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77.ラベンダーの香り①(怖さレベル:★★★)

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(怖さレベル:★★★:旧2ch 洒落怖くらいの話)
『30代男性 松山さん(仮)』

そうそう、アレは会社の飲み会から始まったんです。
……今でもよく覚えていますよ。なんとも忘れがたい出来事でしたから。

オレが勤めている会社は、まぁブラックって程じゃありませんが、
なかなかに厳しい会社でして。

ベンチャー企業でしたから、とにかく数字を上げることが第一命題。
次々と不要物は切り捨て、ガンガンに営業、開発、引き抜き。

社長は異常とも思えるほどのハングリー精神の持ち主で、
社員であるオレたちも、そのカリスマ溢れる社内方針に従い、
がむしゃらに働きまくっていました。

そんな会社の慰労会の日。

一大プロジェクトが無事成功した安堵感から、
オレはあまり飲めない酒を調子にのって二杯、三杯と開けてしまっていました。

「……う、っ」

ただでさえ弱いアルコール。

その上、睡眠不足と疲労とで抵抗力の落ちている身体はあっけなく白旗を上げ、
オレはどんちゃん騒ぎの現場から、居酒屋のトイレへと駆け込みました。

「……は~……しんど」

臭い消しの為でしょう、
そこはむせ返るようなラベンダーの芳香剤で満ちていました。

その香りにつられるようにしてひととおり胃の中身を空にして、
洗面台で顔を洗って一息ついていると。

コンコン

ドアがノックされる、物音。

ここのトイレはカギ付きの扉を開けると洗面台。
そして小便器は無く、様式のトイレが一つ、という構造になっています。

男女兼用の上、数が一つしかないので、
ノロノロしていると後ろの人の邪魔になってしまうと、
急いで髪を整え、勢いよくドアを開けました。

「すいませーん、開きまし……あれ?」

謝罪の言葉とともに押し開けた扉の向こうは、
ガラン、と人っ子一人おらず、静まり返っています。

「あれぇ……?」

キョロキョロと入念に周囲を見回してもどこにも人影はなく、
遠くから、飲み会の喧騒が残響のように響いてきています。

(……イタズラ、かぁ?)

居酒屋という場所柄、いるのは酔っ払いばかり。

ピンポンダッシュのごとく、
ノックだけして逃げていったということも、充分考えられます。

「はー……まったく」

急いで損した、とペシペシ自分の額を叩きつつ、
皆のいる宴会場へ戻ろうと、一歩足を踏み出したその刹那。

ガチャン

背後から、重い金属の音。

「えっ?」

今のは――カギのかかった、音?

オレはジャンプのように一歩前にとび出し、
サッと後ろを確認しました。

その背後、トイレの扉には――使用中を示す、赤いマーク。

「……は?」

たった今、出たばかりのトイレが使用中になっている。

それがアルコールに浸された脳にたどり着いた瞬間――
血の気とともに酔いが消え去りました。

「え……は……?」

物理的にありえません。
周囲に誰もいないことは、ついさっき確認したばかり。

あらかじめ中に人がいた、としか考えられない芸当です。

しかし、この一つだけしかない狭い便所内に、
他に人が潜んでいられる場所なんて、とても――。

「……ッ!?」

あまりにも不可解な現象に、頭が深く考えることを
拒否し、足はふらふらとその場から離れたがっています。

目前のトイレはといえば、カギの閉まった後は、
なんの音を鳴らすことなく、ただただ沈黙を貫いています。

「も……戻ら、ないと」

オレは自分に言い聞かせるようにつぶやき、
ぞわぞわと粟立つ肌を押さえつつ、
そのまま一目散に飲み会の席へと戻りました。



「ばぁか、考えすぎだっての」

その宴会の帰り道。

仲の良い同僚の倉橋とともに、帰宅の途についていました。

すでに終電は終わっていて、こういう場合、
家の近い彼のうちへ泊まり込む、というのが毎度お決まりとなっていたのです。

「考えすぎ……考えすぎ、かなぁ」
「そーだよ。お前が酔ってて、なんかかん違いしただけに決まってんだろ?
 そうそう幽霊が現れてたまるか、っての」

倉橋はアルコールでテンションがおかしくなっているらしく、
片腕をぐわんぐわんと振りまわし、荒い足音を立てています。

「オイオイ、ずいぶん幽霊を嫌ってるな」
「だってさぁ。さっきの飲み会で、
 先輩が『お前んちのアパート、出るって有名なんだぜ』
 なんてイヤミったらしく言ってきやがったんだぜ?」
「え、あそこが……?」

彼のアパートは、繁華街から少し入った位置に建っており、
築二十五年というそれなりに古いアパートです。

確かに日当たりは少々悪いですが、周囲には他にも住宅が立ち並んでいて、
今まで何度か泊まらせてもらっていますが、
特にそれらしい体験などありませんでした。

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