拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~

藤原ライラ

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第一部:私だけの物語

51.十六歳の私

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「いったあ」

「大丈夫? これ以上ぼんやりするようになったら日常生活に支障があると思うけど」

 誰のせいでこんなことになったと思っているのか。当の本人はいけしゃあしゃあとそんなことを言う。

 クリスは薄桃色の便箋を手に、長い足を持て余すようにして机にもたれかかっていた。

 じんじん痛む頭を押さえて覗き込めば、見慣れた自分の字が便箋の上で躍っていた。
 けれど、今より大分字が幼い。

「『お休みに帰ってくる時にはぜひ教えてくださいね。早くあなたに会いたいです』」

 クリスが持っていたのは、一通だけではない。
 色とりどりの封筒と何通もの便箋が、彼の手の中にあった。

「これは……」

「おれが寮にいる間に、あんたが書いていた手紙」

 おぼろげながら記憶はある。
 書き始めたのはいいけれど、どうしようもなく恥ずかしくなってしまったのだ。あんなに気安く話していた幼馴染相手に、改まって手紙を書くことに。

「これ、どこで見つけたの?」

 結局途中まで書いたはいいが、出さなかったことは覚えている。せっかく選んだ便箋がもったいなくて、捨てられなかったことも。

「借りた本の函に入っていた。九巻目に」

「あっ」
 クリスが寮にいたあの頃、ちょうど読んでいたのは九巻だ。そうか、そんなところにあったのか。

「その、見せてくれる?」

 何も言わずに、クリスはすっと便箋を差し出してきた。

 そこに、十六歳の私がいた。

『庭のお花、あなたが描いたらきっと素敵だと思います』
『寒くなってきましたね。風邪をひいたりしていませんか』
『昨日の満月がとてもきれいでした。あなたのところからも見えたでしょうか』

 手紙と呼ぶにはつたなすぎる。ほとんど日記のような、他愛のない内容だ。こんな手紙、もらったってクリスもきっと困ったに違いない。

「おれは、あんたが本当にオースティン卿が好きなら、もうしょうがないって思ってた。どう考えても勝ち目もないしな」

 切れ長の目元がふっとやわらかくなる。もたれかかっている分だけ、今はクリスの方が目線が低い。小さい頃のように、青い瞳が私を見上げてくる。

「でも、これを読んで気が変わった」
 水色の便箋をひらりと振って、クリスは笑った。

 ああ、そうだ。
 あんなに傷つけてしまったのに、彼はまた私に会いに来てくれた。そのきっかけがこの手紙だったのか。

 出せなかった手紙が、あの頃の私が、クリスをここまで連れてきてくれた。

「『何でもない時に誰かの顔が浮かんでくるのは、その人が大事な人だから』なんだろ?」

 花を見ても、月を見ても、思い出してしまうほどに。

「キャロライン」
 大きな手がこちらに伸びてくる。

「教えてよ、本当はおれのこと、どう思ってるのか」
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