猫のモモタ

緒方宗谷

文字の大きさ
467 / 514
モモタとママと虹の架け橋

第百話 表情の意味

しおりを挟む
 モモタは、ふと我に返りました。目の前には、ニーラの銅像が立っています。周りを見渡すと、自分は、クークブアジハーのお庭に上がってきた階段の前にいました。

 モモタは、夢を見ていたのかな? と思ってみんなを見ると、みんなも同じように呆けた様子でお互いを見合います。

 モモタは言いました。
 「僕、ニーラちゃんに会ったんだ」

 するとアゲハちゃんが、「わたしもよ、シルチに会ったわ」

 「僕もだよ」とキキ「オーサンたちにも」

 チュウ太も言いました。
 「信じられない、僕たちおんなじ夢を見ていたんだ」

 みんなは、ニーラの石像を見上げます。

 モモタは言いました。
 「ううん、夢なんかじゃないよ、だってニーラちゃんの石像には、とても暖かい感情が溢れているから」

 「モモタ」キキが声をかけました。「早くいかないと、クークブアジハーが目を覚ましてしまうかもしれないよ。そうしたら、僕たちはここに閉じ込められてしまうよ」

 「そうだね、急がなくっちゃ」

 そう言って階段のほうに向きを変えたモモタは、二、三歩歩み出てから足を止め、もう一度ニーラの石像を見返しました。

 (夢なんかじゃないよね、また会えるかな。また会えるよね、きっと。・・・また会いたいな)

 そう思った瞬間です。ニーラの石像がまばゆい光に包まれました。極彩色のどこまでも深く優しい光です。

 みんなが光る石像の方を振り返った瞬間、ニーラの声が響きます。

 🎼呼ばれて無いのにイヤーサーサー♬🎼

 ジャカジャカジャカジャカジャカジャ♪ と、どこからともなくお囃子も聞こえます。

 ニーラの石像が光の中に溶けたかと思うと、三つの残像を残して、ニーラが姿を現しました。

 モモタたちは驚いて、口をそろえて叫びます。

 「最初の残像変なの出た―――‼‼‼」

 モモタたちの前に現れたのは、群青色の長い髪で、太めの襟と手に向かってだんだんと幅の広がる袖の口に朱色の縁のあるへそだし襦袢(じゅばん)を着ている人魚でした。襟を前で重ねて縛るだけの簡素ながらも琉球ブルーを下地にして色とりどりの複雑で派手な南国花蝶模様の衣の背中にはV字の切れ込みがあって、イルカの背びれがありました。下半身はイルカの姿、尾ひれはジュゴンの形をした女の子です。

 ニーラが言いました。

 「最後まで『ザンヒートゥームヌガタイ』(ジュゴンとイルカの物語)を見てくれてありがとう。
  あなたならここに来てくれるって思っていたから、一生懸命準備して待っていたの」

 「僕たちを?」モモタが答えます。

 「ええ、あなたが海ガメに乗って北に旅立ったのは、海に溶けたあなたたちの愛の息吹を感じて分かっていたから」

 「それで・・・ちょっと訊いてもいい?」モモタが、ニーラの言葉を遮って、おずおずと訊きました。

 「ええ、いいわよ」

 「なんで、最初の残像で変な顔したの?」

 「それは真実の愛がなせる業、わたしの愛がそうさせたの」

 莞爾して笑うニーラに、アゲハちゃんが言いました。

 「冗談でしょ?」

 「冗談よ(ニコニコ)」

 ニーラちゃんはなんか変な子だなと、みんなは思いました。

 モモタが再び口を開きます。

 「僕たち、虹の雫を探しているの。ニーラちゃん知ってる?」

 「虹の雫? さあ、聞いたことないけれど・・・」

 「クジラさんたちのお話だと、この辺りの海に温泉が湧いていて、そこに一つあるらしいんだ」

 ニーラは少し考えて答えます。

 「わたしはここから出たことないけれど、このニライカナイには一つだけ温泉が湧いているわ」

 「本当⁉」みんなが叫びます。

 モモタが言いました。

 「教えて! 僕どうしても虹の雫が欲しいんだ」

 「分かっているわ。ママに会いたいんでしょう?」

 ニーラは楽しそうにそう言って、スィーと宙を泳ぎながら、階下へと続く階段を下りていきます。モモタたちも後に続きました。

 しばらくして、「あっ」とモモタが叫びました。

 最初に上陸したところに戻ってきたのですが、あぶくトンネルがありません。

 モモタは慌てました。

 「どうしよう、あぶくトンネルがない。歌劇を見ていたから、クークブアジハーが目覚めちゃったんだ」

 チュウ太が不安がります。

 「じゃあ、僕たちもう帰れないってこと? まあ、ここのひかる苔は美味しいけれど・・・」

 そう言ってむしゃりとします。

 「隠し味は愛情よ」とニーラが言いました。

 というより、愛情そのものです。だって愛情で輝いているのですから。

 モモタがニーラに訊きました。

 「僕たち、どのくらい歌劇を見てたの?」

 「瞬きするほんの一瞬の合間だけよ。ウーマクとちゃくちゃくもまだニライカナイから出ていないわ。」

 モモタたちには信じられません。だって歌劇の中では、本当に時が過ぎていたように感じられたのです。何年も何十年も。

 ニーラが続けて言いました。

 「えくぼちゃんもまだおねむよ」

 「えくぼちゃん?」とモモタが訊き返します。

 「クークブアジハーのあだ名よ」

 それを聞いて、チュウ太が変な顔をします。

 「あの見た目でそのあだ名? 命名おかしくない?」

 ニーラが、半身を水路に沈めて言いました。

 「あら、あの子には可愛いところもあるのよ。心優しいし」

 キキが言いました。

 「なんにしろ、イルカたちが来るまでここで待つしかないね。ニーラちゃんと違って、僕たちは海の中で息出来ないし」

 ニーラがたおやかな笑顔を見せました。

 「大丈夫よ、真実の愛は、地上と海の境を無くすの。安心してついてらっしゃい」

 モモタ以外は、言っている意味が分からず躊躇しました。モモタだけが歩み出ます。少しのためらいもなく、前足を水路に入れました。

 するとどうでしょう。モモタの前足は水にぬれることなく海水の中へと潜っていきます。モモタは、そのまま大きなあぶく船にすっぽりと入ってしまいました。

 それを見たアゲハちゃんが、おっかなびっくり、モモタのもとへと下りていきます。手で水面に触れると、指は全く濡れません。それに気がついたアゲハちゃんは、「えいっ」と水中に飛び込みます。

 アゲハちゃんは、宙を舞っているのと同じようにヒラヒラと翅を羽ばたかせながら、モモタの耳にとまりました。とても海の中にいるとは思えません。

 チュウ太もアゲハちゃんに続きました。ただキキ一羽だけが躊躇します。

 「僕のくちばしや爪であぶくが割れないかな」

 「大丈夫よ」ニーラが言います。「ボーチラも言っていたでしょう。痛みに強弱をつけることによって、愛を示せるのよ」

 アゲハちゃんが言いました。

 「ツンデレのツンね」

 みんなはニーラに連れられて、海に沈んだニライカナイの廊下を泳いで行きました。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ノースキャンプの見張り台

こいちろう
児童書・童話
 時代劇で見かけるような、古めかしい木づくりの橋。それを渡ると、向こう岸にノースキャンプがある。アーミーグリーンの北門と、その傍の監視塔。まるで映画村のセットだ。 進駐軍のキャンプ跡。周りを鉄さびた有刺鉄線に囲まれた、まるで要塞みたいな町だった。進駐軍が去ってからは住宅地になって、たくさんの子どもが暮らしていた。  赤茶色にさび付いた監視塔。その下に広がる広っぱは、子どもたちの最高の遊び場だ。見張っているのか、見守っているのか、鉄塔の、あのてっぺんから、いつも誰かに見られているんじゃないか?ユーイチはいつもそんな風に感じていた。

あだ名が242個ある男(実はこれ実話なんですよ25)

tomoharu
児童書・童話
え?こんな話絶対ありえない!作り話でしょと思うような話からあるある話まで幅広い範囲で物語を考えました!ぜひ読んでみてください!数年後には大ヒット間違いなし!! 作品情報【伝説の物語(都道府県問題)】【伝説の話題(あだ名とコミュニケーションアプリ)】【マーライオン】【愛学両道】【やりすぎヒーロー伝説&ドリームストーリー】【トモレオ突破椿】など ・【やりすぎヒーロー伝説&ドリームストーリー】とは、その話はさすがに言いすぎでしょと言われているほぼ実話ストーリーです。 小さい頃から今まで主人公である【紘】はどのような体験をしたのかがわかります。ぜひよんでくださいね! ・【トモレオ突破椿】は、公務員試験合格なおかつ様々な問題を解決させる話です。 頭の悪かった人でも公務員になれることを証明させる話でもあるので、ぜひ読んでみてください! 特別記念として実話を元に作った【呪われし◯◯シリーズ】も公開します! トランプ男と呼ばれている切札勝が、トランプゲームに例えて次々と問題を解決していく【トランプ男】シリーズも大人気! 人気者になるために、ウソばかりついて周りの人を誘導し、すべて自分のものにしようとするウソヒコをガチヒコが止める【嘘つきは、嘘治の始まり】というホラーサスペンスミステリー小説

たったひとつの願いごと

りおん雑貨店
絵本
銀河のはてで、世界を見守っている少年がおりました。 その少年が幸せにならないと、世界は冬のままでした。 少年たちのことが大好きないきものたちの、たったひとつの願いごと。 それは…

「いっすん坊」てなんなんだ

こいちろう
児童書・童話
 ヨシキは中学一年生。毎年お盆は瀬戸内海の小さな島に帰省する。去年は帰れなかったから二年ぶりだ。石段を上った崖の上にお寺があって、書院の裏は狭い瀬戸を見下ろす絶壁だ。その崖にあった小さなセミ穴にいとこのユキちゃんと一緒に吸い込まれた。長い長い穴の底。そこにいたのがいっすん坊だ。ずっとこの島の歴史と、生きてきた全ての人の過去を記録しているという。ユキちゃんは神様だと信じているが、どうもうさんくさいやつだ。するといっすん坊が、「それなら、おまえの振り返りたい過去を三つだけ、再現してみせてやろう」という。  自分の過去の振り返りから、両親への愛を再認識するヨシキ・・・           

ぽんちゃん、しっぽ!

こいちろう
児童書・童話
 タケルは一人、じいちゃんとばあちゃんの島に引っ越してきた。島の小学校は三年生のタケルと六年生の女子が二人だけ。昼休みなんか広い校庭にひとりぼっちだ。ひとりぼっちはやっぱりつまらない。サッカーをしたって、いつだってゴールだもん。こんなにゴールした小学生ってタケルだけだ。と思っていたら、みかん畑から飛び出してきた。たぬきだ!タケルのけったボールに向かっていちもくさん、あっという間にゴールだ!やった、相手ができたんだ。よし、これで面白くなるぞ・・・

神ちゃま

吉高雅己
絵本
☆神ちゃま☆は どんな願いも 叶えることができる 神の力を失っていた

四尾がつむぐえにし、そこかしこ

月芝
児童書・童話
その日、小学校に激震が走った。 憧れのキラキラ王子さまが転校する。 女子たちの嘆きはひとしお。 彼に淡い想いを抱いていたユイもまた動揺を隠せない。 だからとてどうこうする勇気もない。 うつむき複雑な気持ちを抱えたままの帰り道。 家の近所に見覚えのない小路を見つけたユイは、少し寄り道してみることにする。 まさかそんな小さな冒険が、あんなに大ごとになるなんて……。 ひょんなことから石の祠に祀られた三尾の稲荷にコンコン見込まれて、 三つのお仕事を手伝うことになったユイ。 達成すれば、なんと一つだけ何でも願い事を叶えてくれるという。 もしかしたら、もしかしちゃうかも? そこかしこにて泡沫のごとくあらわれては消えてゆく、えにしたち。 結んで、切って、ほどいて、繋いで、笑って、泣いて。 いろんな不思議を知り、数多のえにしを目にし、触れた先にて、 はたしてユイは何を求め願うのか。 少女のちょっと不思議な冒険譚。 ここに開幕。

美少女仮面とその愉快な仲間たち(一般作)

ヒロイン小説研究所
児童書・童話
未来からやってきた高校生の白鳥希望は、変身して美少女仮面エスポワールとなり、3人の子ども達と事件を解決していく。未来からきて現代感覚が分からない望みにいたずらっ子の3人組が絡んで、ややコミカルな一面をもった年齢指定のない作品です。

処理中です...