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第一部:私だけの物語
33.一体どんな関係か
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「それに、夜会では自分で手に取った物以外飲んだり食べたりするな。何か、薬とか入れられている可能性がある。常識だろ……」
矢継ぎ早に叱られてなんだか自分が情けなくなってくる。二十二歳にもなって、私はものを何も知らない世間知らずだ。
きっと、ちゃんとした令嬢は両親からそういった夜会の心得を教わるのだろう。けれど、私がそういうことを教わる前に、両親はこの世からいなくなってしまった。
「ごめんなさい」
「……だいたい、あんたみたいに、ぼんやりしているやつは、男に取って食われて終わりだよ」
取って食われるって、どういうことだろう。
あんなに威勢よく捲し立てていたのに、急にクリスの口調がおぼつかなくなってくる。覗き込んできた目はとろんとしていた。
そういえば、私が飲むはずだったワインは、クリスが全部飲んでしまった。
本当にあのワインに薬か何かが入れられていたとしたら、彼は大丈夫なのだろうか。心なしか、目元が赤い気がする。色白だからよく分かる。
「キャロ」
抱き着くように、クリスの腕が背中に触れる。華やかな香水の香りがする。
多分、クリスが好んで使うものではない。女物だ。あんなに密着して踊っていたから、きっと王女様のものが移ったのだろう。
夜会に向けて巻き上げた茶色の髪を、長い指先が弄ぶ。彼は、私の首筋に顔を寄せた。
「はっ、あっ、クリス!?」
甘えたように、すん、と鼻を鳴らす。
「あんたはいつもいい匂いがする」
「えっ、うそ」
私は香水も何も使ってはいないけれど。それもいつも、ってことは……ああ、もう頭がついていかない。彼は猫のように、機嫌が良さそうに頬ずりをした。
たじろぐ私に、クリスはにこりと微笑んでみせる。髪を撫でた指先が顎を掬って、青い瞳と見つめ合う。
「クリス……?」
その目の奥に私の知らない光が宿っている。これは、なんだろう。顔に触れる手が、熱い。
「……だ」
薄い唇が動いて、何事かを囁く。けれど、微かなその声は馬車の騒音に紛れて私の耳まで届かなかった。
「な、な……んっ」
聞き返した言葉は、最後まで言わせてもらえなかった。
そっと顔を傾けて、クリスは唇を重ねてきた。
知らないあたたかさが触れて、一瞬で頭の中が沸騰したようになる。やわらかなそれが繰り返し押し付けられて、ぺろりと、肉厚の舌が私の唇をなぞる。
彼が飲み干したワインの味。
ついばむように何度も食まれて、もう息もできなかった。私まで酔ってしまったかのように眩暈がする。
硬直する私の体を、クリスはぎゅっと掻き抱く。首筋に悩まし気な吐息がかかる。どうしてだか分からないけれど、お腹の奥がきゅんと疼いたようになる。
「……ぁ」
取って食われるとは、こういうことなのか。
困惑する私の肩に、突然、がくん、と銀色の頭が落ちた。
「へっ?!」
見ると、クリスは目を閉じてすやすやと寝ていた。
「すー……」
本当に飲み物に何か薬が混じっていたのかもしれないし、単に彼がお酒に弱いだけなのかもしれない。
いやでも、これは、ないでしょう。
私とクリスはただの幼馴染のはずだ。それ以上でも以下でもない。
それならなぜ、彼は私にこんなことをしたのだろう。お酒は人をこんなにも変えてしまうのだろうか。
「もうちょっと、いい加減にしてよ……」
気持ちよさそうに眠っている顔を見る。不機嫌そうな表情が抜け落ちてしまえば、昔と変わらない、妖精のようなクリスだ。
しかしながら、私も彼に聞きたい。
私達は、一体どんな関係なのか、と。
矢継ぎ早に叱られてなんだか自分が情けなくなってくる。二十二歳にもなって、私はものを何も知らない世間知らずだ。
きっと、ちゃんとした令嬢は両親からそういった夜会の心得を教わるのだろう。けれど、私がそういうことを教わる前に、両親はこの世からいなくなってしまった。
「ごめんなさい」
「……だいたい、あんたみたいに、ぼんやりしているやつは、男に取って食われて終わりだよ」
取って食われるって、どういうことだろう。
あんなに威勢よく捲し立てていたのに、急にクリスの口調がおぼつかなくなってくる。覗き込んできた目はとろんとしていた。
そういえば、私が飲むはずだったワインは、クリスが全部飲んでしまった。
本当にあのワインに薬か何かが入れられていたとしたら、彼は大丈夫なのだろうか。心なしか、目元が赤い気がする。色白だからよく分かる。
「キャロ」
抱き着くように、クリスの腕が背中に触れる。華やかな香水の香りがする。
多分、クリスが好んで使うものではない。女物だ。あんなに密着して踊っていたから、きっと王女様のものが移ったのだろう。
夜会に向けて巻き上げた茶色の髪を、長い指先が弄ぶ。彼は、私の首筋に顔を寄せた。
「はっ、あっ、クリス!?」
甘えたように、すん、と鼻を鳴らす。
「あんたはいつもいい匂いがする」
「えっ、うそ」
私は香水も何も使ってはいないけれど。それもいつも、ってことは……ああ、もう頭がついていかない。彼は猫のように、機嫌が良さそうに頬ずりをした。
たじろぐ私に、クリスはにこりと微笑んでみせる。髪を撫でた指先が顎を掬って、青い瞳と見つめ合う。
「クリス……?」
その目の奥に私の知らない光が宿っている。これは、なんだろう。顔に触れる手が、熱い。
「……だ」
薄い唇が動いて、何事かを囁く。けれど、微かなその声は馬車の騒音に紛れて私の耳まで届かなかった。
「な、な……んっ」
聞き返した言葉は、最後まで言わせてもらえなかった。
そっと顔を傾けて、クリスは唇を重ねてきた。
知らないあたたかさが触れて、一瞬で頭の中が沸騰したようになる。やわらかなそれが繰り返し押し付けられて、ぺろりと、肉厚の舌が私の唇をなぞる。
彼が飲み干したワインの味。
ついばむように何度も食まれて、もう息もできなかった。私まで酔ってしまったかのように眩暈がする。
硬直する私の体を、クリスはぎゅっと掻き抱く。首筋に悩まし気な吐息がかかる。どうしてだか分からないけれど、お腹の奥がきゅんと疼いたようになる。
「……ぁ」
取って食われるとは、こういうことなのか。
困惑する私の肩に、突然、がくん、と銀色の頭が落ちた。
「へっ?!」
見ると、クリスは目を閉じてすやすやと寝ていた。
「すー……」
本当に飲み物に何か薬が混じっていたのかもしれないし、単に彼がお酒に弱いだけなのかもしれない。
いやでも、これは、ないでしょう。
私とクリスはただの幼馴染のはずだ。それ以上でも以下でもない。
それならなぜ、彼は私にこんなことをしたのだろう。お酒は人をこんなにも変えてしまうのだろうか。
「もうちょっと、いい加減にしてよ……」
気持ちよさそうに眠っている顔を見る。不機嫌そうな表情が抜け落ちてしまえば、昔と変わらない、妖精のようなクリスだ。
しかしながら、私も彼に聞きたい。
私達は、一体どんな関係なのか、と。
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