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76.古びた蔵の秘密③(怖さレベル:★★☆)
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「行くぞ」
「えっ……だ、大丈夫なんですか」
「アレは声真似はしない」
部長は答えになっていない言葉を返したかと思えば、
一目散へ蔵の方へと走っていきます。
「わ、ち、ちょっと……!」
私もいおとなしくお座りをしていた黒柴を引っ張りつつ、
彼らのいる方へと駆けだしました。
「……えっ、ええ……?」
蔵の、真正面。
その入口にたどり着いたときには、社長と部長の他に、
もう一人、人の姿がありました。
「し、社長……そ、その人、って?」
彼らが蔵から引きずり出してきたのは、一人の女性。
見覚えは無いものの、間違いなく実体も
あれば影もあり、幽霊ではありえません。
しかし、その女性はまるで獰猛な狼のように地を這う唸り声をあげ、
今にも噛みつかんばかりに歯をギリギリと噛みしめています。
「川端くん! 事務の子呼んできて!」
「えっ!? は、はい!」
部長に指示されるがまま、事務所へ駆け込んで
ベテランの事務の女性を連れ出してくると、
「えっ……の、ノリちゃん!?」
彼女は明らかな動揺で声を震わせて、両手で口元を覆いました。
「そう。悪いけど、すぐ彼女のご両親に連絡を取って引き取りに来てもらって」
「は、はい……わかりました」
部長たちは彼女の正体を知っていたらしく、
二人は互いに言葉を交わしたのち、
「川端くん。詳しい話は社長がしてくださるそうだから。
……じゃ、社長、私は彼女を応接室へ連れていきます」
「ああ、頼んだよ」
部長は暴れる女性をそのまま抑えつつ、
事務所の応接間へと連行して行きました。
残されたのは私と社長、そしてハッハッと荒い息を吐く黒柴のクロのみ。
今は前線にほとんど出ないとはいえ、
この会社のトップの存在との相対に、私はピンと背筋を正しました。
「川端くん。悪いね、妙なコトに巻き込んでしまって。説明するからついておいで」
「は……はい」
そのまま、社長の自宅である例のお屋敷の中へ案内された私が耳にしたのは、
およそテクノロジーの発達した現代では考えられぬような、突飛なものでした。
曰く。
あの蔵は今の社長の曽祖父の時代から存在しているらしく、
血族である彼らには富や幸福をもたらすものが封印されているのだと。
祖父や曽祖父も、それぞれの代で好きな事業や仕事を
立ち上げていたようですが、それをただ継ぐのではと
反発した今の社長は、自分の力で今の会社をつくり上げたのだとか。
「でも……まぁ、結局、あの蔵のなかのモンが
いらんおせっかいを焼いていたのかもしれないなぁ」
と、社長は寂しそうに付け加えていました。
ただ、血族ではない赤の他人がそれを目にしてしまうと、
魅入られてしまい、なぜか気が狂ってしまうのだというのです。
ソレは普段、カギをかけられた蔵から出てくることはありません。
しかし、ああいう立派な建造物なので、盗みを働こうとか、
興味本位で近づく人がいると、ごく稀に中へ招き入れられてしまうことがあるのだと。
「ま、招き入れる、ってどういう……?」
「今日、オレが入ろうとした時、確かにカギはかかっていた。……でも、
中には彼女が居ただろう? どうやってかはわからないが……招かれた人には、
ひとりでに扉が開いてしまうようなんだ」
いくら札を貼っても、盛り塩で封じても
どうにもならない、と社長は小さく苦笑しました。
まさかそんな不可解なことが、と思わないでもありませんでしたが、
あの女性の出現を思い返せば、とても荒唐無稽と切り捨てることなど出来ません。
「川端くん、影を見た、って言ってたね。……どんなだった?」
「え、ど、どんな……?」
そう問いかけられ、当時のことを回想します。
ほんの一瞬。
窓辺に揺らめいた、枯れ尾花のようななにか。
決してはっきりと目にしたわけでもなく、
ただ、人型であったような気がするという、ただそれだけ。
「いえ……その。姿かたちまでは……」
「……ふむ、そうか」
社長はなんども深く頷いた後、ふ、と息を吐きだしました。
「なら、君は大丈夫だ」
「え……ど、どういう、ことですか」
「アレは……アレを見た人は、必ず言うひと言があるんだ。
君はそれを言わなかった。……だから、安心してくれ」
「は、はあ……」
なにをどう安心すればよいかもわからず、
曖昧な返事を返した私に、彼は更に一言追加しました。
「……君、退職するかい? こんな妙なモンのいる会社なんてイヤだろう」
「えっ……い、いや、その」
心理を言い当てられて、私は思わずたじろぎました。
「辞めるのは致し方ない。皆には私から伝えておくよ。……ただ、
一つだけ守ってほしいことがあるんだ。これから一年、
うちの血族とのつながりを持つこと。そうすれば、もう大丈夫だ」
「え……つ、つながり、ですか」
「ああ、重く考えんで良い。二か月に一回くらい、
うちに挨拶に来てくれればいいんだ。面倒だろうけどね」
社長は自ら淹れた緑茶をすすりつつ、穏やかな表情で続けました。
「ちなみに、そうしないとどうなると思う?」
「えっ……ど、どうなるんですか」
私が思わずオウム返しに尋ねると、
彼は好々爺然としたそのにこやかな表情のまま、
ニヤリとその白い歯を見せて、
「まぁ、今日蔵に入ってたノリちゃん……うちのかつての経理の子みたくなる。……かもねぇ」
と、空恐ろしいことを呟いたのでした。
それから私は一晩考えたものの、目にした謎の影や
狂ってしまった女性の姿に、やはり耐え切れず退職を申し込んだのです。
どうやら社長からも話が伝わっていたようで、
思った以上にすんなりと話は進みました。
そして退職間際には、営業部長からも
「ある程度社長んちに顔出せよ。一年間で良いからさ」
と念押しされるほどでした。
私はどうしても気になって、その時に思い切って尋ねてみたんです。
「あの中にはなにがあるんですか?」
って。
すると、部長は諦めにも似た疲れ切った笑みを浮かべた後、
「それを知ったら、この会社を辞められなくなるぞ」
と、ポツリとため息をつきました。
……私には、それ以上、深く聞くことはできませんでした。
おそらく、あの蔵に眠っているなにかは、
きっとあの会社の社員の何人もを、あそこに縛り付けているのでしょう。
私は言いつけ通り、二か月に一度ほど、社長のお宅へ伺っています。
そしてその度、あの蔵から、勤めていた時には感じもしなかった、
不思議な視線を向けられているのを感じるのです。
一年という年月が過ぎ去るまで、あと半年ほど――
このまま、何事もなくあの蔵、そしてあの会社と縁が切れればいい。
そう、願っています。
「えっ……だ、大丈夫なんですか」
「アレは声真似はしない」
部長は答えになっていない言葉を返したかと思えば、
一目散へ蔵の方へと走っていきます。
「わ、ち、ちょっと……!」
私もいおとなしくお座りをしていた黒柴を引っ張りつつ、
彼らのいる方へと駆けだしました。
「……えっ、ええ……?」
蔵の、真正面。
その入口にたどり着いたときには、社長と部長の他に、
もう一人、人の姿がありました。
「し、社長……そ、その人、って?」
彼らが蔵から引きずり出してきたのは、一人の女性。
見覚えは無いものの、間違いなく実体も
あれば影もあり、幽霊ではありえません。
しかし、その女性はまるで獰猛な狼のように地を這う唸り声をあげ、
今にも噛みつかんばかりに歯をギリギリと噛みしめています。
「川端くん! 事務の子呼んできて!」
「えっ!? は、はい!」
部長に指示されるがまま、事務所へ駆け込んで
ベテランの事務の女性を連れ出してくると、
「えっ……の、ノリちゃん!?」
彼女は明らかな動揺で声を震わせて、両手で口元を覆いました。
「そう。悪いけど、すぐ彼女のご両親に連絡を取って引き取りに来てもらって」
「は、はい……わかりました」
部長たちは彼女の正体を知っていたらしく、
二人は互いに言葉を交わしたのち、
「川端くん。詳しい話は社長がしてくださるそうだから。
……じゃ、社長、私は彼女を応接室へ連れていきます」
「ああ、頼んだよ」
部長は暴れる女性をそのまま抑えつつ、
事務所の応接間へと連行して行きました。
残されたのは私と社長、そしてハッハッと荒い息を吐く黒柴のクロのみ。
今は前線にほとんど出ないとはいえ、
この会社のトップの存在との相対に、私はピンと背筋を正しました。
「川端くん。悪いね、妙なコトに巻き込んでしまって。説明するからついておいで」
「は……はい」
そのまま、社長の自宅である例のお屋敷の中へ案内された私が耳にしたのは、
およそテクノロジーの発達した現代では考えられぬような、突飛なものでした。
曰く。
あの蔵は今の社長の曽祖父の時代から存在しているらしく、
血族である彼らには富や幸福をもたらすものが封印されているのだと。
祖父や曽祖父も、それぞれの代で好きな事業や仕事を
立ち上げていたようですが、それをただ継ぐのではと
反発した今の社長は、自分の力で今の会社をつくり上げたのだとか。
「でも……まぁ、結局、あの蔵のなかのモンが
いらんおせっかいを焼いていたのかもしれないなぁ」
と、社長は寂しそうに付け加えていました。
ただ、血族ではない赤の他人がそれを目にしてしまうと、
魅入られてしまい、なぜか気が狂ってしまうのだというのです。
ソレは普段、カギをかけられた蔵から出てくることはありません。
しかし、ああいう立派な建造物なので、盗みを働こうとか、
興味本位で近づく人がいると、ごく稀に中へ招き入れられてしまうことがあるのだと。
「ま、招き入れる、ってどういう……?」
「今日、オレが入ろうとした時、確かにカギはかかっていた。……でも、
中には彼女が居ただろう? どうやってかはわからないが……招かれた人には、
ひとりでに扉が開いてしまうようなんだ」
いくら札を貼っても、盛り塩で封じても
どうにもならない、と社長は小さく苦笑しました。
まさかそんな不可解なことが、と思わないでもありませんでしたが、
あの女性の出現を思い返せば、とても荒唐無稽と切り捨てることなど出来ません。
「川端くん、影を見た、って言ってたね。……どんなだった?」
「え、ど、どんな……?」
そう問いかけられ、当時のことを回想します。
ほんの一瞬。
窓辺に揺らめいた、枯れ尾花のようななにか。
決してはっきりと目にしたわけでもなく、
ただ、人型であったような気がするという、ただそれだけ。
「いえ……その。姿かたちまでは……」
「……ふむ、そうか」
社長はなんども深く頷いた後、ふ、と息を吐きだしました。
「なら、君は大丈夫だ」
「え……ど、どういう、ことですか」
「アレは……アレを見た人は、必ず言うひと言があるんだ。
君はそれを言わなかった。……だから、安心してくれ」
「は、はあ……」
なにをどう安心すればよいかもわからず、
曖昧な返事を返した私に、彼は更に一言追加しました。
「……君、退職するかい? こんな妙なモンのいる会社なんてイヤだろう」
「えっ……い、いや、その」
心理を言い当てられて、私は思わずたじろぎました。
「辞めるのは致し方ない。皆には私から伝えておくよ。……ただ、
一つだけ守ってほしいことがあるんだ。これから一年、
うちの血族とのつながりを持つこと。そうすれば、もう大丈夫だ」
「え……つ、つながり、ですか」
「ああ、重く考えんで良い。二か月に一回くらい、
うちに挨拶に来てくれればいいんだ。面倒だろうけどね」
社長は自ら淹れた緑茶をすすりつつ、穏やかな表情で続けました。
「ちなみに、そうしないとどうなると思う?」
「えっ……ど、どうなるんですか」
私が思わずオウム返しに尋ねると、
彼は好々爺然としたそのにこやかな表情のまま、
ニヤリとその白い歯を見せて、
「まぁ、今日蔵に入ってたノリちゃん……うちのかつての経理の子みたくなる。……かもねぇ」
と、空恐ろしいことを呟いたのでした。
それから私は一晩考えたものの、目にした謎の影や
狂ってしまった女性の姿に、やはり耐え切れず退職を申し込んだのです。
どうやら社長からも話が伝わっていたようで、
思った以上にすんなりと話は進みました。
そして退職間際には、営業部長からも
「ある程度社長んちに顔出せよ。一年間で良いからさ」
と念押しされるほどでした。
私はどうしても気になって、その時に思い切って尋ねてみたんです。
「あの中にはなにがあるんですか?」
って。
すると、部長は諦めにも似た疲れ切った笑みを浮かべた後、
「それを知ったら、この会社を辞められなくなるぞ」
と、ポツリとため息をつきました。
……私には、それ以上、深く聞くことはできませんでした。
おそらく、あの蔵に眠っているなにかは、
きっとあの会社の社員の何人もを、あそこに縛り付けているのでしょう。
私は言いつけ通り、二か月に一度ほど、社長のお宅へ伺っています。
そしてその度、あの蔵から、勤めていた時には感じもしなかった、
不思議な視線を向けられているのを感じるのです。
一年という年月が過ぎ去るまで、あと半年ほど――
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そう、願っています。
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