愛するということ

緒方宗谷

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9.資料館 

3.当時の日本

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「日本もおんなじようなものだったよ」
 ひいちゃんが静かにゆっくりと、言葉を噛みしめるように語り始めた。
「鬼畜英米って言ってね。イギリス人やアメリカ人を、誰も人間だなんて思っちゃいなかった、鬼や悪魔だと思っていてね。米兵に生きて捕まろうものなら、犯されて食べられてしまう、と本気で思っていたよ。
 現にそれを恐れて投降を拒否して崖から飛び降りたり、手りゅう弾の周り集まって自爆したりしたんだから」
 里美には信じられない話だ。東京が爆撃されたことは知っているし、広島長崎の原爆も知っている。無差別爆撃を受けたという一点においては、被害者である、と思っていた。人種差別の被害者だと。
 ひいちゃんの話を聞く限りは、戦中の日本人もそこそこの差別意識を有していたようだ。
 当時、祖国独立や革命のために、大陸から多くの留学生が日本にやって来ていた。多くの日本人が心血を注いで支援したが、それとは別の多くの日本人は、それほど関心を示していない。中には、中国も東南アジアもゆくゆくは日本領になる、と言っていた者もいた、とひいちゃんは言う。
「関東大震災の時は、日本に住む外国人が井戸に毒を入れたってデマも飛び交って、外国人が襲われる事件もあったよ。
 幸い、善良なお巡りさんが、一升瓶だか桶いっぱいだかの井戸水を飲んで、外国人の無実を晴らしたけれどね」
「日本はナチスみたいなことしたの?」
 恐る恐る訊く里美に、ひいちゃんは笑って言った。
「そんなひどいことはしていないよ、私達を信じておくれ」
「じゃあ、アメリカで言われたことは嘘なのよね?」
「そうだね、さっちゃんから聞く限りでは、とても誇張されているように聞こえるし、中には悪意のある嘘もあるだろうね。
 でも、全く何もなかったわけではないよ、そういう人達の言葉の大もとには、何か種になった真実があるもんさ。事実、日本が植民地を持ったのは間違いないからね」
「うん」
「だから、確かに不愉快かもしれないけれど、売り言葉に買い言葉では何も解決しない。
 そのまま受け入れるわけにはいかないし、何も言わないのもいけないけれど、ケンカ腰の相手に合わせていたら悪口の言い合いになるだけ。それじゃあ、結局戦争の種になるだけだよ」
 里美は、将来英語が活かせる仕事につきたい、と思っていた。外国に行くのは嫌なので、日本で、と思っている。海外赴任となれば、またヘイトの対象になる、と思ったからだ。日本国内にいれば、自分はヘイトの対象にならない。
 だけれども、全くの無知ではいけない、と里美は思った。悪いところは悪いと認めるべきだけれども、間違っているところは間違っている、と言わなければならない。ひいちゃんの為にも。

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