拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~

藤原ライラ

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第一部:私だけの物語

50.生まれた理由

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 私でさえこれだけ窮屈なのだ。あれだけ背が伸びた彼はもう、ここには入れないだろう。ただ机の前に立っている。

 やっと分かった。

 ――明日の貴女あなたが幸せでありますように。

 あの言葉をくれた人。私の幸せを、ずっと願ってくれる人。

「……クリスがキット様だったんだね」
 机の上で、困ったように笑う気配がした。

「気付くのが遅すぎるんだよ」

「うん、遅くなってごめん」

 けれど、私だけが悪いということはないと思う。

「だって、クリスがあんなきれいな字を書けるだなんて思ってなかったから」

 あのサインとは似ても似つかない字だったと言えば、「ああいうのは読めないように書くのがいんだよ」とクリスは笑った。そういうものなのだろうか。

「おれはなにも嘘は書いてない。あんたが勝手に妄想を繰り広げて、素敵なおじ様だとか盛り上がっていただけ」

 そう、思えば手紙の内容に嘘は何一つなかったのだ。

 絵を描くのが好きで、湖の近くの別荘を持っている、高位貴族の男性。
 クリスはその全てにきちんと当てはまる。

「あんなに分かりやすく便箋まで買ったのにさ、全っ然気づかないんだから。本当、どうしようかと思ったよ」

 けれどどうしてこんな、もったいぶったことをしたのだろう。

「なんで、教えてくれなかったの?」
 文通がしたいのなら、そう言ってくれればよかったのに。

「あんたはおれのこと、弟みたいなものとしか見てなかっただろ」

 ぶっきらぼうに吐き捨てるように、クリスは言った。

「いつまで経っても、あんたにとっておれは、ライナスの延長みたいなもので。それがずっと嫌だった」

 いつも淀みなく言葉を紡ぐ彼には珍しく、ぽつりぽつりと、こぼれ落ちる様に話した。時折照れ隠しのように、ブーツの爪先が床を叩く。

「だから、年下だとか幼馴染だとか、今までの関係性を全部取っ払って、ただのおれとしてあんたと関われたら。そしたら、何か変えられるかなって、そう思ったんだ」

 それが、キット様が生まれた理由。
 思えば、手紙の中の彼はとても素直だった。思いのままを真っ直ぐに伝えてくれた。

「まあでも、おれも気付かなかったからおあいこだな」

 ぱさりと何かを広げる音がする。

「『親愛なるクリストファー様。寮生活には慣れましたか? 私は変わりなく過ごしています。庭の芍薬の花が咲いて、とてもきれいです』」

 打って変わって朗々とした声が、何かを読み上げ始める。
 なんだ、これは。

「えっ、ちょっとそれ何!?」 

 慌てて机の下から出ようとしたら、したたか頭をぶつけた。やはりいい年をしてこんなところに潜り込むべきではなかった。
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