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第一章
第1話:父の戦死
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皇紀2210年・王歴214年・秋・エレンバラ王国男爵領
「先代、先代、先代!」
ガシャ、ガシャと鎧を鳴らしながら、重臣のオリヴァーが城に戻ってきた。
祖父を呼ぶ口調に苦渋の色が混じっている。
俺を膝に乗せている母が震えているのが分かる。
戦乱の世の男爵夫人としては臆病すぎるのではないか。
まあ、長男がわずか二歳の時に夫が戦死してしまう苦難は想像できるけど。
だがまだ父が戦死したとは限らないのに、男爵夫人がこの状態では、家臣達まで怯えてしまうぞ。
祖父は泰然自若を装おうとしているが、完全にはできていない。
いつもの祖父よりも表情が引き締まっている。
オリヴァーの声から負け戦は覚悟したが、息子の生死が気になるのだろう。
父は祖父にとって期待の跡継ぎだからな、死んでいて欲しくないのだろう。
母や祖父だけではない、俺もまだ父に死なれては困る。
念願の異世界転生ができたのだ、もっと自分の魔力を高めてから跡を継ぎたい。
戦争には負けたようだが、父さえ生きていてくれればどうにでもなる。
ギイギイと軋む音をたてながらドアが開けられた。
オリヴァーがガシャ、ガシャと鎧を鳴らしながら俺たちの方に近づいてくる。
やはり負け戦なのだろう、後ろからついてきた家臣の多くが負傷している。
それだけならいいのだが、全員が俺達の方を見ないようにしている。
最悪だ、父は味方を逃がすために殿を守っている訳じゃない。
「オリヴァー、遠慮はいらん、はっきりと言うがいい」
祖父はオリヴァーが話しやすいように優しく話しかけている。
俺ていどの人間でも父の戦死を理解したのだ、歴戦の祖父に分からない訳がない。
「男爵閣下が討ち死になされました。
敵将、ロスリン伯爵が卑怯にも一騎打ちを受けず、全軍で襲ってきたため、男爵閣下は味方を護るために獅子奮迅の戦いをなされましたが、多勢に無勢はいかんともしがたく、力及ばず討ち死にされました」
「「「「「イヤアアアア」」」」」
最初は血を吐くような口調で話し始めたオリヴァーだったが、徐々に一騎打ちを受けなかったロスリン伯爵に対する怒りからか、怒りを叩きつけるような口調になった。
だがわずか二年の間に聞いた範囲の話しでは、今は一騎打ちなど受けないはずだ。
勝つためならどんな卑怯な方法も取る時代になっていると聞いている。
「うっうううう、アアアアア」
参ったな、俺を膝に乗せた母が、俺を強く抱きしめながら啜り泣きしている。
ロスリン伯爵が勢いに任さて領内に攻め込んでくる可能性があるのだ。
母がこんな状態では籠城もできなくなってしまう。
歴戦の祖父が母を苛立たし気に見ている。
当主の父が戦死した状況で、先代の祖父と当主夫人の母が言い争う。
そんな事になったら、狼狽した家臣が逃げ出してしまって確実に負けるぞ。
「うろたえるな、だんしゃくけはまけん」
母の手を振りほどいて、両足でしっかりと立って、力強く断言する。
まだ二歳なので上手く舌が回らないから、ゆっくりしっかり話す。
実力がつくまでは目立たないようにしている心算だったが、もうそんな事を言っていられる状況じゃない。
「オリヴァー、ちちうえはてきをどれくらいたおされた」
「あ、はっ、討ち取られた数はおよそ百ほどかと」
我が家が籠城に使える戦力は三百だと聞いている。
ロスリン伯爵の戦力は五百だったはずだ。
魔力が戦力の多くを占めるとはいえ、父が百の敵を討ち取ったのは大きい。
最悪八千人の領民すべてを城に入れて籠城すればいい。
それに、兵農分離が進んでいないこの世界では、農繁期になれば必ず兵を引く。
「だったらだんしゃくけはぜったいにまけない。
りょうみんをしろにあつめれば、かずではまけない。
いそいでりょうみんをあつめろ。
てきからまもるために、とくべつにしろにいれるといえ」
「はっ、急いで領民を城に集まます」
「それと、しょくりょうをかくほしろ。
りょうみんすべてをしろにいれたら、しょくりょうがたらなくなるぞ」
「承りました、直ぐに領民と食料を集めます」
さて、二歳児の身体に負担をかけるのはいかんな。
一気に疲れて眠くなった。
敵が攻め込んできた時に眠くなってしまったら最悪だ。
「ははうえ、ねむいです、おひざ、おひざにのせてください」
「先代、先代、先代!」
ガシャ、ガシャと鎧を鳴らしながら、重臣のオリヴァーが城に戻ってきた。
祖父を呼ぶ口調に苦渋の色が混じっている。
俺を膝に乗せている母が震えているのが分かる。
戦乱の世の男爵夫人としては臆病すぎるのではないか。
まあ、長男がわずか二歳の時に夫が戦死してしまう苦難は想像できるけど。
だがまだ父が戦死したとは限らないのに、男爵夫人がこの状態では、家臣達まで怯えてしまうぞ。
祖父は泰然自若を装おうとしているが、完全にはできていない。
いつもの祖父よりも表情が引き締まっている。
オリヴァーの声から負け戦は覚悟したが、息子の生死が気になるのだろう。
父は祖父にとって期待の跡継ぎだからな、死んでいて欲しくないのだろう。
母や祖父だけではない、俺もまだ父に死なれては困る。
念願の異世界転生ができたのだ、もっと自分の魔力を高めてから跡を継ぎたい。
戦争には負けたようだが、父さえ生きていてくれればどうにでもなる。
ギイギイと軋む音をたてながらドアが開けられた。
オリヴァーがガシャ、ガシャと鎧を鳴らしながら俺たちの方に近づいてくる。
やはり負け戦なのだろう、後ろからついてきた家臣の多くが負傷している。
それだけならいいのだが、全員が俺達の方を見ないようにしている。
最悪だ、父は味方を逃がすために殿を守っている訳じゃない。
「オリヴァー、遠慮はいらん、はっきりと言うがいい」
祖父はオリヴァーが話しやすいように優しく話しかけている。
俺ていどの人間でも父の戦死を理解したのだ、歴戦の祖父に分からない訳がない。
「男爵閣下が討ち死になされました。
敵将、ロスリン伯爵が卑怯にも一騎打ちを受けず、全軍で襲ってきたため、男爵閣下は味方を護るために獅子奮迅の戦いをなされましたが、多勢に無勢はいかんともしがたく、力及ばず討ち死にされました」
「「「「「イヤアアアア」」」」」
最初は血を吐くような口調で話し始めたオリヴァーだったが、徐々に一騎打ちを受けなかったロスリン伯爵に対する怒りからか、怒りを叩きつけるような口調になった。
だがわずか二年の間に聞いた範囲の話しでは、今は一騎打ちなど受けないはずだ。
勝つためならどんな卑怯な方法も取る時代になっていると聞いている。
「うっうううう、アアアアア」
参ったな、俺を膝に乗せた母が、俺を強く抱きしめながら啜り泣きしている。
ロスリン伯爵が勢いに任さて領内に攻め込んでくる可能性があるのだ。
母がこんな状態では籠城もできなくなってしまう。
歴戦の祖父が母を苛立たし気に見ている。
当主の父が戦死した状況で、先代の祖父と当主夫人の母が言い争う。
そんな事になったら、狼狽した家臣が逃げ出してしまって確実に負けるぞ。
「うろたえるな、だんしゃくけはまけん」
母の手を振りほどいて、両足でしっかりと立って、力強く断言する。
まだ二歳なので上手く舌が回らないから、ゆっくりしっかり話す。
実力がつくまでは目立たないようにしている心算だったが、もうそんな事を言っていられる状況じゃない。
「オリヴァー、ちちうえはてきをどれくらいたおされた」
「あ、はっ、討ち取られた数はおよそ百ほどかと」
我が家が籠城に使える戦力は三百だと聞いている。
ロスリン伯爵の戦力は五百だったはずだ。
魔力が戦力の多くを占めるとはいえ、父が百の敵を討ち取ったのは大きい。
最悪八千人の領民すべてを城に入れて籠城すればいい。
それに、兵農分離が進んでいないこの世界では、農繁期になれば必ず兵を引く。
「だったらだんしゃくけはぜったいにまけない。
りょうみんをしろにあつめれば、かずではまけない。
いそいでりょうみんをあつめろ。
てきからまもるために、とくべつにしろにいれるといえ」
「はっ、急いで領民を城に集まます」
「それと、しょくりょうをかくほしろ。
りょうみんすべてをしろにいれたら、しょくりょうがたらなくなるぞ」
「承りました、直ぐに領民と食料を集めます」
さて、二歳児の身体に負担をかけるのはいかんな。
一気に疲れて眠くなった。
敵が攻め込んできた時に眠くなってしまったら最悪だ。
「ははうえ、ねむいです、おひざ、おひざにのせてください」
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