33 / 192
9.資料館
4.尊重しあうこと
しおりを挟む
里美は、ひいちゃんとの最後の旅行を思い返していた。あれから1年以上が経つ。結局福島旅行が最後となって、沖縄には行けずじまいだ。
当時は、あまりにショッキングな戦争の現実を知って、意識的に思い出さないようにしていた。当然だ。思春期の多感な年ごろに、平然と人が殺される世界を垣間見たのだから。
子供と大人の狭間で心が不安定だったから、虐殺の被害者に起こった悲劇がまるで自分に降りかかったかのようにも感じられた。夢にまで見るほど怖かった。
そのせいだろうか、陸に会うまで、あの旅行の記憶は、会津のホテルに行ってからのことしか覚えていなかった。超豪華ホテルで、ひいちゃんと露天風呂に入って、高級懐石料理に舌鼓をうった思い出だ。
陸と話していると、自分が目指していた社会性(というか対人関係)が少し間違っているように思える。
里美から見て陸は、他人との差異を気にしている様子は無かった。自分もアメリカで培った多様性を信じているが、独立独歩で自己主張せよ、と言う自己暗示にかかっていたように感じる。結果として、少し排他的になっていたかもしれない。
陸も、戦争のことはほとんど知らない。漠然と日本が悪かった、と思っている。里美もそうだが、何が悪かったのかは知らない。
「もし、好きな人ができて意見が合わなかったら、やっぱり別れる?」里美は陸に訊いてみた。
「限度はあると思うけど、なんとか2人で何かを考えるかな? でも、こちらの方が折れちゃうかも」
「何かって何?」
「お互いにたくさん意見を出し合って、他の解決方法を考えるとか。
変な例えだけど、赤いカーテンを買うか青いカーテンを買うか争っていたら、緑を考えてみるとか、リバーシブルにするとか」
子供みたいな意見だと、里美は思った。
「どうしても赤がいいって言ったら、どうする? 彼女は赤しか認めないの。私だったら譲らないかも、絶対に赤にしたい」
「論理的な理由があるのなら折れるし、家具に合わないと思えば別の赤を提案してみる。そしたら、また楽しいかも」
「どうして?」
「出かける楽しみができるじゃん。カーテン探しの旅に出て、一緒に食事して帰ってくる」
そういう考えもあるのか。里美は少し感心した。仲を壊しかねない事態も、視点を変えれば楽しいデートの理由になり得る。
何かに気が付いたように陸が笑う。
「買いもしないのに家具展示場に行ったり、戸建てや分譲の見学デートもいいかも。主目的はご飯だけど」
戸建てののぼりを見つけて指を指し、そう陸が言う。
思わず里美は吹き出した。
「冷やかしじゃん」
2人してゲラゲラ笑った。何でもないことだったけれど妙におかしい。今までにない考えに触れたからだろうか、少しムズかゆい感じがする、と里美は思った。
「じゃあ、オシャレなホテルに泊まる旅行でもいいね」
里美が見上げると、陸が微笑みを返す。
「ホテルでのんびり過ごすの? 備品体験。優雅だなぁ、観光せずにのんびりするなんて、ヨーロッパのセレブみたいだな」
陸は、なんの気なしにそう答える。でも里美は、意味を込めていた。陸となら上下関係を作らずに一緒に過ごせる、と思った。
当時は、あまりにショッキングな戦争の現実を知って、意識的に思い出さないようにしていた。当然だ。思春期の多感な年ごろに、平然と人が殺される世界を垣間見たのだから。
子供と大人の狭間で心が不安定だったから、虐殺の被害者に起こった悲劇がまるで自分に降りかかったかのようにも感じられた。夢にまで見るほど怖かった。
そのせいだろうか、陸に会うまで、あの旅行の記憶は、会津のホテルに行ってからのことしか覚えていなかった。超豪華ホテルで、ひいちゃんと露天風呂に入って、高級懐石料理に舌鼓をうった思い出だ。
陸と話していると、自分が目指していた社会性(というか対人関係)が少し間違っているように思える。
里美から見て陸は、他人との差異を気にしている様子は無かった。自分もアメリカで培った多様性を信じているが、独立独歩で自己主張せよ、と言う自己暗示にかかっていたように感じる。結果として、少し排他的になっていたかもしれない。
陸も、戦争のことはほとんど知らない。漠然と日本が悪かった、と思っている。里美もそうだが、何が悪かったのかは知らない。
「もし、好きな人ができて意見が合わなかったら、やっぱり別れる?」里美は陸に訊いてみた。
「限度はあると思うけど、なんとか2人で何かを考えるかな? でも、こちらの方が折れちゃうかも」
「何かって何?」
「お互いにたくさん意見を出し合って、他の解決方法を考えるとか。
変な例えだけど、赤いカーテンを買うか青いカーテンを買うか争っていたら、緑を考えてみるとか、リバーシブルにするとか」
子供みたいな意見だと、里美は思った。
「どうしても赤がいいって言ったら、どうする? 彼女は赤しか認めないの。私だったら譲らないかも、絶対に赤にしたい」
「論理的な理由があるのなら折れるし、家具に合わないと思えば別の赤を提案してみる。そしたら、また楽しいかも」
「どうして?」
「出かける楽しみができるじゃん。カーテン探しの旅に出て、一緒に食事して帰ってくる」
そういう考えもあるのか。里美は少し感心した。仲を壊しかねない事態も、視点を変えれば楽しいデートの理由になり得る。
何かに気が付いたように陸が笑う。
「買いもしないのに家具展示場に行ったり、戸建てや分譲の見学デートもいいかも。主目的はご飯だけど」
戸建てののぼりを見つけて指を指し、そう陸が言う。
思わず里美は吹き出した。
「冷やかしじゃん」
2人してゲラゲラ笑った。何でもないことだったけれど妙におかしい。今までにない考えに触れたからだろうか、少しムズかゆい感じがする、と里美は思った。
「じゃあ、オシャレなホテルに泊まる旅行でもいいね」
里美が見上げると、陸が微笑みを返す。
「ホテルでのんびり過ごすの? 備品体験。優雅だなぁ、観光せずにのんびりするなんて、ヨーロッパのセレブみたいだな」
陸は、なんの気なしにそう答える。でも里美は、意味を込めていた。陸となら上下関係を作らずに一緒に過ごせる、と思った。
0
あなたにおすすめの小説
誰でもイイけど、お前は無いわw
猫枕
恋愛
ラウラ25歳。真面目に勉強や仕事に取り組んでいたら、いつの間にか嫁き遅れになっていた。
同い年の幼馴染みランディーとは昔から犬猿の仲なのだが、ランディーの母に拝み倒されて見合いをすることに。
見合いの場でランディーは予想通りの失礼な発言を連発した挙げ句、
「結婚相手に夢なんて持ってないけど、いくら誰でも良いったってオマエは無いわww」
と言われてしまう。
本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います
<子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。>
両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。
※ 本編完結済。他視点での話、継続中。
※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています
※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります
すべてはあなたの為だった~狂愛~
矢野りと
恋愛
膨大な魔力を有する魔術師アレクサンダーは政略結婚で娶った妻をいつしか愛するようになっていた。だが三年経っても子に恵まれない夫妻に周りは離縁するようにと圧力を掛けてくる。
愛しているのは君だけ…。
大切なのも君だけ…。
『何があってもどんなことをしても君だけは離さない』
※設定はゆるいです。
※お話が合わないときは、そっと閉じてくださいませ。
王妃は涙を流さない〜ただあなたを守りたかっただけでした〜
矢野りと
恋愛
理不尽な理由を掲げて大国に攻め入った母国は、数カ月後には敗戦国となった。
王政を廃するか、それとも王妃を人質として差し出すかと大国は選択を迫ってくる。
『…本当にすまない、ジュンリヤ』
『謝らないで、覚悟はできています』
敗戦後、王位を継いだばかりの夫には私を守るだけの力はなかった。
――たった三年間の別れ…。
三年後に帰国した私を待っていたのは国王である夫の変わらない眼差し。……とその隣で微笑む側妃だった。
『王妃様、シャンナアンナと申します』
もう私の居場所はなくなっていた…。
※設定はゆるいです。
愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。
某国王家の結婚事情
小夏 礼
恋愛
ある国の王家三代の結婚にまつわるお話。
侯爵令嬢のエヴァリーナは幼い頃に王太子の婚約者に決まった。
王太子との仲は悪くなく、何も問題ないと思っていた。
しかし、ある日王太子から信じられない言葉を聞くことになる……。
幸せな番が微笑みながら願うこと
矢野りと
恋愛
偉大な竜王に待望の番が見つかったのは10年前のこと。
まだ幼かった番は王宮で真綿に包まれるように大切にされ、成人になる16歳の時に竜王と婚姻を結ぶことが決まっていた。幸せな未来は確定されていたはずだった…。
だが獣人の要素が薄い番の扱いを周りは間違えてしまう。…それは大切に想うがあまりのすれ違いだった。
竜王の番の心は少しづつ追いつめられ蝕まれていく。
※設定はゆるいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる