拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~

藤原ライラ

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第一部:私だけの物語

46.私の話

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「好きな人が、いたんです」

「うん」
 アラン様は取り立てて何か口を挟むことはない。静かに相槌を打ってくれるだけだ。

「小さい頃からそばにいてくれた人で、大切な幼馴染でした」

 口にしてみれば、たったそれだけのことだ。けれど、認めるのは随分と勇気がいることだった。

 あまりにもそばにいたから、気づくのに時間がかかった。
 そして気づいてしまったら、この関係が壊れるのが恐ろしくなった。だからずっと心の奥に隠していた。
 まるで一番大切な手紙を、文箱の底に仕舞い込んでしまうみたいに。

「それは、ラザフォード侯のことかな」

 温かみのある橄欖色の目。この目は本当に、なんでもお見通しのようだ。
 私は頷いた。

「私は、彼と自分は釣り合わないって、ずっと思っていました」

 クリスの背が伸びて、私との差が開くほど、そう感じざるを得なかった。彼はちゃんとした侯爵家のご令息で、私は没落寸前だ。

「だから、ほかの人を好きになれば忘れられるかと思ったんです」

 誰もが誰も、好きな人と結婚できるわけではない。それくらいの分別はある。
 だから、その相手は文通の相手であっても婚約を申し込んでくれた人であっても、誰でもよかった。
 クリスでないなら、誰だって同じだと思ったから。

「私は、あなたを利用しました。でも忘れられませんでした」

 何を見てもクリスを思い出した。そんなつもりはないのに、彼と比べてしまう。それぐらい私の中でクリスは多くの事柄と結びついていた。そのことを、自覚させられた。

「申し訳、ありませんでした」

 心に誰かを置いたまま他の誰かと付き合うことは、きっと不貞に等しい。謝って許されることではないだろう。それぐらいひどいことをした。

「何も謝ることじゃない」
 アラン様はそっと手を伸ばしてきて、私の頭をぽんぽんと撫でた。

「あなたがラザフォード侯を好いているのは最初から分かっていたよ」
「えっ」

 私が目を瞬くと、アラン様は得意げに片方だけ口角を上げてみせた。

「見ればすぐに分かるよ。あなたの目はずっと彼を追っていたから」

 頬に血が上って、かっと熱くなる。私の態度はそんなにもあからさまだっただろうか。

「もっとも、あなただけ、ということもないけどね。向こうも相当に分かりやすいし」
「それは、どういうことですか?」
「だからラザフォード侯は苦労するということさ」

 前にも似たようなことを喫茶で言われた。その時もこうしてはぐらかされた。

「私はそれを知った上であなた達の間に割り込んだ。こういうことをする者は馬に蹴られても仕方がないと昔から言われている。あなたが気にするようなことはなにもないよ」

 そういうことわざがあるのは知っているけれど。アラン様が言った言葉の意味が分からない。私が首を傾げてもアラン様はなんとでも取れる笑みを浮かべるばかりだ。

「ここから先は他人が言ってはいけないことだから。気になるならご本人にお聞きしてくれ」

 ご本人。つまり、クリスに聞くしかないということか。
 果たして真正面から尋ねて彼は教えてくれるだろうか。

「それでは、お姫様を騎士ナイトのところに帰さないとね」
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