72 / 88
第四章
第七十二話:奸臣佞臣
しおりを挟む
徳川家治が父親と将軍の狭間で苦悩している頃、ある男が逃げだしていた。
元凶が息子を将軍の据えようとした一橋治済なのは間違いない。
だがその大逆を実行に移せるようにしたのは、立石新次郎だった。
立石新次郎は悪党そのものだった。
女を騙し商家を襲い金を貯え、その金で小身旗本の三男の戸籍を買った。
更に残った金を使って立石家に養子に入ったのだ。
幼少の頃から本能のまま悪事を働いてきた立石新次郎は、同じ悪党の匂いがする一橋治済に上手く取り入り、信用されるようになった。
そして一橋治済の野心を見抜いて、徳川家基暗殺の絵図を書いた。
その一環として島津家との縁組を整え、琉球経由の密貿易で南蛮渡りの毒薬を手に入れ、池原雲伯を博打と女で籠絡して味方に引き込んだ。
家老の水谷など立石新次郎の操り人形でしかなかった。
そんな才覚のある立石新次郎だからこそ、逃げるべき時も間違えない。
一橋家の用人として個人的に蓄えた裏金と、一橋治済から与えられていた工作資金、更には島津家から渡された工作資金に加え、一橋家の公金まで盗んで逃げた。
悪党三昧で生きていた頃の生き残りを率いて、御府内どころか関八州からも遠く離れた場所に逃げ出した。
最悪の場合を想定して、隠れ家を確保していたのだ。
最初は誰も立石新次郎が逃げた事に気がつかないでいた。
主君である一橋治済も全く気がついていなかった。
立石新次郎が「薩摩守様の暴走に対処すべく、処方に手配りいたします」と言っていたので、一橋治済は更なる工作資金が必要だと手許金を渡すほどだった。
二日三日と姿を現さなくても、工作に忙しいのだと思っていた。
だがその二日三日の間に、一橋治済を取り巻く環境は悪化の一途をたどっていた。
まず最初に動いたのは梅一率いる盗賊団だった。
仲間を殺された復讐心にたぎる盗賊団は、次期頭目である梅一が直接率いて報復することになった。
赫々たる武名を誇る薩摩藩の上屋敷に忍び込み、藩主を殺すことができれば、梅一の次期頭目としての座はゆるぎないものになる。
梅一自身にそんな気持ちはないが、養父や古参幹部は梅一の次期頭目の座を安泰にすべく、全力を投入して島津重豪を殺す気だった。
「急ぐのだ、島津重豪が愚かな考えを改めて山くぐり衆を帰参させる前に殺す。
領国から新たな山くぐり衆が集まる前に、何としてでも島津重豪を殺すのだ。
仲間の仇を討つためには、一刻の遅れが失敗につながる。
強硬策になろうとも、今晩中に島津重豪の首を取れ。
必要ならば単筒や吹き矢を使っても構わぬ。
敵は悪逆非道な大名だ、今回だけは掟を緩める」
梅一の養父は島津重豪が考えを改めて生き残りの山くぐり衆を許す事を恐れた。
だがその心配は杞憂だった。
身勝手な島津重豪の周りには、身の安泰を図る佞臣しか残っていなかった。
島津重豪に諫言した家老はすでに遠ざけられていた。
島津重豪は自ら死地に向かって行ったのだ。
元凶が息子を将軍の据えようとした一橋治済なのは間違いない。
だがその大逆を実行に移せるようにしたのは、立石新次郎だった。
立石新次郎は悪党そのものだった。
女を騙し商家を襲い金を貯え、その金で小身旗本の三男の戸籍を買った。
更に残った金を使って立石家に養子に入ったのだ。
幼少の頃から本能のまま悪事を働いてきた立石新次郎は、同じ悪党の匂いがする一橋治済に上手く取り入り、信用されるようになった。
そして一橋治済の野心を見抜いて、徳川家基暗殺の絵図を書いた。
その一環として島津家との縁組を整え、琉球経由の密貿易で南蛮渡りの毒薬を手に入れ、池原雲伯を博打と女で籠絡して味方に引き込んだ。
家老の水谷など立石新次郎の操り人形でしかなかった。
そんな才覚のある立石新次郎だからこそ、逃げるべき時も間違えない。
一橋家の用人として個人的に蓄えた裏金と、一橋治済から与えられていた工作資金、更には島津家から渡された工作資金に加え、一橋家の公金まで盗んで逃げた。
悪党三昧で生きていた頃の生き残りを率いて、御府内どころか関八州からも遠く離れた場所に逃げ出した。
最悪の場合を想定して、隠れ家を確保していたのだ。
最初は誰も立石新次郎が逃げた事に気がつかないでいた。
主君である一橋治済も全く気がついていなかった。
立石新次郎が「薩摩守様の暴走に対処すべく、処方に手配りいたします」と言っていたので、一橋治済は更なる工作資金が必要だと手許金を渡すほどだった。
二日三日と姿を現さなくても、工作に忙しいのだと思っていた。
だがその二日三日の間に、一橋治済を取り巻く環境は悪化の一途をたどっていた。
まず最初に動いたのは梅一率いる盗賊団だった。
仲間を殺された復讐心にたぎる盗賊団は、次期頭目である梅一が直接率いて報復することになった。
赫々たる武名を誇る薩摩藩の上屋敷に忍び込み、藩主を殺すことができれば、梅一の次期頭目としての座はゆるぎないものになる。
梅一自身にそんな気持ちはないが、養父や古参幹部は梅一の次期頭目の座を安泰にすべく、全力を投入して島津重豪を殺す気だった。
「急ぐのだ、島津重豪が愚かな考えを改めて山くぐり衆を帰参させる前に殺す。
領国から新たな山くぐり衆が集まる前に、何としてでも島津重豪を殺すのだ。
仲間の仇を討つためには、一刻の遅れが失敗につながる。
強硬策になろうとも、今晩中に島津重豪の首を取れ。
必要ならば単筒や吹き矢を使っても構わぬ。
敵は悪逆非道な大名だ、今回だけは掟を緩める」
梅一の養父は島津重豪が考えを改めて生き残りの山くぐり衆を許す事を恐れた。
だがその心配は杞憂だった。
身勝手な島津重豪の周りには、身の安泰を図る佞臣しか残っていなかった。
島津重豪に諫言した家老はすでに遠ざけられていた。
島津重豪は自ら死地に向かって行ったのだ。
1
あなたにおすすめの小説
剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末
松風勇水(松 勇)
歴史・時代
旧題:剣客居酒屋 草間の陰
第9回歴史・時代小説大賞「読めばお腹がすく江戸グルメ賞」受賞作。
本作は『剣客居酒屋 草間の陰』から『剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末』と改題いたしました。
2025年11月28書籍刊行。
なお、レンタル部分は修正した書籍と同様のものとなっておりますが、一部の描写が割愛されたため、後続の話とは繋がりが悪くなっております。ご了承ください。
酒と肴と剣と闇
江戸情緒を添えて
江戸は本所にある居酒屋『草間』。
美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。
自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。
多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。
その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。
店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【時代小説】 黄昏夫婦
蔵屋
歴史・時代
江戸時代、東北地方の秋田藩は貧かった。
そんな中、真面目なひとりの武士がいた。同僚からは馬鹿にされていたが真面目な男であった。俸禄は低く貧しい。娘二人と実母との4人暮らし。
秋田藩での仕事は勘定方である。
仕事が終わると真っ直ぐ帰宅する。
ただひたすら日中は城中では勘定方の仕事をまじめにして、帰宅すれば論語を読んで知識を習得する。
そんな毎日であった。彼の名前は立花清左衛門。年齢は35歳。
娘は二人いて、一人はとめ15歳。もう一人は梅、8歳。
さて|黄昏《たそがれ》は、一日のうち日没直後、雲のない西の空に夕焼けの名残りの「赤さ」が残る時間帯のことを言う。「|黄昏時《たそがれどき)」。 「黄昏れる《たそがれる》」という動詞形もある。
「たそがれ」は、江戸時代になるまでは「たそかれ」といい、「たそかれどき」の略でよく知られていた。夕暮れの人の顔の識別がつかない暗さになると誰かれとなく、「そこにいるのは誰ですか」「誰そ彼(誰ですかあなたは)」とたずねる頃合いという意味で日常会話でよく使われた。
今回の私の小説のテーマはこの黄昏である。
この風習は広く日本で行われている。
「おはようさんです」「これからですか」「お晩でございます。いまお帰りですか」と尋ねられれば相手も答えざるを得ず、互いに誰であるかチェックすることでヨソ者を排除する意図があったとされている。
「たそかれ」という言葉は『万葉集』に
誰そ彼と われをな問ひそ 九月の 露に濡れつつ 君待つわれそ」
— 『万葉集』第10巻2240番
と登場するが、これは文字通り「誰ですかあなたは」という意味である。
「平安時代には『うつほ物語』に「たそかれどき」の用例が現れ、さらに『源氏物語』に
「寄りてこそ それかとも見め たそかれに ほのぼの見つる 夕顔の花」
— 『源氏物語』「夕顔」光源氏
と、現在のように「たそかれ」で時間帯を表す用例が現れる。
なおこの歌は、帖と登場人物の名「夕顔」の由来になった夕顔の歌への返歌である。
またこの言葉の比喩として、「最盛期は過ぎたが、多少は余力があり、滅亡するにはまだ早い状態」をという語句の用い方をする。
漢語「|黄昏《コウコン》」は日没後のまだ完全に暗くなっていない時刻を指す。「初昏」とも呼んでいた。十二時辰では「戌時」(午後7時から9時)に相当する。
「たそがれ」の動詞化の用法。日暮れの薄暗くなり始めるころを指して「空が黄昏れる」や、人生の盛りを過ぎ衰えるさまを表現して「黄昏た人」などのように使用されることがある。
この物語はフィクションです。登場人物、団体等実際に同じであっても一切関係ありません。
それでは、小説「黄昏夫婦」をお楽しみ下さい。
読者の皆様の何かにお役に立てれば幸いです。
作家 蔵屋日唱
【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記
糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。
それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。
かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。
ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。
※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。
【完結】ふたつ星、輝いて 〜あやし兄弟と町娘の江戸捕物抄〜
上杉
歴史・時代
■歴史小説大賞奨励賞受賞しました!■
おりんは江戸のとある武家屋敷で下女として働く14歳の少女。ある日、突然屋敷で母の急死を告げられ、自分が花街へ売られることを知った彼女はその場から逃げだした。
母は殺されたのかもしれない――そんな絶望のどん底にいたおりんに声をかけたのは、奉行所で同心として働く有島惣次郎だった。
今も刺客の手が迫る彼女を守るため、彼の屋敷で住み込みで働くことが決まる。そこで彼の兄――有島清之進とともに生活を始めるのだが、病弱という噂とはかけ離れた腕っぷしのよさに、おりんは驚きを隠せない。
そうしてともに生活しながら少しづつ心を開いていった――その矢先のことだった。
母の命を奪った犯人が発覚すると同時に、何故か兄清之進に凶刃が迫り――。
とある秘密を抱えた兄弟と町娘おりんの紡ぐ江戸捕物抄です!お楽しみください!
※フィクションです。
※周辺の歴史事件などは、史実を踏んでいます。
皆さまご評価頂きありがとうございました。大変嬉しいです!
今後も精進してまいります!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる