1 / 8
1
しおりを挟む
「っふぅ、きゅーけー…」
風邪をひくってこんなにしんどかったっけ。休憩時間、誰もいない階段で耐えきれずに横になる。コンビニで買ったおにぎりは食べられそうにない。固い床に頬をつけて、目を閉じると少し楽だ。行儀が悪いけど許してほしい。
今日は朝から体が重かった。頬がほてった感じ、めまい、ふらつき。典型的な風邪の症状。でも今日は平日で、社会人の俺は仕事に行かなければならない。
大丈夫、怒られるよりはマシ。今日一日だけ頑張って、明日からの二連休はいっぱい寝ればいい。
「っは…っぁ…」
座っているだけなのに姿勢を保つのが辛い。時計を何度も見るけどいつもより何倍も長く感じる。休みたい、早くベッドに潜り込みたい、もうここで寝っ転がってしまいたい。体力が落ちているのだろうか。歳なのか。学生時代には考えもしなかったことが頭をよぎる。
休ませてもらおうかな、なんて。
「あの、先輩…」
いつも教えてくれる優しい先輩のデスクの前に行く。
「ん?どした?」
メガネを外してこちらを向く先輩。目が合うと何故か変に緊張して。少し幼い顔立ちで、目元に皺を寄せて微笑んでくれて、何も怖くないはずなのに。
「あの…おれ、」
言いかけて、言葉が詰まる。バクバクと心臓がうるさくて、ごめんなさいって言葉が何度も何度も頭の中を反芻する。
『あんたが学校休んだせいで!!今日仕事行けなかったの!!迷惑かけてんの!!分かる!?』
『あーあ、熱出すなって言ってるよね!?っはぁ…学校には行きなさいよ。保健室なんてとこ行かないでね。電話掛かってきて面倒だから』
昔、母に言われたことがフラッシュバックする。俺の母は学校を休むとめちゃくちゃ怒る人だった。熱があっても、咳をしていても、どれだけ気分が悪くても。そもそも熱を出すこと自体体調管理ができていないからだと言われる。一度早退をするために先生が母を呼び出したことがあったが、帰りの車では永遠とその日の予定が狂ったことを言い続けられた。
それからはどれだけ熱があっても学校に行って、その上保健室に連れて行かれないように「いつも通り」を演じて。小さい頃は途中で限界がきて倒れるなんてことがあったけれど、体が大きくなるにつれてそれも無くなった。
なのに、なんで今更。いつもはこれくらい余裕なのに。
嫌だ、怒られる。やる気ないって思われたくない。怠け者って思われたくない。面倒臭いって、ダメなやつって思われたくない。
「いえ、トイレ行ってきます…」
「え?…あー、別に好きに行っていいからな?」
そうだ、風邪は自分の管理が出来てなかった代償。甘えちゃだめだ。ちゃんとしないと。
「佐倉…大丈夫?」
あれから1時間。デスクでパソコンを叩いていたら、突然先輩に肩を叩かれた。
「何ですか?」
「いや…ずっと泣きそうな顔だから。さっきも何か言いかけてたし。大丈夫?分かんないとこある?」
「っ゛、」
あ、何か。やばい。顔がくしゃりと歪んで、目元が熱くなった。
「すみません、」
喋ったら何か、堪えきれなくなりそうで次の言葉が出ない。
「とりあえず外で話そっか」
半ば強制的に腕を引かれる。周りがこちらをチラチラと見ているのが居た堪れなくて下を向いた。
「何か飲む?」
「いえ…」
「そこ座ろう」
「…」
休憩時間でもない休憩室には誰も居ない。座るように促されて、先輩の真向かいの席に座った。
「どうしたの本当に。言ってみー?ゆっくりで良いから」
笑ったような、のんびりとした口調でコーヒーを飲む先輩。唇が震えて、机の上に置いた手を意味なく下ろす。
「一時間くらい前、俺のとこきてくれたよね?その時言いたいことあったんじゃない?」
「ぁ…と…」
何でもないって言わなきゃ。先輩の時間、ずっと削ってしまう。でも、どう言えば良いか分からない。口に出そうとすると、息が急に詰まる。
「根詰めすぎなんだよお前は。大丈夫、一緒に何とかしような?」
ふわりと頭を撫でられた。瞬間、ひくりと喉が震えた。
「きょう、かえりたい…っ゛、」
絞り出した言葉と同時に、ぼろりと生暖かいものが頬を伝う。
「え、佐倉!?」
「っ、ぁ、っひ、座ってるの、しんどい、」
何やってんだろ俺。24歳にもなって、会社で大泣きして。こんなこと言っちゃダメなのに。先輩の柔らかい雰囲気に、優しさにつけこんでる。
「うわほんとだ熱っ!!」
「ちがう、気をつけてた、さぼりじゃない、ごめ、なさい、でも、っ」
「そんなん分かってるよ…うわぁ…とりあえず早く仮眠室いこ」
あ、やばい。呆れられた。はぁ…と深いため息をついた先輩はきっと、怒っている。まずい、訂正しないと。
「すみませ、仕事もどるっ、だから、大丈夫だからっ、」
「え?いやいやいや…何でそうなるの」
「大丈夫だから、しごとっ、ちゃんとするぅ、ひ、ぅ゛、…」
「え、ちょっと、まってまって、とりあえず仮眠室!!仮眠室ね!!」
風邪をひくってこんなにしんどかったっけ。休憩時間、誰もいない階段で耐えきれずに横になる。コンビニで買ったおにぎりは食べられそうにない。固い床に頬をつけて、目を閉じると少し楽だ。行儀が悪いけど許してほしい。
今日は朝から体が重かった。頬がほてった感じ、めまい、ふらつき。典型的な風邪の症状。でも今日は平日で、社会人の俺は仕事に行かなければならない。
大丈夫、怒られるよりはマシ。今日一日だけ頑張って、明日からの二連休はいっぱい寝ればいい。
「っは…っぁ…」
座っているだけなのに姿勢を保つのが辛い。時計を何度も見るけどいつもより何倍も長く感じる。休みたい、早くベッドに潜り込みたい、もうここで寝っ転がってしまいたい。体力が落ちているのだろうか。歳なのか。学生時代には考えもしなかったことが頭をよぎる。
休ませてもらおうかな、なんて。
「あの、先輩…」
いつも教えてくれる優しい先輩のデスクの前に行く。
「ん?どした?」
メガネを外してこちらを向く先輩。目が合うと何故か変に緊張して。少し幼い顔立ちで、目元に皺を寄せて微笑んでくれて、何も怖くないはずなのに。
「あの…おれ、」
言いかけて、言葉が詰まる。バクバクと心臓がうるさくて、ごめんなさいって言葉が何度も何度も頭の中を反芻する。
『あんたが学校休んだせいで!!今日仕事行けなかったの!!迷惑かけてんの!!分かる!?』
『あーあ、熱出すなって言ってるよね!?っはぁ…学校には行きなさいよ。保健室なんてとこ行かないでね。電話掛かってきて面倒だから』
昔、母に言われたことがフラッシュバックする。俺の母は学校を休むとめちゃくちゃ怒る人だった。熱があっても、咳をしていても、どれだけ気分が悪くても。そもそも熱を出すこと自体体調管理ができていないからだと言われる。一度早退をするために先生が母を呼び出したことがあったが、帰りの車では永遠とその日の予定が狂ったことを言い続けられた。
それからはどれだけ熱があっても学校に行って、その上保健室に連れて行かれないように「いつも通り」を演じて。小さい頃は途中で限界がきて倒れるなんてことがあったけれど、体が大きくなるにつれてそれも無くなった。
なのに、なんで今更。いつもはこれくらい余裕なのに。
嫌だ、怒られる。やる気ないって思われたくない。怠け者って思われたくない。面倒臭いって、ダメなやつって思われたくない。
「いえ、トイレ行ってきます…」
「え?…あー、別に好きに行っていいからな?」
そうだ、風邪は自分の管理が出来てなかった代償。甘えちゃだめだ。ちゃんとしないと。
「佐倉…大丈夫?」
あれから1時間。デスクでパソコンを叩いていたら、突然先輩に肩を叩かれた。
「何ですか?」
「いや…ずっと泣きそうな顔だから。さっきも何か言いかけてたし。大丈夫?分かんないとこある?」
「っ゛、」
あ、何か。やばい。顔がくしゃりと歪んで、目元が熱くなった。
「すみません、」
喋ったら何か、堪えきれなくなりそうで次の言葉が出ない。
「とりあえず外で話そっか」
半ば強制的に腕を引かれる。周りがこちらをチラチラと見ているのが居た堪れなくて下を向いた。
「何か飲む?」
「いえ…」
「そこ座ろう」
「…」
休憩時間でもない休憩室には誰も居ない。座るように促されて、先輩の真向かいの席に座った。
「どうしたの本当に。言ってみー?ゆっくりで良いから」
笑ったような、のんびりとした口調でコーヒーを飲む先輩。唇が震えて、机の上に置いた手を意味なく下ろす。
「一時間くらい前、俺のとこきてくれたよね?その時言いたいことあったんじゃない?」
「ぁ…と…」
何でもないって言わなきゃ。先輩の時間、ずっと削ってしまう。でも、どう言えば良いか分からない。口に出そうとすると、息が急に詰まる。
「根詰めすぎなんだよお前は。大丈夫、一緒に何とかしような?」
ふわりと頭を撫でられた。瞬間、ひくりと喉が震えた。
「きょう、かえりたい…っ゛、」
絞り出した言葉と同時に、ぼろりと生暖かいものが頬を伝う。
「え、佐倉!?」
「っ、ぁ、っひ、座ってるの、しんどい、」
何やってんだろ俺。24歳にもなって、会社で大泣きして。こんなこと言っちゃダメなのに。先輩の柔らかい雰囲気に、優しさにつけこんでる。
「うわほんとだ熱っ!!」
「ちがう、気をつけてた、さぼりじゃない、ごめ、なさい、でも、っ」
「そんなん分かってるよ…うわぁ…とりあえず早く仮眠室いこ」
あ、やばい。呆れられた。はぁ…と深いため息をついた先輩はきっと、怒っている。まずい、訂正しないと。
「すみませ、仕事もどるっ、だから、大丈夫だからっ、」
「え?いやいやいや…何でそうなるの」
「大丈夫だから、しごとっ、ちゃんとするぅ、ひ、ぅ゛、…」
「え、ちょっと、まってまって、とりあえず仮眠室!!仮眠室ね!!」
313
あなたにおすすめの小説
【BL】捨てられたSubが甘やかされる話
橘スミレ
BL
渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。
もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。
オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。
ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。
特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。
でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。
理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。
そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!
アルファポリス限定で連載中
二日に一度を目安に更新しております
飼われる側って案外良いらしい。
なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。
向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。
「まあ何も変わらない、はず…」
ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。
ほんとに。ほんとうに。
紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22)
ブラック企業で働く最下層の男。顔立ちは悪くないが、不摂生で見る影もない。
変化を嫌い、現状維持を好む。
タルア=ミース(347)
職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。
最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?
2025/09/12 1000 Thank_You!!
月弥総合病院
僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。
また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。
(小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!
悪夢の先に
紫月ゆえ
BL
人に頼ることを知らない大学生(受)が体調不良に陥ってしまう。そんな彼に手を差し伸べる恋人(攻)にも、悪夢を見たことで拒絶をしてしまうが…。
※体調不良表現あり。嘔吐表現あるので苦手な方はご注意ください。
『孤毒の解毒薬』の続編です!
西条雪(受):ぼっち学生。人と関わることに抵抗を抱いている。無自覚だが、容姿はかなり整っている。
白銀奏斗(攻):勉学、容姿、人望を兼ね備えた人気者。柔らかく穏やかな雰囲気をまとう。
寂しいを分け与えた
こじらせた処女
BL
いつものように家に帰ったら、母さんが居なかった。最初は何か厄介ごとに巻き込まれたのかと思ったが、部屋が荒れた形跡もないからそうではないらしい。米も、味噌も、指輪も着物も全部が綺麗になくなっていて、代わりに手紙が置いてあった。
昔の恋人が帰ってきた、だからその人の故郷に行く、と。いくらガキの俺でも分かる。俺は捨てられたってことだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる