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モモタとママと虹の架け橋
第八十二話 見えるいじめと見えないいじめ
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キキには、何か思うことがあるのでしょうか。キキとクークブアジハーの問答は続いていました。キキがクークブアジハーに食い下がります。
「一匹ぽっちでいることが強さだって言い切れるの?」
「そうさ。誰の追随も許さない強さってものは、いつでも孤独なものなのさ。それに耐えられる力がないやつは、妥協して強くはなれない」
キキは憤慨しました。
「追い出された兄弟たちはどうなるのさ。彼らだって大きなホオジロザメだろう? 弱かったなんてことないじゃないか」
「ああそうさ。兄貴たちは強かっただろうよ。この辺りに住んでいる他のどんなサメよりも強かっただろうな。だから、どこかで他のサメを蹴散らして縄張りを奪っているかもしれないな」
「それをいじめっていうんじゃないか。強いものが弱い者をいじめて、弱い者がもっと弱い者をいじめる。そんなのよくないよ。強い者は、そういうのを終わらせるためにいなきゃいけないよ」
今度は、逆にクークブアジハーが憤慨します。
「お前は俺をバカにしているのか? いじめはよくない。それは俺だってよく知っている。俺だっていじめはしない。腹が空いていないのにかみ殺すなんて命をもてあそぶようなことしないさ。腹がいっぱいなら追いかけまわしたりもしない。それに、弱いやつには弱いやつなりにやることがあるからな」
「どんな?」キキには考えつきません。
「俺の体は大きすぎて、かゆいところにヒレや歯が届かないのさ。だから、肌やエラに住みついた虫をごはんにしてくれる小魚が必要なのさ。その点は、ジュゴンの娘と意見が合うな。俺に気に入られるほどの力があるってことさ。タイやヒラメじゃこうはいかないだろうからな」
キキが言います。
「自分の役に立たないから追い出すなんて、やっぱりいじめっ子がすることだよ。僕は君を見て、最初海の覇王かと思ったけれど、どうも違うようだね」
「覇王さ。俺は海の覇王。だからこそこの豊かなサンゴ山を支配しているんだ」
「その豊かさを兄弟たちに分けてあげられるのが強さってもんじゃないの?」
「いじめをしているのはお前のほうだぜ。空の若き勇者よ。お前は言わないが、その身からは王者になりえる貫録がにじみ出ているぞ。今の今まで、お前は王者として振る舞ってきたんだろうな。優しさと名を変えたいじめをもって」
キキは驚きました。
「いじめだって? 一体いつ僕がいじめをしたっていうんだ。海の中にいるくせに、何が分かるのさ」
「ぐははははは。見なくても分かるさ。いや、もう見えている。『海の中にいるくせに』って言ったな。それこそ海の者へのいじめじゃないか」
「そんなんじゃないよ。空飛ぶ僕たちのことを知ることが出来ないのに、勝手なことを言わないでくれって言いたいだけさ」
「確かに俺は空を飛ぶことは出来ない。だが、空の広さも青さもみんな分かるんだぜ。本気で飛び上がれば、お前が今いる壁よりも高く飛べるんだ。空を舞い飛ぶのとはだいぶ違うが、それでも飛ぶことの意味を垣間見ることはできる。そこから色々なことを考え想像し、学ぶことだってできるんだ。
俺が言いたいのは、お前は海の何を知っているっていうんだ、っていうことさ。お前は、海のことを何も分かっちゃいない。だから『海の中にいるくせに』って言ったんだ。自分が何を思って、何をしているか分かっていないんだ」
アゲハちゃんとチュウ太は、言っている意味がよく分からず顔を見合わせます。ですがモモタには、なんとなく分かりました。
クークブアジハーが続けます。
「オオタカの子。名前はなんというんだ? …そうか、キキというのか。
キキ。確かにお前の言っていることは正しい。だがな、正しいことはいつも一つだけだってことはないんだぜ。それに、正しいことが全てに対して正しいってわけでもないんだ。
兄貴たちを守るには、それ相応の力が必要だろう。それも力の示し方だろうさ。だがよ、目の前の虚弱な兄貴たちを守るなんてのは、愚の骨頂。強者と勘違いした弱者の自惚れじゃないかい?」
「そんなことないよ。目の前で困っているお兄ちゃんや弟たちを守れないで、何を守れるっていうの? 一匹のサメも守れないクークブアジハーには、多くのサメを守る資格はない。 それは、覇者に相応しくない」
「お前は、俺より弱い兄貴たちを守るのが本当の強さだって言いたいんだろ。だが、兄貴たちより弱いが将来強くなるやつらを、お前はどうしてくれるんだ? 生まれて間もない、ひょっとしたら生まれてもいない兄弟たちには、どうしてくれるっていうんだ」
キキは答えられません。
クークブアジハーが続けます。
「兄貴たちは、それを慮っちゃくれないぜ。自分より弱いサメを追い立てるだろうさ。特に、自分より強くなるかもしれない、もしかしたらもう強いけれどまだ気がついていないサメには容赦しないだろうな。兄貴たちが弱かったのは、体だけじゃないんだぜ。心も弱いんだ。仮に体が強くたって、心が弱ければ体も弱いんだ。なんせ、俺より大きくて力のあるクジラだって、俺にとってはごはんでしかないからな」自慢げに笑います。そして続けました。
「弱いやつらは、常に不安なんだ。口の中に収まった、小さな、唯一ある何かを奪われるんじゃないかって、常に怯えている。だから、もっと弱いやつらをいじめずにはいられないのさ。そうすることで、自分はこいつより強いんだ、コイツと違ってここにいる価値があるんだって自分を慰めるのさ。
さっきも言った通り、弱いやつには弱いやつなりの強さがある。弱いやつらを両端に分けるものは一つしかない。本当に弱いやつは、その心根が弱いんだ。自分のことしか考えちゃいない。だから、助け合おうとか、強者は弱者を守らないといけない、なんてほざきやがる。だがそれは、きれいごと。本当は自分さえ助かればいい。そんなことしか望んじゃいない。自分が被害に遭わないって分かれば、口をつぐんじまう。
そして、自分たちが根絶を目指して弱い者いじめだってのたまていたことを、自分が弱者に対してやり出すんだ。本当に弱いやつにとっては、世の中全てが敵なのさ。自分が望むこと以外をするやつは、みんな敵なのさ。そこに寛容さなんて微塵もない。かんしゃく起こしたガキのように、ただただまくしたて続ける。どんな嘘でも並べ立てて、自分の望みが叶うまでな。たとえそれが夢の中でも。
おおっと、話がそれた。俺が言わんとしたことは、結局こうだ。兄貴たちを守ることで、もっと弱いやつらを守ったのさ。ジュゴンの娘が言う通り、成長速度はサメそれぞれ。たまたま早かったやつが、遅いけれども早かったやつより強くなるかもしれないのに淘汰されるなんて、本末転倒だろう。イルカで言えば、サメより遅いやつらばかりになっちまうし、サメで言えば、魚に追いつけないやつらばかりになっちまう。せっかくそうならないやつらだったのに、腹をすかして死んじまうなんて酷過ぎると思わないかい?
要は、口減らしさ。親父や俺がやっているのは、自分がより強くなるための口減らし。ただ目の前に追い立てられているやつの姿がまざまざとあるから、可哀想に感じるだけ。キキの言う通りにすれば、気持ちはいいかもしれないが、見えないところで口減らしがなされている。見えないから、分からないだけでな」
確かに、論理は通っているように思えます。ですがキキは、腑に落ちない様子でした。モモタも同様です。
キキが言いました。
「もしお兄ちゃんたちがいたら、クークブアジハーは今ほど大きくなれなかったってこと?」
「ご名答。もし俺がいなかったら、サンゴ山はシロシュモクザメに乗っ取られていたかもしれん。あいつらもそこそこでかいからな。そうなれば、畢竟全部おじゃんだ。兄貴たちを守るもなにもあったもんじゃねぇ」
全て強者の論理です。ですが、クークブアジハー自身が率先垂範している様子ですから、論破したいだけのために口から出まかせをっているのではないようです。
彼の言うことは一理ありました。ですが、モモタたちにはとても受け入れられるものではありません。にもかかわらず、モモタたちは何も言い返せませんでした。クークブアジハーが、大きな尾びれで海面を叩きつけて、見上げるほど高い水しぶきを上げたからです。
そのさまが、彼の考えを如実に表していました。強い者だけが世界を作る、と思っているのでしょう。
モモタは思いました。話を聞くと、クークブアジハーは悪いやつではない、と。ですが、こうも思いました。強さだけしかない世界には、優しさや楽しさは育たないな、と。
「一匹ぽっちでいることが強さだって言い切れるの?」
「そうさ。誰の追随も許さない強さってものは、いつでも孤独なものなのさ。それに耐えられる力がないやつは、妥協して強くはなれない」
キキは憤慨しました。
「追い出された兄弟たちはどうなるのさ。彼らだって大きなホオジロザメだろう? 弱かったなんてことないじゃないか」
「ああそうさ。兄貴たちは強かっただろうよ。この辺りに住んでいる他のどんなサメよりも強かっただろうな。だから、どこかで他のサメを蹴散らして縄張りを奪っているかもしれないな」
「それをいじめっていうんじゃないか。強いものが弱い者をいじめて、弱い者がもっと弱い者をいじめる。そんなのよくないよ。強い者は、そういうのを終わらせるためにいなきゃいけないよ」
今度は、逆にクークブアジハーが憤慨します。
「お前は俺をバカにしているのか? いじめはよくない。それは俺だってよく知っている。俺だっていじめはしない。腹が空いていないのにかみ殺すなんて命をもてあそぶようなことしないさ。腹がいっぱいなら追いかけまわしたりもしない。それに、弱いやつには弱いやつなりにやることがあるからな」
「どんな?」キキには考えつきません。
「俺の体は大きすぎて、かゆいところにヒレや歯が届かないのさ。だから、肌やエラに住みついた虫をごはんにしてくれる小魚が必要なのさ。その点は、ジュゴンの娘と意見が合うな。俺に気に入られるほどの力があるってことさ。タイやヒラメじゃこうはいかないだろうからな」
キキが言います。
「自分の役に立たないから追い出すなんて、やっぱりいじめっ子がすることだよ。僕は君を見て、最初海の覇王かと思ったけれど、どうも違うようだね」
「覇王さ。俺は海の覇王。だからこそこの豊かなサンゴ山を支配しているんだ」
「その豊かさを兄弟たちに分けてあげられるのが強さってもんじゃないの?」
「いじめをしているのはお前のほうだぜ。空の若き勇者よ。お前は言わないが、その身からは王者になりえる貫録がにじみ出ているぞ。今の今まで、お前は王者として振る舞ってきたんだろうな。優しさと名を変えたいじめをもって」
キキは驚きました。
「いじめだって? 一体いつ僕がいじめをしたっていうんだ。海の中にいるくせに、何が分かるのさ」
「ぐははははは。見なくても分かるさ。いや、もう見えている。『海の中にいるくせに』って言ったな。それこそ海の者へのいじめじゃないか」
「そんなんじゃないよ。空飛ぶ僕たちのことを知ることが出来ないのに、勝手なことを言わないでくれって言いたいだけさ」
「確かに俺は空を飛ぶことは出来ない。だが、空の広さも青さもみんな分かるんだぜ。本気で飛び上がれば、お前が今いる壁よりも高く飛べるんだ。空を舞い飛ぶのとはだいぶ違うが、それでも飛ぶことの意味を垣間見ることはできる。そこから色々なことを考え想像し、学ぶことだってできるんだ。
俺が言いたいのは、お前は海の何を知っているっていうんだ、っていうことさ。お前は、海のことを何も分かっちゃいない。だから『海の中にいるくせに』って言ったんだ。自分が何を思って、何をしているか分かっていないんだ」
アゲハちゃんとチュウ太は、言っている意味がよく分からず顔を見合わせます。ですがモモタには、なんとなく分かりました。
クークブアジハーが続けます。
「オオタカの子。名前はなんというんだ? …そうか、キキというのか。
キキ。確かにお前の言っていることは正しい。だがな、正しいことはいつも一つだけだってことはないんだぜ。それに、正しいことが全てに対して正しいってわけでもないんだ。
兄貴たちを守るには、それ相応の力が必要だろう。それも力の示し方だろうさ。だがよ、目の前の虚弱な兄貴たちを守るなんてのは、愚の骨頂。強者と勘違いした弱者の自惚れじゃないかい?」
「そんなことないよ。目の前で困っているお兄ちゃんや弟たちを守れないで、何を守れるっていうの? 一匹のサメも守れないクークブアジハーには、多くのサメを守る資格はない。 それは、覇者に相応しくない」
「お前は、俺より弱い兄貴たちを守るのが本当の強さだって言いたいんだろ。だが、兄貴たちより弱いが将来強くなるやつらを、お前はどうしてくれるんだ? 生まれて間もない、ひょっとしたら生まれてもいない兄弟たちには、どうしてくれるっていうんだ」
キキは答えられません。
クークブアジハーが続けます。
「兄貴たちは、それを慮っちゃくれないぜ。自分より弱いサメを追い立てるだろうさ。特に、自分より強くなるかもしれない、もしかしたらもう強いけれどまだ気がついていないサメには容赦しないだろうな。兄貴たちが弱かったのは、体だけじゃないんだぜ。心も弱いんだ。仮に体が強くたって、心が弱ければ体も弱いんだ。なんせ、俺より大きくて力のあるクジラだって、俺にとってはごはんでしかないからな」自慢げに笑います。そして続けました。
「弱いやつらは、常に不安なんだ。口の中に収まった、小さな、唯一ある何かを奪われるんじゃないかって、常に怯えている。だから、もっと弱いやつらをいじめずにはいられないのさ。そうすることで、自分はこいつより強いんだ、コイツと違ってここにいる価値があるんだって自分を慰めるのさ。
さっきも言った通り、弱いやつには弱いやつなりの強さがある。弱いやつらを両端に分けるものは一つしかない。本当に弱いやつは、その心根が弱いんだ。自分のことしか考えちゃいない。だから、助け合おうとか、強者は弱者を守らないといけない、なんてほざきやがる。だがそれは、きれいごと。本当は自分さえ助かればいい。そんなことしか望んじゃいない。自分が被害に遭わないって分かれば、口をつぐんじまう。
そして、自分たちが根絶を目指して弱い者いじめだってのたまていたことを、自分が弱者に対してやり出すんだ。本当に弱いやつにとっては、世の中全てが敵なのさ。自分が望むこと以外をするやつは、みんな敵なのさ。そこに寛容さなんて微塵もない。かんしゃく起こしたガキのように、ただただまくしたて続ける。どんな嘘でも並べ立てて、自分の望みが叶うまでな。たとえそれが夢の中でも。
おおっと、話がそれた。俺が言わんとしたことは、結局こうだ。兄貴たちを守ることで、もっと弱いやつらを守ったのさ。ジュゴンの娘が言う通り、成長速度はサメそれぞれ。たまたま早かったやつが、遅いけれども早かったやつより強くなるかもしれないのに淘汰されるなんて、本末転倒だろう。イルカで言えば、サメより遅いやつらばかりになっちまうし、サメで言えば、魚に追いつけないやつらばかりになっちまう。せっかくそうならないやつらだったのに、腹をすかして死んじまうなんて酷過ぎると思わないかい?
要は、口減らしさ。親父や俺がやっているのは、自分がより強くなるための口減らし。ただ目の前に追い立てられているやつの姿がまざまざとあるから、可哀想に感じるだけ。キキの言う通りにすれば、気持ちはいいかもしれないが、見えないところで口減らしがなされている。見えないから、分からないだけでな」
確かに、論理は通っているように思えます。ですがキキは、腑に落ちない様子でした。モモタも同様です。
キキが言いました。
「もしお兄ちゃんたちがいたら、クークブアジハーは今ほど大きくなれなかったってこと?」
「ご名答。もし俺がいなかったら、サンゴ山はシロシュモクザメに乗っ取られていたかもしれん。あいつらもそこそこでかいからな。そうなれば、畢竟全部おじゃんだ。兄貴たちを守るもなにもあったもんじゃねぇ」
全て強者の論理です。ですが、クークブアジハー自身が率先垂範している様子ですから、論破したいだけのために口から出まかせをっているのではないようです。
彼の言うことは一理ありました。ですが、モモタたちにはとても受け入れられるものではありません。にもかかわらず、モモタたちは何も言い返せませんでした。クークブアジハーが、大きな尾びれで海面を叩きつけて、見上げるほど高い水しぶきを上げたからです。
そのさまが、彼の考えを如実に表していました。強い者だけが世界を作る、と思っているのでしょう。
モモタは思いました。話を聞くと、クークブアジハーは悪いやつではない、と。ですが、こうも思いました。強さだけしかない世界には、優しさや楽しさは育たないな、と。
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