宰相閣下の絢爛たる日常

猫宮乾

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【7】クラフト伯爵家

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 今日も予定時刻を少し過ぎそうになったが、何せ約束があったため、僕は無理矢理仕事の日程を繰り上げた。

 僕が王宮を出ると、そこには猫を抱っこしたゼルと、ジークがいた。

「悪い、待たせたか?」

 一応礼儀としてそう言うと、二人が顔を上げた。

「いや、全然」
「待っていない」

 二人にそう言われたので、まぁ社交辞令だろうとは思いつつ、僕は手配した馬車を見据えた。

「では、行こう。本当に何もかまえないが」
「「全然かまわない」」

 声を揃えた二人に、僕は振り返った。
 僕は正直、この二人が会議以外で話している所を見た事が無かった。
 しかしどちらも猫好きであるようだし、案外気が合うのかも知れない。


 馬車の中では、特に何かを話すでもなく、それぞれが猫を構っていた。


「おかえり――って、え! 騎士団長と宮廷魔術師長!? な、なんで?」

 僕を出迎えてくれた弟のレイが、狼狽えた声を上げた。

「今日から猫を飼うことになったんだ。一匹くらい構わないだろう?」
「それは、まぁ……え、え、お上がり下さい」

 レイの言葉に、ジークとゼルが靴を脱ぐ。
 この国では、靴を脱いで家に上がるのが一般的だ。

 僕自身としては家になど上げずに帰らせる気で居たのだが、実質現当主とも言える弟が促しているのだから、異論を唱えるわけにもいかない。

 それから僕らは、応接間で、グラスを手渡された。
 このクラフト伯爵家にある酒の中で一番高級なウイスキーをレイが用意する。
 クラフト伯爵家の人間は皆、見栄っ張りなのである。

「くつろいでくれ」

 僕がそう言うと、何故なのかジークとゼルが視線を交わした。
 なんだろう。僕の仕事が終わるまでの間に、何か密約でも交わしたのだろうか?
 トクトクとレイがウイスキーを注ぐのを見守りながら、僕は腕を組んだ。

 僕の足下には白い仔猫が絡みついてくる。

「――久しぶりだな、フェルの家に来るのは」

 その時ゼルがそんな事を言った。
 久しぶりも何も一回しか来た事が無いではないかと僕は思った。

「俺とフェルは、学生時代から仲が良かったからな」

 ウイスキーの入るグラスを傾けながら、ゼルが笑った。
 好敵手ではあったが、仲が良かった覚えがあまりない僕は、首を捻るしかない。
 いきなりゼルは、何を言い出すのだろう。

「――今、宮廷では俺とフェルの方が、親しく言葉を交わす機会の方が多いが」

 すると今度は、ジークがそんな事を言った。
 親しくと言うか、事務連絡ばかりだと思うため、思わず僕は微妙な顔をしてしまった。

「長年親しい俺とは比べものにならないだろ」
「知り合った時間の長さよりも、どれだけ短期間でも濃い時間を過ごしたかが重要なのではないか」

 ゼルとジークが、そんな事を言い合いながら、互いに目を細めた。
 一体どういう状況なのだろうか。
 いまいち分からないでいた僕は、静かにウイスキーを舐める。

 するとレイに袖を引かれた。

「ちょっと失礼する」

 そう告げ席を外し、僕はレイと共に部屋を出た。

「なんだ?」

 首を傾げて僕が尋ねると、弟が盛大に溜息をついた。

「なんなのあの冷戦。一体どういう事?」
「冷戦?」
「二人とも、敵意バリバリじゃない」
「? あの二人がライバルだとは聞いたことがないぞ。どちらも僕のライバルではあるけどな!」
「ちょ……なんでそんなに鈍いわけ!?」
「? 僕ほど聡い人間はちょっと見ないぞ!」
「本当、フェルって馬鹿なんじゃないの!?」

 レイに頭を小突かれた。全く心外である。そもそも話しが全く見えない。

「あのね、フェル。真面目に聞いてね!」
「ああ、いつだって僕は真面目だぞ!」
「ゼルさんはずっと、フェルの事が好きだったの。これは良い?」
「見る目があるな!」
「……で、多分、騎士団長もそうみたいだよ。だからあの二人、あんなに険悪な感じなんだよ」
「人望がある宰相! 望む所だ!」
「そうじゃなくてさ……分かる、分かってる? 恋、されてるんだよ?」
「……恋?」

 その言葉に、僕はきょとんとしてしまった。

 確かに最近あの二人は、僕に好きだの何だのと言ってくる。だがしかし、陛下や勇者アスカにまで言われているのだから、何も珍しい事ではない。そして僕の野望は、逆玉の輿に乗る事だ。だが。だからといって、もしそれが事実だとすれば。

「――断ったら、今後の仕事がやりづらくなるな……」
「何でそうビジネスライクなの!」
「だって、そうだろう?」
「どっちか片方選びなよ! どっちも名門だよ!?」
「……そう言われてもなぁ」

 これまでそんなことを考えた事の無かった僕は、腕を組む。

 確かにこの僕が好敵手だと認めるだけあって、家柄も能力も顔も抜群の二人ではある。しかしながら、別に僕は、恋愛対象として彼等を見た事なんて、これまでに一度も無い。一度も無かったのだ。

「ゼルさんとは、魔術の深い話が出来るよね?」
「まぁな」
「騎士団長とは、文官武官の長として、信頼し合っているよね?」
「そうとも言えるな」
「率直に聞くけど、あの二人なら、どっちが好き?」
「どちらも嫌いだ! 何せ僕の好敵手だからな!」
「うわぁもう、本当救えない!」

 レイはそう叫ぶと、何故なのか両掌で顔を覆った。

「兎に角もう遅いし、僕は寝る。後の接待は任せたぞ、レイ」
「え、ちょ――」
「適当なところで帰しておいてくれ」

 僕は弟にそう言うと、ひらひらと手を振って、自室を目指したのだった。



 僕は、その日珍しく夢を見た。
 大抵は疲れきっているから、夢なんて覚えてはいないのに。

 それは誰かとキスをする夢だった。

 その柔らかな感触に、温度に、僕は腕を伸ばした。相手の顔をしっかりと見たいと願ったはずなのに、僕はその時瞼を開けることが出来なかった。

「愛してる」

 夢の中で、優しい声で誰かが言った。
 僕はただ夢の中、その声音が気持ちいいと思っていたような気がする。
 そんな、夜だった。


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