拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~

藤原ライラ

文字の大きさ
3 / 91
第一部:私だけの物語

3.理想の相手―①

しおりを挟む
「で、本当にやるの、文通」
「うーん、どうしようかな」

 なんでも知り合いのお茶会に行かなければならないとのことで、エステル様は颯爽と帰って行った。春風みたいな人だなあと思いつつ、そのおせっかいとも言える性格に確かに助けられている自分がいる。

「ねえ、帰らなくていいの?」

 一緒に帰ればよかったのに、なぜだかクリスはまだうちの屋敷にいる。彫像のような美形が、私の向かいで優雅に紅茶を飲んでいるのは不思議な気分だ。なお、この茶葉もさっきエステル様がくれた。

 私がそう言うと、クリスは不機嫌そうにこちらをちらりと見た。けれど何も言わないので自分の家にいるのにすこぶる居心地が悪い。仕方なく、エステル様が置いて行った文通屋のチラシを眺めてみる。

 一月あたりの料金は思っていたより安い。何せ後ろ盾もない身分なので質素倹約を信条としている私のささやかなお小遣いでもなんとかなる額だ。

 なんでも手紙は文通屋で預かってもらって、そこから相手先に配達してもらう。個人情報はバレないから安心してやり取りができると評判だそうだ。

 文通屋に頼む際に要望書なるものを記入するらしい。そこに相手の希望や文通の目的などを書くのだ。確かに、誰も彼もが運命の相手を探して文通をするわけではないだろう。気の置けない友人を探していることだってあるはずだ。

 そうして書かれた要望書を元に、文通屋は相手を選ぶ。
 この文通相手の選択がとてつもなく上手い、とのこと。
 しかしながら、選ばれた相手が気に入らなければ、別の人と文通することも可能らしい。また、複数人の相手と文通することも可能だそうだ。

 そして、どんなに金を積まれても相手の正体は明かさない。知りたければ、自分達でどうぞ。

『理想の文通相手、ご案内いたします』

 交易の町として名高いこのドーレブールで、似たような商売が今までに全くなかったわけではない。けれど、これがこの店のウリらしい。出資をしているのは、有名な貴族の御隠居だとも、新進気鋭の青年実業家だとも言われている。つまり、本当のところは誰も知らないということだ。

 都合のいい謳い文句に、乗せられそうになる。

 私がどんな人間かを知らない人なら、私を愛してくれるだろうか。そんな妄想に浸りたくなった。

 遮ったのは、静かな男の声だった。
「あんたさ」

 彫像が口を開いた。

「どんな相手がいいの?」

 そんなことを聞いてどうするのだろうとは思うけれど、一応考えてみる。

「そうだなあ」

 一通り考えてはみたけれど、具体的なものが浮かんでくるわけではなかった。この手の中の紅茶の水面のようにゆらゆらと揺れて、掴み所がない。金髪の王太子殿下に見えたかと思えば、茶髪の騎士に見えてみたり。

 そうして、実際のところ映るのは所在なげな自分の顔だけだ。

「……特にないかな」
「ふうん」

 髪と同じ銀色の睫毛がすべらかな頬に影を落とす。そしてクリスは独り言のように呟いた。

「じゃあ、誰でもいいんだな」

 青い目が何か企みを宿して輝く。絶対によくないことを考えていると分かるのに、その底深さが孕んだ色気から目が離せない。うっかり目にしたらこの町中の乙女の心臓が止まると思う。

 クリスはこれを見ていたのが私だけであることに感謝するべきだ。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

白詰草は一途に恋を秘め、朝露に濡れる

瀬月 ゆな
恋愛
ロゼリエッタは三歳年上の婚約者クロードに恋をしている。 だけど、その恋は決して叶わないものだと知っていた。 異性に対する愛情じゃないのだとしても、妹のような存在に対する感情なのだとしても、いつかは結婚して幸せな家庭を築ける。それだけを心の支えにしていたある日、クロードから一方的に婚約の解消を告げられてしまう。 失意に沈むロゼリエッタに、クロードが隣国で行方知れずになったと兄が告げる。 けれど賓客として訪れた隣国の王太子に付き従う仮面の騎士は過去も姿形も捨てて、別人として振る舞うクロードだった。 愛していると言えなかった騎士と、愛してくれているのか聞けなかった令嬢の、すれ違う初恋の物語。 他サイト様でも公開しております。 イラスト  灰梅 由雪(https://twitter.com/haiumeyoshiyuki)様

【完結】君を迎えに行く

とっくり
恋愛
 顔だけは完璧、中身はちょっぴり残念な侯爵子息カインと、 ふんわり掴みどころのない伯爵令嬢サナ。  幼い頃に婚約したふたりは、静かに関係を深めていくはずだった。 けれど、すれ違いと策略により、婚約は解消されてしまう。 その別れが、恋に鈍いカインを少しずつ変えていく。 やがて彼は気づく。 あの笑顔の奥に、サナが隠していた“本当の想い”に――。 これは、不器用なふたりが、 遠回りの先で見つけた“本当の気持ち”を迎えに行く物語

【完結】彼を幸せにする十の方法

玉響なつめ
恋愛
貴族令嬢のフィリアには婚約者がいる。 フィリアが望んで結ばれた婚約、その相手であるキリアンはいつだって冷静だ。 婚約者としての義務は果たしてくれるし常に彼女を尊重してくれる。 しかし、フィリアが望まなければキリアンは動かない。 婚約したのだからいつかは心を開いてくれて、距離も縮まる――そう信じていたフィリアの心は、とある夜会での事件でぽっきり折れてしまった。 婚約を解消することは難しいが、少なくともこれ以上迷惑をかけずに夫婦としてどうあるべきか……フィリアは悩みながらも、キリアンが一番幸せになれる方法を探すために行動を起こすのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています。

歴史から消された皇女〜2人の皇女の願いが叶うまで終われない〜

珠宮さくら
恋愛
ファバン大国の皇女として生まれた娘がいた。 1人は生まれる前から期待され、生まれた後も皇女として周りの思惑の中で過ごすことになり、もう1人は皇女として認められることなく、街で暮らしていた。 彼女たちの運命は、生まれる前から人々の祈りと感謝と願いによって縛られていたが、彼らの願いよりも、もっと強い願いをかけていたのは、その2人の皇女たちだった。

大好きなあなたを忘れる方法

山田ランチ
恋愛
あらすじ  王子と婚約関係にある侯爵令嬢のメリベルは、訳あってずっと秘密の婚約者のままにされていた。学園へ入学してすぐ、メリベルの魔廻が(魔術を使う為の魔素を貯めておく器官)が限界を向かえようとしている事に気が付いた大魔術師は、魔廻を小さくする事を提案する。その方法は、魔素が好むという悲しい記憶を失くしていくものだった。悲しい記憶を引っ張り出しては消していくという日々を過ごすうち、徐々に王子との記憶を失くしていくメリベル。そんな中、魔廻を奪う謎の者達に大魔術師とメリベルが襲われてしまう。  魔廻を奪おうとする者達は何者なのか。王子との婚約が隠されている訳と、重大な秘密を抱える大魔術師の正体が、メリベルの記憶に導かれ、やがて世界の始まりへと繋がっていく。 登場人物 ・メリベル・アークトュラス 17歳、アークトゥラス侯爵の一人娘。ジャスパーの婚約者。 ・ジャスパー・オリオン 17歳、第一王子。メリベルの婚約者。 ・イーライ 学園の園芸員。 クレイシー・クレリック 17歳、クレリック侯爵の一人娘。 ・リーヴァイ・ブルーマー 18歳、ブルーマー子爵家の嫡男でジャスパーの側近。 ・アイザック・スチュアート 17歳、スチュアート侯爵の嫡男でジャスパーの側近。 ・ノア・ワード 18歳、ワード騎士団長の息子でジャスパーの従騎士。 ・シア・ガイザー 17歳、ガイザー男爵の娘でメリベルの友人。 ・マイロ 17歳、メリベルの友人。 魔素→世界に漂っている物質。触れれば精神を侵され、生き物は主に凶暴化し魔獣となる。 魔廻→体内にある魔廻(まかい)と呼ばれる器官、魔素を取り込み貯める事が出来る。魔術師はこの器官がある事が必須。 ソル神とルナ神→太陽と月の男女神が魔素で満ちた混沌の大地に現れ、世界を二つに分けて浄化した。ソル神は昼間を、ルナ神は夜を受け持った。

このたび、あこがれ騎士さまの妻になりました。

若松だんご
恋愛
 「リリー。アナタ、結婚なさい」  それは、ある日突然、おつかえする王妃さまからくだされた命令。  まるで、「そこの髪飾りと取って」とか、「窓を開けてちょうだい」みたいなノリで発せられた。  お相手は、王妃さまのかつての乳兄弟で護衛騎士、エディル・ロードリックさま。  わたしのあこがれの騎士さま。  だけど、ちょっと待って!! 結婚だなんて、いくらなんでもそれはイキナリすぎるっ!!  「アナタたちならお似合いだと思うんだけど?」  そう思うのは、王妃さまだけですよ、絶対。  「試しに、二人で暮らしなさい。これは命令です」  なーんて、王妃さまの命令で、エディルさまの妻(仮)になったわたし。  あこがれの騎士さまと一つ屋根の下だなんてっ!!  わたし、どうなっちゃうのっ!? 妻(仮)ライフ、ドキドキしすぎで心臓がもたないっ!!

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

変態婚約者を無事妹に奪わせて婚約破棄されたので気ままな城下町ライフを送っていたらなぜだか王太子に溺愛されることになってしまいました?!

utsugi
恋愛
私、こんなにも婚約者として貴方に尽くしてまいりましたのにひどすぎますわ!(笑) 妹に婚約者を奪われ婚約破棄された令嬢マリアベルは悲しみのあまり(?)生家を抜け出し城下町で庶民として気ままな生活を送ることになった。身分を隠して自由に生きようと思っていたのにひょんなことから光魔法の能力が開花し半強制的に魔法学校に入学させられることに。そのうちなぜか王太子から溺愛されるようになったけれど王太子にはなにやら秘密がありそうで……?! ※適宜内容を修正する場合があります

処理中です...