仇討浪人と座頭梅一

克全

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第四章

第七十三話:混迷

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 徳川家治の前で田沼意次と大道寺長十郎が対面していた。
 いや、論戦をしている状況だった。

「長十郎殿は一橋家と田安家を根絶やしにすべきと申されるのか」

 田沼意次が内心の苦渋を隠して穏やかに訊ねた。
 田沼意次としても主殺しの大逆を犯したかもしれない者たちを許したくはない。
 だが状況証拠や証言はあるが、絶対的な証拠や自白はないのだ。
 かと言って将軍家につながる一橋治済や松平定信たちを拷問する事もできない。
 罪を認めて自害してくれれば、当人が責任を取った形で残された子弟に温情をかける事も可能だが、彼らは自白や自害をするような殊勝な性格ではない。

「左様でございます。
 次期将軍である大納言様を弑逆した者を無罪放免してしまったら、徳川幕府の御政道に正義も忠孝もなくなってしまいます。
 そのようなことになるくらいなら八代様の御血筋を絶えさせるべきでございます。
 何より八代様がこのような悪事を認められるとは思えません」

 大道寺長十郎の言葉は間違いだった。
 徳川吉宗が単に正義の人ではない事は、徳川家治と田沼意次はよく知っていたのだが、その事を口にする事はできなかった。
 それを正確に伝えようとすれば、八代将軍継承時の血で血を洗う暗闘を詳しく説明しなければならない。
 そんな事は清廉潔白だと思われる大道寺長十郎には言えなかった。
 言っても信じないだろうし、何の意味もなさない。
 
「だが長十郎殿、正義を求め過ぎて次期将軍争いを勃発させては意味がない。
 それに八代様の御血筋を絶えさせるなど不忠だとは思わぬか。
 多少は現実に沿って妥協すべきだとは思わないか」

 徳川家治は迷いが深く言葉を発することができないでいた。
 将軍である自分が発言してしまったら、公平な議論ができなくなる。
 父親としての愛情が強く出てしまっては、天下騒乱の元になってしまう。
 だからといって全く血の通わない冷徹な決断が正しいとも思えないでいた。
 だから徳川家治は何も言わず、二人に意見をぶつけさせていた。

「全く妥協するなとは申しません。
 某も色々と調べました。
 特に東照神君のなされた事をよく調べました。
 東照神君亡き後の二代様のお仕置き、三代様のお仕置きもよく調べました。
 幕府転覆、謀叛の疑いのある松平上総介様は改易流罪にされておられます。
 駿河大納言様も改易流罪とされておられます。
 疑いどころか実際に大納言様を弑逆した一橋家は根絶やしにすべきです。
 田安家には確たる証拠はありませんが、疑いは明らかでございます。
 疑わしきは改易の上で流罪とする。
 これが幕府の御定法ではありませんか。
 妥協するとしても、両家の血筋に将軍家を継がせるわけにはいきません。
 そんな前例を作れば、今後も将軍の座を争って暗殺が繰り返されますぞ。
 一橋家には厳罰を与え、田安家の血筋には後々の恩赦を前提に流罪とする。
 そうすれば八代様の御血筋が絶える事もありますまい」
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