愛するということ

緒方宗谷

文字の大きさ
154 / 192
49.合流

2.工事現場

しおりを挟む
「放して! 何すんのよ!」
 加奈子が怒鳴った。やめてと叫ぶ有紀子のもとに行こうと長髪の手を振りほどこうとするが、全く力が及ばない。格闘技でもやっているのだろうか。とても筋肉質で学校の男子とは異質な存在に思えて恐ろしい。
 無理やりに工事現場のシートの内側に引きずり込まれた2人は、セメント袋が積まれているところに押し倒された。
「ちょっと何すんのよ! こんなことしてタダで済むなんて思わないでよね!」
 叫ぶ加奈子を見下ろす長髪が、ほくそ笑みながら勝ち誇ったように言う。
「下手に出てりゃ調子に乗りやがって。つけあがってんじゃねーぞ」
「俺はこっちの女な」
 眉を漢字の八の字にしたキノコ頭はそう言って、涙ぐんだ有紀子を見下ろす。快く有紀子を譲った長髪が言った。
「じゃあ、俺こっちな」
 絶体絶命のピンチに加奈子は顔を強張らせながらも、どうすれば逃げ出せるか考えていた。三方はオフィスビルに囲まれている。電気はついていない。誰もいないようだ。叫んでも助けは来ないだろう。
 陸は辺りを見渡しながら、工事現場の前の道を歩いていた。顔はよく見えなかった。だが、陸は一瞬の間に加奈子と有紀子だと確信した。そして考えるより先に咄嗟に走り出して、ここまで来た。
「ヤダ‼ やめてよ‼」「や―‼ 助けて加奈‼」加奈子と有紀子が叫ぶ。
 男達が2人に馬乗りになって、抵抗する両腕を抑え込もうとしていたちょうどその時、ズザザ、という砂利を踏みしめる音がした。
「ぐはっ‼」
 キノコ頭が顔を歪めて砂利の上に転げた。
 キノコ頭の右わき腹をトゥキックで蹴り上げた陸に、長髪が「何だテメー⁉」と凄んで怒鳴る。
 それを一瞥もせずに無視した陸が、有紀子の傍らに膝をついた。
「大丈夫か、有紀子」
「陸君……」
 抵抗した時に外れたリボンが落ち、ポニーテールがハラハラと解かれた。
 恐怖と安堵が入り交じってどうしようもなかった有紀子は、泣いてしまいたかった。水晶玉の中で荒れ狂う嵐の中の海の様になった感情を包んで慰めてほしかった。だが、一瞬にして現実に引き戻されて、咄嗟に叫ぶ。
「危ない! 陸君」
「何すんだ‼ 殺すぞ‼」
 鼻を震わせた声が響く。
 有紀子の方を向いていた陸が振り返るや否や、キノコ頭が鉄パイプを振り下ろす。
「うらぁ‼」
 鈍い音が鳴り響いた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

王妃は涙を流さない〜ただあなたを守りたかっただけでした〜

矢野りと
恋愛
理不尽な理由を掲げて大国に攻め入った母国は、数カ月後には敗戦国となった。 王政を廃するか、それとも王妃を人質として差し出すかと大国は選択を迫ってくる。 『…本当にすまない、ジュンリヤ』 『謝らないで、覚悟はできています』 敗戦後、王位を継いだばかりの夫には私を守るだけの力はなかった。 ――たった三年間の別れ…。 三年後に帰国した私を待っていたのは国王である夫の変わらない眼差し。……とその隣で微笑む側妃だった。 『王妃様、シャンナアンナと申します』 もう私の居場所はなくなっていた…。 ※設定はゆるいです。

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

18年愛

俊凛美流人《とし・りびると》
恋愛
声を失った青年と、かつてその声に恋をしたはずなのに、心をなくしてしまった女性。 18年前、東京駅で出会ったふたりは、いつしかすれ違い、それぞれ別の道を選んだ。 そして時を経て再び交わるその瞬間、止まっていた運命が静かに動き出す。 失われた言葉。思い出せない記憶。 それでも、胸の奥ではずっと──あの声を待ち続けていた。 音楽、記憶、そして“声”をめぐる物語が始まる。 ここに、記憶に埋もれた愛が、もう一度“声”としてよみがえる。 54話で完結しました!

【完結】時計台の約束

とっくり
恋愛
あの日、彼は約束の場所に現れなかった。 それは裏切りではなく、永遠の別れの始まりだった――。 孤児院で出会い、時を経て再び交わった二人の絆は、すれ違いと痛みの中で静かに崩れていく。 偽りの事故が奪ったのは、未来への希望さえも。 それでも、彼を想い続ける少女の胸には、小さな命と共に新しい未来が灯る。 中世異世界を舞台に紡がれる、愛と喪失の切ない物語。 ※短編から長編に変更いたしました。

某国王家の結婚事情

小夏 礼
恋愛
ある国の王家三代の結婚にまつわるお話。 侯爵令嬢のエヴァリーナは幼い頃に王太子の婚約者に決まった。 王太子との仲は悪くなく、何も問題ないと思っていた。 しかし、ある日王太子から信じられない言葉を聞くことになる……。

誰でもイイけど、お前は無いわw

猫枕
恋愛
ラウラ25歳。真面目に勉強や仕事に取り組んでいたら、いつの間にか嫁き遅れになっていた。 同い年の幼馴染みランディーとは昔から犬猿の仲なのだが、ランディーの母に拝み倒されて見合いをすることに。 見合いの場でランディーは予想通りの失礼な発言を連発した挙げ句、 「結婚相手に夢なんて持ってないけど、いくら誰でも良いったってオマエは無いわww」 と言われてしまう。

処理中です...