猫のモモタ

緒方宗谷

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モモタとママと虹の架け橋

第五十一話 群れを成す者たちの恐ろしさ

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 キキは、雪の積もった枝の上でうつむき悩みました。思いついているのは、“もうこれからは山鳩を食べない。だから信じて”という言葉でしたが、キキには言えません。お腹が空けば、当然山鳩を食べることもあるでしょう。生きているのですから。

 我慢しきれなくなったキキは、ついに泣き出してしまいました。

 「猛禽だからって信じてくれないなんてひどいよ。今日まで何日も僕は山鳩を食べてこなかったのに。山鳩の女の子に指摘されてからずっと。どうしても信用してほしかったんだ。
  見ていたんだから分かるでしょ? ここ数日何も食べてないよ。それなのに、僕は君たちを狩ろうとしないじゃないか」

 知的そうな青年の声が聞こえてきました。

 「それは、私たちが見えていないからでしょう。見つけ次第飛びかかってくるのではありませんか?」

 「そんなことないよ」キキが言います。「君はそこの木の節穴にいるだろう? おんなじ木の5本上の枝に、おじさんがいるよ。そのおじさんが右を見れば、別の木の同じ高さの枝に女の子が三羽いるだろ? 似ているから、たぶん姉妹だ」

 キキは自慢げに言いましたが、逆効果でした。山鳩たちは、みんな居場所がばれている、と震えあがります。言い当てられた三姉妹が泣きだしました。

 慌てたキキが、「ごめん」と何度も謝ります。

 知的山鳩が言いました。

 「それじゃあ、その見た目はなんですか? 鋭利なくちばし犀利な爪は何なのですか? その太い足の力こぶは何なのですか? その力こぶ片方だけで、わたしたち何羽分もあるではありませんか」

 「そんな・・・僕はオオタカだよ。生まれた時からこうなんだよ」

 「そうでしょう。生まれた時から山鳩を食べるているのですからね。その力こぶは、イタチさえも押さえつける力があるでしょうね。そのための力こぶなんですから。その爪は、強く鷹掴みして肉を貫くためにあるのでしょう。痛めつけて傷つけて動けなくして逃がさないために。そのための爪なんですから。そしてそのくちばし、それは獲物を引き裂きついばむためにあるのでしょう。どんな硬い肉でも簡単に裂くために。そのためのくちばしなんですから」

 「今はそのためになんて使わないよ」キキが反論します。

 「でもいつかはそのために使うものです」

 「生まれつきなんだから、仕方ないじゃないか」

 「生まれつき? 仕方ない? そんなことないでしょう。生まれつきなのは鳥であるということだけです。それ以外はあなたが望み、なるべくしてなったのでしょう」 

 「じゃあどうしろって言うの?」キキが訊きます。

 知的山鳩は答えませんでしたが、代わりにがらっぱちな声が聞こえてきました。

 「くちばしを折れよ。爪を引っこ抜けよ。羽も全部抜いてしまえ。つつけなくなってつかめなくなって、飛べなくなったら信じてやるよ」

 多くの山鳩たちが笑いました。

 「そんなこと出来るわけないじゃないか」とキキが言いました。

 「出来ないことないだろ。そのくちばしがあれば、爪なんて簡単にへし折れるだろうよ。逆にその爪があれば、くちばしを削り取れるだろうよ。お前には何でもできるんだぜ」

 別の山鳩が「羽だって自分で抜けるじゃないか」と付け加えます。

 「そうです」と知的山鳩が言いました。「タカに生まれたからといってタカで居続ける必要なないでしょう。今からでもウサギにはなれるでしょう。あなたが本当に信じてほしいと願うならば、持っているくちばしと爪をお捨てなさい」

 「そうだそうだ」とヤジが飛びました。そのヤジを飛ばした一羽が、続けざまに言いました。

 「他の猛禽と一緒にするな? 爪とくちばしの鋭さで判断するな? バカも休み休み言えよ。 自分で望んで持っているんだろ? 持っている以上信用されなくたって仕方ないじゃないか。それをなんだ? 信用しないこっちが悪いみたいに言いやがって」

 知的山鳩が「これからのあなたがどうであれ、今までのあなたは多くの山鳩を食べてきました。そして多くの猛禽が僕たちを捕まえて食べてきました。僕たちを食べない猛禽がいない以上、あなたが信用されないのは身から出たサビなのです。そのくちばしと爪を羽放さない以上、信用されないのはあなた自身の仕業なのです。その責任はあなたにあるんですよ」

 またヤジが飛びました。

 「自分の責任なのにこちらのせいにするなんてひどいわ」と女の子たちが騒ぎ立てます。

 山鳩だけでなく、他の鳥も騒ぎ出しました。その騒ぎを聞きつけたカラスがやってきて、キキを笑います。

 弱っているとはいえ、キキは自分たちよりも強いオオタカですから、カラスたちは見ているだけです。それでもなお、勇気のあるカラスが自らの力を誇示しよう、と接近してきて、キキの頭上の枝に蹴りを入れます。

 すると、落ちた雪の塊がキキに当って、キキは地面に落ちてしまいました。

 鳥を捕まえて食べることもあるとはいえ、カラスはスズメの親戚です。それに猛禽ほど恐ろしい相手ではありません。ですから、あたかも普段から仲良くしていたかのような連帯感が、山鳩の内に芽生えました。

 山鳩も調子に乗ってキキの上を飛び交い、枝を蹴りつけて雪を落としてきました。瞬く間にキキが雪に埋まっていきます。

 何とか雪から這い出すキキに向かって、また新しい声が聞こえてきました。

 「あなたのどこをどう見たら信用できるんだ? 僕たちを食べない食べないって言いながら、その鋭い爪を掲げ、くちばしを向けている。言っていることとやっていることが違うじゃないか」

 攻撃されているのはキキの方です。四つに組には来ないとはいえ、自分より大きなカラスが飛び交っているのですから、くちばしや爪を向けるのは仕方ありません。その程度の行為ですら、ハトたちは恐怖の所業だと責め立てます。

 「くちばし、つーめをけっずっれっ」と誰かが言いました。「けっずっれっ! けっずっれっ!」と誰かが叫ぶと、みんなが「けっずっれっ! けっずっれっ!」と唱和し出しました。そして、「けっずっれっ! けっずっれっ!」の大合唱が巻き起こります。 

 音頭を取っているのは、「カハハハハー」と笑って見ていたカラスの一羽でした。キキを心身ともに痛めつけて食べてしまおう、と画策しているに違いありません。ですが、誰もそんな風には思っていないようです。

 大勢の鳥たちが数羽のカラスに煽り立てられて、得体のしれない大きな生き物のような姿を成しました。ついには、弱っているとはいえ、いまだ圧倒的な力を誇るキキの方が恐怖を覚えてしまうほどに膨張していきます。

 キキの体に言葉は重くのしかかり、心に突き刺さります。内容のほとんどは罵声に変わっていました。ひどく罵られ続けるキキは、その言葉だけで命が尽きてしまうのでは、と思うほどのいたぶられようです。

 (あのカラスさえいなければ――)キキは思いました。カラスを睨みつけて翼を広げようとします。

 すると、突然カラスが叫びました。

 「お、アイツやる気だぞ。見ろよみんな、やっぱりあいつ僕らを食う気でいるんだ」

 みんなの恐怖が凍てつく空気を伝います。キキは、慌てて翼をたたみました。

 キキが何をしても、大勢を変えることは出来ないようです。
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