拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~

藤原ライラ

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第一部:私だけの物語

45.添えられた言葉

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「書類を持って来させよう。構わないね?」
「はい」

 アラン様が侍女の一人に命じる。すぐに一枚の羊皮紙とペンが届けられて、テーブルの上に広げられた。

 婚約証明書だ。これに互いの名前を書いて国王陛下に提出し、三ヶ月の婚約期間をおけば私とアラン様は晴れて夫婦の身となる。アラン様はいつからこれを用意していたのだろう。

 先にアラン様が名前を書く。さらさらと、ペンを羊皮紙に走らせる音がする。

「嬉しいな。あなたのような人と一生をともにできるだなんて」

 次に私が署名をする番になる。
 この時はじめて、私はアラン様の字を見た。

 違う。

 一目見てそう感じた。

 流れるような美しい筆致だった。けれど少しだけ末尾を跳ね上げる書き癖がある。
 だって穴が開くほど何度も何度も読み返したのだ。私がキット様の字を見間違えるはずがない。

「キャロル?」

 ペンを取ったまま微動だにしない私を見て、アラン様がそっと立ち上がる。そのまま顔を覗き込んでくる。

 ――明日の貴女あなたが幸せでありますように。

「明日の」
 手紙の最後に添えられた言葉。

「アラン様は、明日の私の幸せを願ってくださいますか」

 唐突な問いかけにも、彼は動じたりしなかった。ぴたりと頬に手が触れる。

「明日のことなんて、今は忘れてしまえばいい」

 この手はきっと、望んだ明日を手に入れられる手だろう。それだけの大きさと強さを持った手だ。

「私を見て、キャロル」
 深い森のような瞳。その目に映るのは、真摯な愛情だけだった。

「今日のあなたを、必ず幸せにすると誓うよ」

 これに身を任せれば、どれだけ幸せになれるだろうと思った。
 けれど同時に、決してそうすることはできないのだと悟った。

 何も言わずに私はただ彼を見つめ返した。それだけで十分だった。

「私は少し、あなたを侮っていたようだ」

 アラン様は一つ息を吐いて、自嘲したように笑った。そして、広げていた羊皮紙をびりっと半分に割いた。
 これではもう、この紙は何の意味も成さないだろう。

「嘘を吐いて悪かったね。試したつもりはなかったんだけれど」

 私の向かいの椅子に腰を下ろして、アラン様は頬杖をついた。ちらりと、ただの紙切れになった羊皮紙を見遣る。

「いえ、私も嘘を吐きました」

 謝らなければいけないのは私の方だ。

「私の話を聞いて頂けますか」
「もちろん」

 私はずっと、嘘を吐いていた。
 アラン様にも。
 そして、私自身にも。
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