拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~

藤原ライラ

文字の大きさ
44 / 91
第一部:私だけの物語

44.求婚

しおりを挟む
「うちの庭はどうかな、キャロル」

 目の前には、男爵家の庭が広がっている。真ん中に立てば、左右対称なのがよく分かる。よく整えられた美しい庭だ。

「とてもきれいですね」
「気に入ってもらえてよかった」

 庭がよく見える四阿ガゼボに案内された。控えていた侍女が紅茶を淹れてくれる。エステル様がくれる茶葉もいいものだけれど、この紅茶はそれよりも香りがいい。

 お茶を飲みながら話したのは、他愛のない世間話ばかりだった。緑の目が、少しだけ、探るように私を見つめてくる。
 いきなり不躾に問うようなことを、この方はしない。

「お茶のおかわりはいかがかな?」
 代わりにアラン様はそう訊ねてきた。私は首を横に振る。

 満たされていたカップが空っぽになると、途端に手持ち無沙汰になった。
 アラン様が、すっと立ち上がる。そして、手近な花壇の花に大きな手を伸ばした。

「この薔薇は私が気に入って育てているものでね」

 ピンクとオレンジが混ざったような、複雑でやわらかい色の薔薇だ。薄い花びらが幾重にも重なり合うようにして咲いている。

「珍しい色ですね」

「そうだね。比較的新しい品種だから」
 アラン様ははさみで薔薇の花を一本切った。そのまま、慣れた手つきで棘を取っていく。

「キャロル」
 上質な天鵞絨ベルベットのような声が私の名をなぞる。

 アラン様が私の前に跪く。そうして差し出されたのは切り取られたばかりの薔薇の花。
 ああ、なんて優雅な仕草だろう。まるで観劇の中の世界にいるみたいだ。

「ここをあなたの屋敷にするというのは、どうだろう」

 投げかけられた言葉の意味が分からないほど、子供ではない。
 私は、この今、アラン様から求婚されている。

「返事を急ぐ気はないよ。あなたの心が決まるまで私はいくらでも待つつもりだ」

 見上げてくる緑の瞳は澄んでいて、その言葉が嘘のようには思えなかった。

「一つお聞きしてもよろしいでしょうか」
「一つと言わず何個でも」

 にこりと音がしそうな笑みで微笑んで、アラン様はそう返す。

「私、ずっと文通をしていたんです」

 私は今から、水面に石を投げこむ。
 映った月を壊してしまう。
 これを知ったらもう、知らなかった私には戻れない。

「ああ、知っているよ」

 静かな返答からは動揺は読み取れない。アラン様ぐらいになれば、私が何を問うかぐらい予測できたのかもしれない。

「あなたが、キット様ですか」

 形のいい眉がぴくりと動く。僅かにアラン様の顔色が曇る。
 けれどそれはほんの一瞬のことだ。すぐに元の顔に戻った。

「そう、私がキットだ」

 私が想像した通りの人は、今も眼前で微笑みかけてくれる。

「あなたはとても可愛らしい字を書くね」

 伸ばされた手が、一房髪を巻き付けていく。気障な仕草だと思うのに、アラン様がするととても様になっている。

「そうでしょうか」
「あなたの手紙を読むのが、私の毎日の楽しみだった」

「私もです」
 手紙という文字だけの世界で、キット様は寄り添ってくれていた。実際に会ったことのある誰よりも、彼が私の一番近くにいたとはっきりと言える。

「それでは」

 もう一度、私の目の前に薔薇の花が差し出される。

 ふわりと漂う、神秘的な香り。いつも香っていたアラン様の香水の匂いと同じだ。この薔薇の香りだったのか。

「はい」

 私はその花を手に取った。

 丁寧に棘が取られた薔薇は、手を傷つけることはない。ただ私の手の中で美しく、凛と咲いているだけだった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

【完結】彼を幸せにする十の方法

玉響なつめ
恋愛
貴族令嬢のフィリアには婚約者がいる。 フィリアが望んで結ばれた婚約、その相手であるキリアンはいつだって冷静だ。 婚約者としての義務は果たしてくれるし常に彼女を尊重してくれる。 しかし、フィリアが望まなければキリアンは動かない。 婚約したのだからいつかは心を開いてくれて、距離も縮まる――そう信じていたフィリアの心は、とある夜会での事件でぽっきり折れてしまった。 婚約を解消することは難しいが、少なくともこれ以上迷惑をかけずに夫婦としてどうあるべきか……フィリアは悩みながらも、キリアンが一番幸せになれる方法を探すために行動を起こすのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています。

白詰草は一途に恋を秘め、朝露に濡れる

瀬月 ゆな
恋愛
ロゼリエッタは三歳年上の婚約者クロードに恋をしている。 だけど、その恋は決して叶わないものだと知っていた。 異性に対する愛情じゃないのだとしても、妹のような存在に対する感情なのだとしても、いつかは結婚して幸せな家庭を築ける。それだけを心の支えにしていたある日、クロードから一方的に婚約の解消を告げられてしまう。 失意に沈むロゼリエッタに、クロードが隣国で行方知れずになったと兄が告げる。 けれど賓客として訪れた隣国の王太子に付き従う仮面の騎士は過去も姿形も捨てて、別人として振る舞うクロードだった。 愛していると言えなかった騎士と、愛してくれているのか聞けなかった令嬢の、すれ違う初恋の物語。 他サイト様でも公開しております。 イラスト  灰梅 由雪(https://twitter.com/haiumeyoshiyuki)様

【完結】君を迎えに行く

とっくり
恋愛
 顔だけは完璧、中身はちょっぴり残念な侯爵子息カインと、 ふんわり掴みどころのない伯爵令嬢サナ。  幼い頃に婚約したふたりは、静かに関係を深めていくはずだった。 けれど、すれ違いと策略により、婚約は解消されてしまう。 その別れが、恋に鈍いカインを少しずつ変えていく。 やがて彼は気づく。 あの笑顔の奥に、サナが隠していた“本当の想い”に――。 これは、不器用なふたりが、 遠回りの先で見つけた“本当の気持ち”を迎えに行く物語

大好きなあなたを忘れる方法

山田ランチ
恋愛
あらすじ  王子と婚約関係にある侯爵令嬢のメリベルは、訳あってずっと秘密の婚約者のままにされていた。学園へ入学してすぐ、メリベルの魔廻が(魔術を使う為の魔素を貯めておく器官)が限界を向かえようとしている事に気が付いた大魔術師は、魔廻を小さくする事を提案する。その方法は、魔素が好むという悲しい記憶を失くしていくものだった。悲しい記憶を引っ張り出しては消していくという日々を過ごすうち、徐々に王子との記憶を失くしていくメリベル。そんな中、魔廻を奪う謎の者達に大魔術師とメリベルが襲われてしまう。  魔廻を奪おうとする者達は何者なのか。王子との婚約が隠されている訳と、重大な秘密を抱える大魔術師の正体が、メリベルの記憶に導かれ、やがて世界の始まりへと繋がっていく。 登場人物 ・メリベル・アークトュラス 17歳、アークトゥラス侯爵の一人娘。ジャスパーの婚約者。 ・ジャスパー・オリオン 17歳、第一王子。メリベルの婚約者。 ・イーライ 学園の園芸員。 クレイシー・クレリック 17歳、クレリック侯爵の一人娘。 ・リーヴァイ・ブルーマー 18歳、ブルーマー子爵家の嫡男でジャスパーの側近。 ・アイザック・スチュアート 17歳、スチュアート侯爵の嫡男でジャスパーの側近。 ・ノア・ワード 18歳、ワード騎士団長の息子でジャスパーの従騎士。 ・シア・ガイザー 17歳、ガイザー男爵の娘でメリベルの友人。 ・マイロ 17歳、メリベルの友人。 魔素→世界に漂っている物質。触れれば精神を侵され、生き物は主に凶暴化し魔獣となる。 魔廻→体内にある魔廻(まかい)と呼ばれる器官、魔素を取り込み貯める事が出来る。魔術師はこの器官がある事が必須。 ソル神とルナ神→太陽と月の男女神が魔素で満ちた混沌の大地に現れ、世界を二つに分けて浄化した。ソル神は昼間を、ルナ神は夜を受け持った。

このたび、あこがれ騎士さまの妻になりました。

若松だんご
恋愛
 「リリー。アナタ、結婚なさい」  それは、ある日突然、おつかえする王妃さまからくだされた命令。  まるで、「そこの髪飾りと取って」とか、「窓を開けてちょうだい」みたいなノリで発せられた。  お相手は、王妃さまのかつての乳兄弟で護衛騎士、エディル・ロードリックさま。  わたしのあこがれの騎士さま。  だけど、ちょっと待って!! 結婚だなんて、いくらなんでもそれはイキナリすぎるっ!!  「アナタたちならお似合いだと思うんだけど?」  そう思うのは、王妃さまだけですよ、絶対。  「試しに、二人で暮らしなさい。これは命令です」  なーんて、王妃さまの命令で、エディルさまの妻(仮)になったわたし。  あこがれの騎士さまと一つ屋根の下だなんてっ!!  わたし、どうなっちゃうのっ!? 妻(仮)ライフ、ドキドキしすぎで心臓がもたないっ!!

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

歴史から消された皇女〜2人の皇女の願いが叶うまで終われない〜

珠宮さくら
恋愛
ファバン大国の皇女として生まれた娘がいた。 1人は生まれる前から期待され、生まれた後も皇女として周りの思惑の中で過ごすことになり、もう1人は皇女として認められることなく、街で暮らしていた。 彼女たちの運命は、生まれる前から人々の祈りと感謝と願いによって縛られていたが、彼らの願いよりも、もっと強い願いをかけていたのは、その2人の皇女たちだった。

変態婚約者を無事妹に奪わせて婚約破棄されたので気ままな城下町ライフを送っていたらなぜだか王太子に溺愛されることになってしまいました?!

utsugi
恋愛
私、こんなにも婚約者として貴方に尽くしてまいりましたのにひどすぎますわ!(笑) 妹に婚約者を奪われ婚約破棄された令嬢マリアベルは悲しみのあまり(?)生家を抜け出し城下町で庶民として気ままな生活を送ることになった。身分を隠して自由に生きようと思っていたのにひょんなことから光魔法の能力が開花し半強制的に魔法学校に入学させられることに。そのうちなぜか王太子から溺愛されるようになったけれど王太子にはなにやら秘密がありそうで……?! ※適宜内容を修正する場合があります

処理中です...