49 / 91
第一部:私だけの物語
49.ずっと一緒だよ
しおりを挟む
年下の幼馴染の前で、私はひどく“お姉さん”を演じていた節があった。なんでも知っているフリをして、強引に手を引いて、振り回していた。
こんな惨めな私を、クリスには見られたくなかった。誤魔化すように、必死でごしごしと手の甲で涙を拭った。
『そんなふうにしちゃ、だめだよ』
子供の手が私の頬に伸びてくる。その指は、そっと涙を拭ってくれた。
そのあたたかさに触れたらもう、だめだった。涙があとからあとから溢れて止まらない。
ぎこちない手つきで、頭に手が伸びてくる。
私がよくそうしたように、クリスは髪を撫でてくれた。
『悲しいことがあった時は、ないてもいいと思う』
『くり、す……』
自分よりも一回りは小さな背に縋りつく。そうしていないと自分が保てなくなりそうだった。
いきなりのことで彼も驚いたはずだ。けれど、クリスは私を振りほどくようなことはしなかった。
『明日が来るのがね、こわいんだ』
だって、昨日までは何も変わらなかったのに。ちゃんと幸せだったのに。目を閉じてまた開けたら、世界は変わってしまった。
未知のきらめきに溢れていた明日が途端に、ぽっかりと口を開けている闇のように見えて、踏み出すのが恐ろしくなった。
『ずっと今日のままでいられたらいいのに』
そうすれば、こんな悲しい思いをしなくていいのに。ずっと、楽しい思い出の中にいたかった。
『それは、だめだよ』
澄んだ青い瞳は、私の我儘を静かに、けれど強く退けた。
『僕は大人になりたいから。だから、明日が来ないといやだ』
きゅっと、クリスは私の手を握る。
『怖いのなら、僕が幸せな明日を祈るよ』
ああ、どうしてこんな大切なことを忘れていられたんだろう。
いや、違う。忘れていたんじゃない。
『何年だって、何十年だって、キャロの幸せを願うから。だから、そんなこと言わないで』
これは私の根底にあるものだから。思い出すこともないぐらい、深く結びついていたから。だからだ。
『ねえ、クリス』
『なあに』
『じゃあ、クリスはずっと、私と一緒にいてくれる?』
もう嫌だったのだ。自分の前から誰かがいなくなってしまうのが。
『うん、いるよ』
決して大きな力強い手ではない。それでも、確かな命綱のように私を繋ぎ止めてくれた。
『僕がずっとキャロのそばにいる。ずっと一緒だよ』
アラン様の言った通りだ。
ちゃんと一番近くに、私の青い鳥はいたのだ。
私がそう願ったから。だから、彼は応えてくれた。
また、足音がする。今度は、しっかりとしたブーツの音だ。
そうだ。彼はいつも、私を見つけてくれる。
呆れたような溜息の後に、クリスは言う。
「あんたはいつもそこにいるね」
こんな惨めな私を、クリスには見られたくなかった。誤魔化すように、必死でごしごしと手の甲で涙を拭った。
『そんなふうにしちゃ、だめだよ』
子供の手が私の頬に伸びてくる。その指は、そっと涙を拭ってくれた。
そのあたたかさに触れたらもう、だめだった。涙があとからあとから溢れて止まらない。
ぎこちない手つきで、頭に手が伸びてくる。
私がよくそうしたように、クリスは髪を撫でてくれた。
『悲しいことがあった時は、ないてもいいと思う』
『くり、す……』
自分よりも一回りは小さな背に縋りつく。そうしていないと自分が保てなくなりそうだった。
いきなりのことで彼も驚いたはずだ。けれど、クリスは私を振りほどくようなことはしなかった。
『明日が来るのがね、こわいんだ』
だって、昨日までは何も変わらなかったのに。ちゃんと幸せだったのに。目を閉じてまた開けたら、世界は変わってしまった。
未知のきらめきに溢れていた明日が途端に、ぽっかりと口を開けている闇のように見えて、踏み出すのが恐ろしくなった。
『ずっと今日のままでいられたらいいのに』
そうすれば、こんな悲しい思いをしなくていいのに。ずっと、楽しい思い出の中にいたかった。
『それは、だめだよ』
澄んだ青い瞳は、私の我儘を静かに、けれど強く退けた。
『僕は大人になりたいから。だから、明日が来ないといやだ』
きゅっと、クリスは私の手を握る。
『怖いのなら、僕が幸せな明日を祈るよ』
ああ、どうしてこんな大切なことを忘れていられたんだろう。
いや、違う。忘れていたんじゃない。
『何年だって、何十年だって、キャロの幸せを願うから。だから、そんなこと言わないで』
これは私の根底にあるものだから。思い出すこともないぐらい、深く結びついていたから。だからだ。
『ねえ、クリス』
『なあに』
『じゃあ、クリスはずっと、私と一緒にいてくれる?』
もう嫌だったのだ。自分の前から誰かがいなくなってしまうのが。
『うん、いるよ』
決して大きな力強い手ではない。それでも、確かな命綱のように私を繋ぎ止めてくれた。
『僕がずっとキャロのそばにいる。ずっと一緒だよ』
アラン様の言った通りだ。
ちゃんと一番近くに、私の青い鳥はいたのだ。
私がそう願ったから。だから、彼は応えてくれた。
また、足音がする。今度は、しっかりとしたブーツの音だ。
そうだ。彼はいつも、私を見つけてくれる。
呆れたような溜息の後に、クリスは言う。
「あんたはいつもそこにいるね」
88
あなたにおすすめの小説
白詰草は一途に恋を秘め、朝露に濡れる
瀬月 ゆな
恋愛
ロゼリエッタは三歳年上の婚約者クロードに恋をしている。
だけど、その恋は決して叶わないものだと知っていた。
異性に対する愛情じゃないのだとしても、妹のような存在に対する感情なのだとしても、いつかは結婚して幸せな家庭を築ける。それだけを心の支えにしていたある日、クロードから一方的に婚約の解消を告げられてしまう。
失意に沈むロゼリエッタに、クロードが隣国で行方知れずになったと兄が告げる。
けれど賓客として訪れた隣国の王太子に付き従う仮面の騎士は過去も姿形も捨てて、別人として振る舞うクロードだった。
愛していると言えなかった騎士と、愛してくれているのか聞けなかった令嬢の、すれ違う初恋の物語。
他サイト様でも公開しております。
イラスト 灰梅 由雪(https://twitter.com/haiumeyoshiyuki)様
【完結】彼を幸せにする十の方法
玉響なつめ
恋愛
貴族令嬢のフィリアには婚約者がいる。
フィリアが望んで結ばれた婚約、その相手であるキリアンはいつだって冷静だ。
婚約者としての義務は果たしてくれるし常に彼女を尊重してくれる。
しかし、フィリアが望まなければキリアンは動かない。
婚約したのだからいつかは心を開いてくれて、距離も縮まる――そう信じていたフィリアの心は、とある夜会での事件でぽっきり折れてしまった。
婚約を解消することは難しいが、少なくともこれ以上迷惑をかけずに夫婦としてどうあるべきか……フィリアは悩みながらも、キリアンが一番幸せになれる方法を探すために行動を起こすのだった。
※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています。
【完結】君を迎えに行く
とっくり
恋愛
顔だけは完璧、中身はちょっぴり残念な侯爵子息カインと、
ふんわり掴みどころのない伯爵令嬢サナ。
幼い頃に婚約したふたりは、静かに関係を深めていくはずだった。
けれど、すれ違いと策略により、婚約は解消されてしまう。
その別れが、恋に鈍いカインを少しずつ変えていく。
やがて彼は気づく。
あの笑顔の奥に、サナが隠していた“本当の想い”に――。
これは、不器用なふたりが、
遠回りの先で見つけた“本当の気持ち”を迎えに行く物語
大好きなあなたを忘れる方法
山田ランチ
恋愛
あらすじ
王子と婚約関係にある侯爵令嬢のメリベルは、訳あってずっと秘密の婚約者のままにされていた。学園へ入学してすぐ、メリベルの魔廻が(魔術を使う為の魔素を貯めておく器官)が限界を向かえようとしている事に気が付いた大魔術師は、魔廻を小さくする事を提案する。その方法は、魔素が好むという悲しい記憶を失くしていくものだった。悲しい記憶を引っ張り出しては消していくという日々を過ごすうち、徐々に王子との記憶を失くしていくメリベル。そんな中、魔廻を奪う謎の者達に大魔術師とメリベルが襲われてしまう。
魔廻を奪おうとする者達は何者なのか。王子との婚約が隠されている訳と、重大な秘密を抱える大魔術師の正体が、メリベルの記憶に導かれ、やがて世界の始まりへと繋がっていく。
登場人物
・メリベル・アークトュラス 17歳、アークトゥラス侯爵の一人娘。ジャスパーの婚約者。
・ジャスパー・オリオン 17歳、第一王子。メリベルの婚約者。
・イーライ 学園の園芸員。
クレイシー・クレリック 17歳、クレリック侯爵の一人娘。
・リーヴァイ・ブルーマー 18歳、ブルーマー子爵家の嫡男でジャスパーの側近。
・アイザック・スチュアート 17歳、スチュアート侯爵の嫡男でジャスパーの側近。
・ノア・ワード 18歳、ワード騎士団長の息子でジャスパーの従騎士。
・シア・ガイザー 17歳、ガイザー男爵の娘でメリベルの友人。
・マイロ 17歳、メリベルの友人。
魔素→世界に漂っている物質。触れれば精神を侵され、生き物は主に凶暴化し魔獣となる。
魔廻→体内にある魔廻(まかい)と呼ばれる器官、魔素を取り込み貯める事が出来る。魔術師はこの器官がある事が必須。
ソル神とルナ神→太陽と月の男女神が魔素で満ちた混沌の大地に現れ、世界を二つに分けて浄化した。ソル神は昼間を、ルナ神は夜を受け持った。
このたび、あこがれ騎士さまの妻になりました。
若松だんご
恋愛
「リリー。アナタ、結婚なさい」
それは、ある日突然、おつかえする王妃さまからくだされた命令。
まるで、「そこの髪飾りと取って」とか、「窓を開けてちょうだい」みたいなノリで発せられた。
お相手は、王妃さまのかつての乳兄弟で護衛騎士、エディル・ロードリックさま。
わたしのあこがれの騎士さま。
だけど、ちょっと待って!! 結婚だなんて、いくらなんでもそれはイキナリすぎるっ!!
「アナタたちならお似合いだと思うんだけど?」
そう思うのは、王妃さまだけですよ、絶対。
「試しに、二人で暮らしなさい。これは命令です」
なーんて、王妃さまの命令で、エディルさまの妻(仮)になったわたし。
あこがれの騎士さまと一つ屋根の下だなんてっ!!
わたし、どうなっちゃうのっ!? 妻(仮)ライフ、ドキドキしすぎで心臓がもたないっ!!
【完結】愛とは呼ばせない
野村にれ
恋愛
リール王太子殿下とサリー・ペルガメント侯爵令嬢は六歳の時からの婚約者である。
二人はお互いを励まし、未来に向かっていた。
しかし、王太子殿下は最近ある子爵令嬢に御執心で、サリーを蔑ろにしていた。
サリーは幾度となく、王太子殿下に問うも、答えは得られなかった。
二人は身分差はあるものの、子爵令嬢は男装をしても似合いそうな顔立ちで、長身で美しく、
まるで対の様だと言われるようになっていた。二人を見つめるファンもいるほどである。
サリーは婚約解消なのだろうと受け止め、承知するつもりであった。
しかし、そうはならなかった。
変態婚約者を無事妹に奪わせて婚約破棄されたので気ままな城下町ライフを送っていたらなぜだか王太子に溺愛されることになってしまいました?!
utsugi
恋愛
私、こんなにも婚約者として貴方に尽くしてまいりましたのにひどすぎますわ!(笑)
妹に婚約者を奪われ婚約破棄された令嬢マリアベルは悲しみのあまり(?)生家を抜け出し城下町で庶民として気ままな生活を送ることになった。身分を隠して自由に生きようと思っていたのにひょんなことから光魔法の能力が開花し半強制的に魔法学校に入学させられることに。そのうちなぜか王太子から溺愛されるようになったけれど王太子にはなにやら秘密がありそうで……?!
※適宜内容を修正する場合があります
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる