猫のモモタ

緒方宗谷

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モモタとママと虹の架け橋

第五十話 みんなは今を見ない。過去の行いを見る

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 既に秋が終わって冬が到来していました。山には小雪が舞っています。キキは知る由もありませんでしたが、今年の冬は暖冬でした。平年でしたら既に積もっている雪が、まだほとんど積もっていないのです。
 それでもここよりだいぶ南の地方出身のキキにとって、とても寒い季節でした。

 凍てつく空気は羽を貫き、肌を劈き、骨身にしみてくるほどです。吸い込む冷気は鼻の奥に突き刺さるようでした。細胞一つ一つが寒さに震えてしまって、呼吸することすら困難です。まさに、しばれる(寒い)と言うにふさわしい寒さです。“さむい”と言う発音では言い表しようもない寒さでした。

 キキは早いとこ山鳩を連れて下山したい、と考えていましたが、事はそううまくはいきません。なぜなら、山鳩たちはキキを信じてくれなかったからです。

 キキは、姿を見せない山鳩たちがいるであろう森を見渡してだれに言うわけでもなく言いました。

 「どうして信じてくれないんだい? 僕は本当に困っているんだ。海にいるクジラを助けたいんだよ。僕は君たちを食べやしないから、一緒に海へ行ってほしいんだ」

 何日も何日もキキは、山鳩たちに語りかけ続けました。ですが、山鳩たちは答えません。キキの根気は尽きてきて、ついには嘆くように叫び続けるようになっていました。それでもなお山鳩たちは答えません。

 冬が深まってきました。深夜未明から降り始めた雪は、陽が昇ってからもやむことはありませんでした。葉が落ちた木では、打ちつけるように降る雪から身を隠すことは出来ません。

 キキは、即席で巣を作ることもできなかったので、なるべく枝が多くて、真上に屋根になるような太い枝があって、止り木にするのに適した枝のある木を探し出し、そこで吹雪をやり過ごすことにしました。

 雪荒む一日を耐え抜いたキキは、皆が目覚めて飛び始めるころまで待って、懇願するように言いました。

 「本当に君たちの助けを必要としているんだ。もう海は凍ってしまっただろう。動けなくて困っていたクジラもすでに氷の下だ。いくら海の生き物だと言っても、このまま放っておいたら死んでしまうよ。

  君たちが助けてくれなかったら、僕もここで寒さに凍えて死んでしまう。そんな僕を見捨てるなんてよしておくれ。お願いだから信じて。海を見に行ってくれるだけでもいいんだ。見てくれさえすれば、僕の言うことが本当だったて分かるから」

 キキの目に、遠くの梢の合間を飛ぶ山鳩の影が見えました。キキは行って話を聞いてもらおう、と飛び立ちますが、限界をむかえた体力で凍えきった体を動かすのは至難の業です。上手く翼を羽ばたかせることが出来なくて、キキは地面に落ちてしまいました。

 そんなキキに向かって、どこからともなく高齢のオス山鳩の声が聞こえてきました。

 「オオタカの子供よ。おぬしが何といおうと、我々は出てきやせぬよ。そもそも我々にとっておぬしが言っていることが本当かどうかなんて関係ないからのう。ただただ、わしらはおぬしが信用ならんのじゃ」

 「どうして? 僕の前に出てきても、僕は本当にあなたを食べたりしない。誓って言うよ。もし食べたのなら、僕は僕の爪で喉をかいて死ぬ。一生のお願いだよ」

 言い終わると、辺りは静まり返りました。やや間があって、方々から声が聞こえてきました。

 「見れば見るほど信用ならないよ」
 「明らかに食べる目的ありありじゃないか」
 「みんな、あんな奴なんか信じちゃダメだよ」

 山鳩たちが口々に言います。

 キキが、叫びました。

 「僕のどこが信用ならないって言うんだい? 信用できないところは直すから、どうか出てきて海を見ておくれよ」

 一羽のオス山鳩が言いました。

 「その言葉使いはなんだ? それが誰かにものを頼んでいる言葉か? お前は明らかに僕たちを見下しているよ。どうせごはんなんだから、すぐに食べられろよって思っているんだ。お前はあれだ、狩りが下手なんだろう。だから、こちらから出てくるように促しているんだ」

 キキが、声のする方向に向かって言います。

 「そんなことない。じゃあ僕についてきてくれるだけでもいい。そばによらなくてもいいから海を見に行こう」

 「ウソ決定だな、チャランケ(討論)にもならん」

 「なんで? なんでそうなるの?」

 「言葉使いがおかしいと指摘されているのに、変わらないないのがその証拠だ。頼んでいるふうを装っているだけだから変えないんだ。タカのプライドがあるから、“ごはんであるハトなんかにへりくだってられるか”って気持ちがあるから自ら変えないんだよ」

 キキは、飛んで枝の上にとまりました。

 「お願いします。どうか僕と一緒に海を見にいってください」

 初めて使う敬語でした。山鳩の言う通り、タカのプライドが邪魔してシドロモドロとした言い方でしたが、キキは言いました。

 ですが、オス山鳩は言い放ちました。

 「やだね。敬語なんて嘘でもいえるぞ。今まで仲間たちが、キツネやイタチにうまいこと言われて食われてきたんだ。もう騙されないぞ」

 今度は、メス山鳩が言いました。

 「『絶対食べない』って言っていることだってウソじゃない? この間あなた山鳩食べたじゃない」

 辺りの枝枝に隠れていた山鳩がざわめき始めました。

 「そ・・・それは――」キキは言葉に詰まります。「僕が言いたいのは、クジラを助けるために協力してもらう代わりに食べないってこと―――です。それにはウソはないですから、本当に食べませんよ」

 「おかしなことだわ。普段は山鳩を食べているでしょう? なのに困ったときだけ食べないなんてあるかしら」

 「僕、今お腹すいてないよ」

 「それじゃあ、お腹が空いたら食べるってことね。それに、クジラを助けた後はどうするの? クジラを助けるまではわたしたちの協力が必要だから食べないってことでしょ? なら、助け終わったら協力は必要ないんだから、食べるってことよね」

 「そんなこと絶対しません」

 「じゃあ証明してみせて」

 そう言われたキキは、絶句しました。証明しようなんてありませんから。だってこれから起こることです。起こる前に証明なんてできません。悪魔の証明といわれるものでした。

 キキが黙っていると、また別のオスの声が聞こえます。

 「証明できないんなら、信用ならないってことだよな」

 「そうね」とさっきのメス。「だって今まで山鳩を食べてきたんだから、これからも食べるはずだわ」

 今までしてきたことが、その者の信用を作るのです。山鳩たちにとっては、猛禽は自分たちを食べる存在でした。もちろん、キキも北海道に来てからよく山鳩を食べていましたから、違いはありません。

 キキは、どのような申し開きもできませんでした。

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