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推しの幸せがオタクのなんたら④
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マリンから計画を持ちかけられたあの日から、すでに数日が経過していた。
進捗状況はというと、もちろんシルヴァとは毎日のように会っていたし、何度もパーティの話題にはなっていた。
だというのに、俺はマリンに頼まれた話を、いまだに彼に打ち明けられずにいた。
「……」
どうしても、ユリアと過ごす卒業パーティへシルヴァを送り出そうとすると、口が渇いてしかたなくなる。心臓だって、ぎゅうっと誰かに握りつぶされているように感じる程苦しくなる。この心情は、子供の巣立ちを前にした親の気持ちに近いのではと考える。
今日もシルヴァの部屋へ遊びに来ているが、今も本日何度目かの無言の時間が訪れていた。
もうパーティまで時間が無い、速く伝えなければ。そう思えば思うほど緊張して、言葉が喉につかえて出てこない。
そのせいで、不自然な沈黙ばかりが続いてしまっていた。
「……なにか、言いたいことでもあるの?」
「えっ、と」
そんな妙な様子の俺にしびれを切らしたのは他でもないシルヴァだった。
彼はいつものようにベッドの縁に腰掛けていたが、モジモジと落ち着かない俺の様子を見かねて、隣へと移動してくる。そして、俺の顔をじっと覗き込んできた。
どうやって話を切り出そうかと、いつまでも悩んでいると、何かを察したのか、シルヴァは突然バッと勢いよく身体を起こし、視線を泳がせた。
シルヴァは頭がいい。とっても良い。本当に良い。もしかしたら、俺が今から何を言おうとしているのか、すでに気づいているのかもしれない。
それならば、言うタイミングは今しかないだろうと意を決し、シルヴァ本人に向き直ると、何故か俺の膝の上にあった手をシルヴァが握ってきた。
なんで、手を……?
「言いたいことがあるなら、言って良い。きっと、僕も、同じ気持ちだし。あとで渡したい物も、あるから」
「えっ、同じ気持ちなの?」
「ふふ、そこで驚くの?」
シルヴァの機嫌が、凄く良くなった気がする。……なんでだろう。
俺は今からシルヴァに他の人からダンスに誘われたと打ち明け、パーティは別の人と行って欲しいとお願いする所なのだが、それが同じ気持ちとはどういう事だろうか。なにかがおかしい気がする。
でもシルヴァの言う通り、言いたい事があるのにいつまでもモジモジしてるだけでは駄目だ。黙っていたって、何も始まらない。
大好きなシルヴァの、最高ハッピーな学園ライフのために。俺は覚悟を決めて、ようやく口を開いた。
「卒業パーティさ。俺、シルヴァと一緒に行けなくなったんだ」
「……」
「……」
「……は?」
シルヴァからの返答は非常に短いものだった。
俺の言葉を聞いた途端、先程までのシルヴァの姿はなくなって、今いるのは、機嫌は急転直下し俺を射殺さんばかりに見ているシルヴァしかいない。
約束を反故しようとする俺に対して苛立ちを隠さないシルヴァの姿は、とても怖い。思わずこれから綺麗な女性が君をダンスに誘うとしているから今回俺は引くしかないんだと、思わず言ってしまいたくなる程に。
「なんで。理由は? それがお前の言いたいこと?」
「う、うん。おっ……俺、女の子にダンス誘わ、れて。その子と行くことになった、から。ご、ごめん」
普段よりも数段低い声のトーンで詰め寄ってくるシルヴァは、最近の柔らかな雰囲気とはまるで別人のようで、そのギャップに俺は怯えながらも、どうにか言葉を紡いだ。
これはシルヴァとパーティに行かない理由として本当のことではないが、誘われた事は事実なので嘘は……言っていない。
だけど、やっぱり気が引けてしまって、どうしてもシルヴァの目を見て話すことができなかった。
俺たちの間に、重苦しい沈黙が流れる。ますます気まずくなる中、静かになった隣のシルヴァの顔をこっそり盗み見ると、彼は真っ直ぐ俺をただ見つめていた。
そして、その長い睫毛の間から見える碧眼からは、ぽたぽたと涙が流れ出していた。
「えっ?」
思わずギョッとして、声が漏れた。
シルヴァって、泣く事あるんだ。少し前までの人の気持ちが理解出来ない、気に入らない奴には薬を盛ろうなんて考えが出てくる物騒な思考の持ち主が、こんなにも感情を露わにして見せてくるようになるなんて。
俺はシルヴァのその涙には驚きが勝り、それが見間違いでないことを確認するため近づき、その彼の涙を凝視した。
「本当に最低だ、お前」
「ご、ごめん」
「アルスが好きなのは僕なんだろう」
「それはもう大好きだけど……」
ぐずぐずと涙を流すシルヴァ。これは悲しくて泣いているというより、怒りが頂点に達してそれが回りに回って行き場の無くなった感情が涙として溢れ出てるという感じだろう。
シルヴァのコピーであるシルヴァぬいも、先程まで部屋の隅で大人しくしていたのに、シルヴァが泣き出してから俺の足下にやってきてぽかぽかと短い手で俺を叩いている。二人とも、身勝手な俺にとても怒っている。
ぺしょぺしょと涙の止まらないシルヴァの涙をハンカチで抑えてみるが、止まる様子はなく、ただ泣きながら俺を睨み付けるだけだ。
「人の事散々その気にさせて、いざとなったら女なんかに……。お前の事もいっそ殺したいと思えたらどれだけ、楽か」
「待って。話が飛んで行き過ぎじゃない?」
「一番腹が立つのは、そんなお前を殺したくないくらい入れ込んだ自分だ。殺せないくらいなら僕が死ぬ。お前が他の女と乳繰り合う姿見るくらいなら死んでやる」
「待て待て! ごめん卒業パーティにはやっぱり一緒に――」
まずい。俺のせいで、どうやらシルヴァに変なスイッチが入ってしまった。
涙をボロボロ、口からは何かをボソボソと言いながら、シルヴァはソファに転がっていた杖を手に取り、自分自身に向けた。
そして、流れるようにかつてアーリア達に放とうとした攻撃魔法を自分へ構えるシルヴァ。俺は咄嗟に彼のその手を掴んだ。
「おっと、……と」
だが、勢いよく杖を取り上げたせいで、シルヴァの体勢が崩れ、俺の身体に覆いかぶさるような形になってしまった。
自然と俺に馬乗りになる体勢になったシルヴァ。
彼の涙で濡れた碧瞳が俺を真っ直ぐ見つめている。まだ、その表情は怒ったままだ。
この瞳が涙で濡れたのは俺のせいで、つまり俺を想っての涙だったりするわけで、それを俺は綺麗だななんて思ってしまうわけで。
こんな事を口にすればシルヴァはもっと怒るだろうけど、それって、それってさ、なんだか――。
俺は、いつもよりずっと近くにあるその瞳に見惚れていたせいで、気づくのが遅れてしまった。
シルヴァの顔が、どんどん近づいてきているということに。
「――ッ」
気づいた時には、すでに俺とシルヴァの唇は重なっていた。
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