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推しの幸せがオタクのなんたら③
しおりを挟む相手の女性はマリン・メロウ。以前、俺とシルヴァがいるときに少しだけ会話した事がある程度の関係値の女性だ。
「なん、で俺? その、俺達全然接点がな――」
「ユリアをシルヴァと踊らせてあげたいの。協力してほしい」
「……えっ? ユリアって、あのユリア・オルフェ嬢?」
マリンは俺が口にした名前に対し、深く頷いた。
それから話を聞くと、どうやら以前ユリアがシルヴァの事を気になっているとマリンに相談していたらしい。そこでマリンは二人が結ばれる為に手助けをしたいと考えた。そんなわけで、いつもシルヴァの側にいる俺を引き離して、自然な形でユリアがシルヴァにダンスの誘いが出来るよう仕向けるというこの作戦を企てたとのこと。
……ユリアがシルヴァの事を好意的に思っているなんて、全く気づいていなかった。これだから、前世含め年齢=童貞の男は駄目だなと自身の察しの悪さが恥ずかしくなる。
「ユリアとシルヴァはとってもお似合いよ。貴方だってそう思うでしょう?」
「まぁ、うーん。二人とも頭も良いから気も合うだろうし、ユリア嬢は凄くいい人だし……あれ、たしかにお似合いか……?」
「貴方にとってシルヴァが大事な友達なように、私にとってもユリアは大事な人なの。協力して」
マリンは俺の手を両手でギュッと握り強く協力を求めた。俺がこの学園での卒業時の目標は、シルヴァが幸せになっているということ。
アーリアというヒロインと彼は結ばれる運命になかったが、シルヴァが他の女性と恋仲になり、幸せになってくれるというのなら、俺にとってこれ以上嬉しいことはないだろう。
「も、ちろん。うん。是非協力させて欲しい」
正直シルヴァとパーティへ一緒に行けなくなった事と、俺達2人で過ごす夜の想い出がなくなったことがちょっぴり、ほんの少しだけ、寂しい。だけれど、仕方ない。
推しのハッピーエンドifルートが見届けられるなら、オタクとして勿論応援しそちらを最優先にすべきだ。
当日は、せいぜい彼らの邪魔にならないよう一人でダンスフロアの隅っこで過ごす事にしよう。
「ありがとう! 貴方ならそう言うと思ったわアルス!」
マリンは、今までに見せたことがないくらい嬉しそうに微笑んだ。「詳細はまた改めて決めよう」と話し合ったところで、その場はひとまず解散となった。
「……」
なんだか凄いことになってしまった。
突然の出来事に身体も驚いているようで、急に胸の辺りがまたモヤモヤしだした。きっと、大役を任せられた事による緊張によるものだろう。それか、またもやランチの食べ過ぎか。
それにしてもどうしたものかと、胸焼けのような症状を抱えた重たい身体を引きずりながら、中庭を抜け、とぼとぼと廊下を歩いて教室へ向かっていると、途中でこちらをじっと見つめる生徒の姿に気がついた。
その人物は背中を少し丸め、黒い前髪を垂らして、どこか恨めしげな視線をこちらに向けている。
「アルス」
それは、今の俺が一番会いたいようで、できることなら会いたくなかった人。シルヴァだ。
「アルス。僕に会いに来ないで、何をしているの? 何をしていたの? さっきの誰。女だよな?」
「はっ、あー、えーっと」
今、マリンに頼まれた“お願いごと”を実行すべきかと考えるものの……どうやら、今のシルヴァは虫の居所がかなり悪いように見える。
彼のすべての表情筋が、現在超お怒りモードである事を表している。そんな状態のシルヴァが俺のもとへとやってくるなり始まったのは「さっき一緒にいた彼女は誰だ」という詰問の嵐だ。
幸い、シルヴァの認識では中庭で俺が誰かといたというくらいしか分かっておらず、一緒にいたマリンの顔はシルヴァに見られていないようだ。シルヴァの恋愛応援作戦はまだ失敗に終わっていない。
だが、何にせよ作戦の第一段階である「俺シルヴァとパーティに行かない」宣言をするには、タイミングが悪い気がする。
「なんでもないよ、少し話していただけ」
「じゃあそれを話せばいい」
「いや、本当にどうでもいい内容でッ」
「ねぇ、もしかして何かあの女を庇ってる? 後ろ姿しか見られなかったけど、見覚えがある気がする。アイツは――」
今、マリンに気づかれてしまうと、次はこのお怒りモードの犠牲者が彼女へと移ってしまう。
そうなると、俺たちの作戦は開始前に失敗となり、シルヴァは誰とも恋仲になることなく終わってしまうだろう。それはとてもまずい。
幸せの形は、勿論一つではないだろう。だけれど、マリンの話を聞いて、俺も改めて考えた。この世界は元々恋愛小説。恋をしてこその、世界だった。
恋愛小説でヒロインと結ばれなかった、悪役の幸せ。そんな彼の幸福というのは、もしかしたら誰かをまた心から好きになって、その新たなヒロインと結ばれる事が一番近いのかもしれない。そう、思った。
そしてその幸せを掴むチャンスが、今目の前にある。そのうえ、失敗しそうにもなっている。
推しの幸せが、オタクの幸せ。推しが幸せになる事が、オタクの喜び。推しが幸せになるなら、全力で俺は動く。これまでも、これからだってずっとそうだ。
こんな所で、失敗に終わらすわけにはいかない。
「し、シルヴァ。俺と今一緒にいるんだから他のことは気にしないで。ね?」
俺はシルヴァの手を握って、そのまま自然に引き寄せた。シルヴァの身体がわずかにこわばる。驚いたように目を見開いて、でもその目の奥には一瞬の迷いが、浮かんでいた。
「……アルス、」
「俺さー! 課題の魔法薬の生成まだ出来てないんだけどシルヴァ今日時間ある? つき合ってくれない?」
我ながら分かりやすい、下手な話題逸らしだと思う。シルヴァは俺よりも数段頭が賢い、きっと俺の意図は気づいているだろう。……課題は本当に出来ていないから、助けてほしいのは事実だけど。
シルヴァが話に乗ってくるか否か、俺はドキドキとした不安な気持ちを無理矢理抑えるよう、あえて彼から目を逸らさず、まっすぐにそう言った。
「……ずるいな」
ぽつりとシルヴァが言った。手は振り払われなかった。むしろ、握り返してくるシルヴァの冷たい指先が心地良い。シルヴァは下手な芝居を打つ俺に、最終的には誤魔化されてくれる事にしたみたいだ。
「いいよ。つき合う」
「やった。ありがとう!」
「本当に何もないんだな」
「本当になんでもない!」
本当は何も無くなんか無い。真っ赤な嘘。だけど、これでいい。
君がこれから先の未来、誰よりも幸せになるための分岐が今回のパーティだとするならば、俺は大好きな推しに嘘もつけるし、自分の寂しい気持ちを誤魔化す事だって簡単だ。
「……」
簡単、だ。
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