
「も……戻ら、ないと」
オレは自分に言い聞かせるようにつぶやき、
ぞわぞわと粟立つ肌を押さえつつ、
そのまま一目散に飲み会の席へと戻りました。
「ばぁか、考えすぎだっての」
その宴会の帰り道。
仲の良い同僚の倉橋とともに、帰宅の途についていました。
すでに終電は終わっていて、こういう場合、
家の近い彼のうちへ泊まり込む、というのが毎度お決まりとなっていたのです。
「考えすぎ……考えすぎ、かなぁ」
「そーだよ。お前が酔ってて、なんかかん違いしただけに決まってんだろ?
そうそう幽霊が現れてたまるか、っての」
倉橋はアルコールでテンションがおかしくなっているらしく、
片腕をぐわんぐわんと振りまわし、荒い足音を立てています。
「オイオイ、ずいぶん幽霊を嫌ってるな」
「だってさぁ。さっきの飲み会で、
先輩が『お前んちのアパート、出るって有名なんだぜ』
なんてイヤミったらしく言ってきやがったんだぜ?」
「え、あそこが……?」
彼のアパートは、繁華街から少し入った位置に建っており、
築二十五年というそれなりに古いアパートです。
確かに日当たりは少々悪いですが、周囲には他にも住宅が立ち並んでいて、
今まで何度か泊まらせてもらっていますが、
特にそれらしい体験などありませんでした。
>>
『30代男性 松山さん(仮)』
そうそう、アレは会社の飲み会から始まったんです。
……今でもよく覚えていますよ。なんとも忘れがたい出来事でしたから。
オレが勤めている会社は、まぁブラックって程じゃありませんが、
なかなかに厳しい会社でして。
ベンチャー企業でしたから、とにかく数字を上げることが第一命題。
次々と不要物は切り捨て、ガンガンに営業、開発、引き抜き。
社長は異常とも思えるほどのハングリー精神の持ち主で、
社員であるオレたちも、そのカリスマ溢れる社内方針に従い、
がむしゃらに働きまくっていました。
そんな会社の慰労会の日。
一大プロジェクトが無事成功した安堵感から、
オレはあまり飲めない酒を調子にのって二杯、三杯と開けてしまっていました。
「……う、っ」
ただでさえ弱いアルコール。
その上、睡眠不足と疲労とで抵抗力の落ちている身体はあっけなく白旗を上げ、
オレはどんちゃん騒ぎの現場から、居酒屋のトイレへと駆け込みました。
「……は~……しんど」
臭い消しの為でしょう、
そこはむせ返るようなラベンダーの芳香剤で満ちていました。
その香りにつられるようにしてひととおり胃の中身を空にして、
洗面台で顔を洗って一息ついていると。
コンコン
ドアがノックされる、物音。
ここのトイレはカギ付きの扉を開けると洗面台。
そして小便器は無く、様式のトイレが一つ、という構造になっています。
男女兼用の上、数が一つしかないので、
ノロノロしていると後ろの人の邪魔になってしまうと、
急いで髪を整え、勢いよくドアを開けました。
「すいませーん、開きまし……あれ?」
謝罪の言葉とともに押し開けた扉の向こうは、
ガラン、と人っ子一人おらず、静まり返っています。
「あれぇ……?」
キョロキョロと入念に周囲を見回してもどこにも人影はなく、
遠くから、飲み会の喧騒が残響のように響いてきています。
(……イタズラ、かぁ?)
居酒屋という場所柄、いるのは酔っ払いばかり。
ピンポンダッシュのごとく、
ノックだけして逃げていったということも、充分考えられます。
「はー……まったく」
急いで損した、とペシペシ自分の額を叩きつつ、
皆のいる宴会場へ戻ろうと、一歩足を踏み出したその刹那。
ガチャン
背後から、重い金属の音。
「えっ?」
今のは――カギのかかった、音?
オレはジャンプのように一歩前にとび出し、
サッと後ろを確認しました。
その背後、トイレの扉には――使用中を示す、赤いマーク。
「……は?」
たった今、出たばかりのトイレが使用中になっている。
それがアルコールに浸された脳にたどり着いた瞬間――
血の気とともに酔いが消え去りました。
「え……は……?」
物理的にありえません。
周囲に誰もいないことは、ついさっき確認したばかり。
あらかじめ中に人がいた、としか考えられない芸当です。
しかし、この一つだけしかない狭い便所内に、
他に人が潜んでいられる場所なんて、とても――。
「……ッ!?」
あまりにも不可解な現象に、頭が深く考えることを
拒否し、足はふらふらとその場から離れたがっています。
目前のトイレはといえば、カギの閉まった後は、
なんの音を鳴らすことなく、ただただ沈黙を貫いています。
「も……戻ら、ないと」
オレは自分に言い聞かせるようにつぶやき、
ぞわぞわと粟立つ肌を押さえつつ、
そのまま一目散に飲み会の席へと戻りました。
「ばぁか、考えすぎだっての」
その宴会の帰り道。
仲の良い同僚の倉橋とともに、帰宅の途についていました。
すでに終電は終わっていて、こういう場合、
家の近い彼のうちへ泊まり込む、というのが毎度お決まりとなっていたのです。
「考えすぎ……考えすぎ、かなぁ」
「そーだよ。お前が酔ってて、なんかかん違いしただけに決まってんだろ?
そうそう幽霊が現れてたまるか、っての」
倉橋はアルコールでテンションがおかしくなっているらしく、
片腕をぐわんぐわんと振りまわし、荒い足音を立てています。
「オイオイ、ずいぶん幽霊を嫌ってるな」
「だってさぁ。さっきの飲み会で、
先輩が『お前んちのアパート、出るって有名なんだぜ』
なんてイヤミったらしく言ってきやがったんだぜ?」
「え、あそこが……?」
彼のアパートは、繁華街から少し入った位置に建っており、
築二十五年というそれなりに古いアパートです。
確かに日当たりは少々悪いですが、周囲には他にも住宅が立ち並んでいて、
今まで何度か泊まらせてもらっていますが、
特にそれらしい体験などありませんでした。
>>
0
あなたにおすすめの小説
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
それなりに怖い話。
只野誠
ホラー
これは創作です。
実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。
本当に、実際に起きた話ではございません。
なので、安心して読むことができます。
オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。
不定期に章を追加していきます。
2026/1/2:『そうしき』の章を追加。2026/1/9の朝4時頃より公開開始予定。
2026/1/1:『いえい』の章を追加。2026/1/8の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/31:『たこあげ』の章を追加。2026/1/7の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/30:『ねんがじょう』の章を追加。2026/1/6の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/29:『ふるいゆうじん』の章を追加。2026/1/5の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/28:『ふゆやすみ』の章を追加。2026/1/4の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/27:『ことしのえと』の章を追加。2026/1/3の朝8時頃より公開開始予定。
※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。
百の話を語り終えたなら
コテット
ホラー
「百の怪談を語り終えると、なにが起こるか——ご存じですか?」
これは、ある町に住む“記録係”が集め続けた百の怪談をめぐる物語。
誰もが語りたがらない話。語った者が姿を消した話。語られていないはずの話。
日常の隙間に、確かに存在した恐怖が静かに記録されていく。
そして百話目の夜、最後の“語り手”の正体が暴かれるとき——
あなたは、もう後戻りできない。
■1話完結の百物語形式
■じわじわ滲む怪異と、ラストで背筋が凍るオチ
■後半から“語られていない怪談”が増えはじめる違和感
最後の一話を読んだとき、
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
百物語 厄災
嵐山ノキ
ホラー
怪談の百物語です。一話一話は長くありませんのでお好きなときにお読みください。渾身の仕掛けも盛り込んでおり、最後まで読むと驚くべき何かが提示されます。
小説家になろう、エブリスタにも投稿しています。
(ほぼ)1分で読める怖い話
涼宮さん
ホラー
ほぼ1分で読める怖い話!
【ホラー・ミステリーでTOP10入りありがとうございます!】
1分で読めないのもあるけどね
主人公はそれぞれ別という設定です
フィクションの話やノンフィクションの話も…。
サクサク読めて楽しい!(矛盾してる)
⚠︎この物語で出てくる場所は実在する場所とは全く関係御座いません
⚠︎他の人の作品と酷似している場合はお知らせください
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる