寂しいを分け与えた

こじらせた処女

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 膝の上で大泣きしていた弟子は、疲れたのだろうか。小さくしゃくりを上げながら、指をしゃぶっている。
「灯、飯は食えそうか?」
返事はない。ひっくり返った焼き魚とお浸しはまだ生きている。ご飯もほとんど茶碗におさまっているから大丈夫。味噌汁は半分以上こぼれているが、殆ど無事だった。
試しに飯を一口、口元に運んでみると、小さな口が開く。次々と残った飯を目の前に持っていくと、雛鳥のような挙動で箸の先端に口をつける。先ほどの癇癪は何だったのかというほどに、みるみるうちに食事は片付いていく。
「…おれ、ご飯すき、美味しくないの、うそ、」
「…そうか」
俺の持っていた箸を取って、ひっくり返った味噌汁の残りをかき込む灯。
「…ごめんなさい、」
畳に溢れた汁を拭きながらまた、泣きそうに目が揺らいでいる。
「片付けは良いからおいで」
無理やり布巾を取り上げて、自分の膝の上に灯を引き寄せる。
「何でこんな事した?」
「…わかんない、」
あ、また指をしゃぶっている。目元もキョロキョロとして、落ち着きがない。
「あ、」
また我に帰ったように、慌てて指を外して裾で隠すように拭いている。
「我慢しなくていい。落ち着くんだろう?」
「…いいです、」
「そうか」
何度も何度も背を撫でる。胸に顔を寄せるようにくっついた灯の目は段々と落ちている。
「今日は一緒に寝るか?」
一瞬間があった後すぐに、拒絶の意味で首が横に振れる。とはいえ、もう半分夢の中にいる。寝室まで連れて行って変に起こしてしまうのも可哀想だし、このひっつかれた状態では布団も敷けない。八方塞がりだなぁと苦笑しながら背を撫でていたら、いつの間にか自分も眠ってしまっていた。








 引き攣った息遣いと、下の濡れた冷たい感触で目が覚めた。
ああそうか、あのまま寝てしまったのかと意識がはっきりしていくのと共に、抱き抱えていた子供がいないことに気づく。
暗がりの中目を凝らすと、部屋の隅に居るのが分かる。
灯、と声をかけるとわかりやすくびくりと肩が跳ねる。心底どうしようといった、狼狽した息が聞いているだけで痛々しい。
「怒ってないから。一緒に体流しに行くぞ」
無理やり立たせて腕を引く。ずっと息が引き攣っていて、歩く姿もぎこちない。
「まだ残っているか?」
下を向いたままの頭は縦に振れる。
厠に誘導すると、黙ったまま1人で入っていく。便器に水が叩きつけられる音と、啜り泣く声。ひとしきりの音が消えても、灯は出てこない。
「灯、風邪をひくから出てきなさい」
何度か戸を叩くと、控えめに扉が開く。相変わらず下を向いたままで、でも涙が地面に落ちるのは見えて。何と声をかけたら良いか分からないまま、脱衣所に到着し、とりあえず服を脱ぐ。
「ひとりで、できる、」
私の手を振り払ったものの、一向に服を脱ぐ気配がない。見かねた私が紐をほどくと、耐えていたであろう涙の勢いが強まって、大きくしゃくりを上げ始める。
「できる、の゛にっ、ごはんも、かわやも、っ゛、」
「おもらしなおんない、もぉ゛、やだぁ…」
ふやけた親指も、食事の拒否も、夜尿も全部、心が疲れたっていう合図だったのに。
中途半端に大きい子供はただ、自尊心が傷ついて苦しんでしまう。
「灯は多分、心が風邪を引いているんだと思う」
握りしめすぎて白くなった小さな手を上からそっと握る。
「前に言ったこと覚えているか?寂しいとご飯が食べられないって」
小さく頷きが返ってくる。
「今日の灯は多分、寂しいの限界だったんだと思う」
「…おれ、わかんない、寂しいとか、わかんない、」
「前に私の部屋にきた事があっただろう。あの時はきちんと眠れただろう?」
「でも、…布団汚した、…」
「そんなの洗うんだからどうでもいい。灯が安心して眠れるなら何枚だって汚せばいい」
「…でも、」
「灯と一緒に眠ると、私も良く眠れる気がするから。私の寂しいも、分けさせてくれないか?」


 灯は何も言わなかった。一緒に体を流して、新しい服に着替え、食べた食器を一緒に洗った。何も言わないまま自室に引っ込んだものだから、諦めて1人で寝るかと足を進めていたら、後ろからパタパタと足音がする。
「…い…っしょに寝ないんですか、」
少し躊躇った口調で、でも少し拗ねたような声色で。灯の腕には枕が抱き抱えられていた。




 あれから3週間ほど経っただろうか。あれだけ悩んでいた夜尿も、2日に1回、3日に1回と減っていき、とうとう布団を汚す日がほとんどなくなっていった。
 灯は一昨日から1人で眠るようになった。心の風邪が治ったから、と本人は言っていた。顔色も良いようだし、食事も食べ盛りなのか、よく食べる。よくよく見たら、身長も少し伸びたように思う。
 子供の成長は早い。出来ることも、口答えも生意気も増えた灯の姿を見て、父が亡くなった時とはまた違う寂しさを覚えた。




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感想 3

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みんなの感想(3件)

Bourbon
2025.12.24 Bourbon
ネタバレ含む
2025.12.25 こじらせた処女

こんなに熱のある感想、不快に思うわけがないです…😭とても嬉しいです😊
細かいところにも気づいて頂き、書いて良かったって思いました😭😭😭
めちゃくちゃめちゃくちゃ、ありがとうございます😊😊😊
アルファポリスは面白い作品が沢山転がっているので、アルファポリス生活、楽しんでください!!

解除
めい
2025.08.13 めい

もう本当にこじらせた処女様の作品好きすぎて…文の書き方も設定も全部大好きです!!
定期的に見に来てるんですけど、新作出てて嬉しすぎてなんかもう泣きかけました…
今作の設定も大好きすぎますし、師匠の暖かさに思わず泣いてしまいそうです…
灯も可愛すぎますし、なんかもはや全てが愛おしい…
全力で応援してます!!最近は異常気象が続いてて大変ですが、お身体に気をつけて、無理のない範囲で頑張ってくださるとすっごい嬉しいです!!

2025.08.13 こじらせた処女

いつもありがとうございます😭
喜んでいただけて幸です…😿
最近暑すぎますよね😡
めいさんも体調に気をつけてお過ごし下さいね😊

解除
one
2025.08.11 one

ありがとうございます。
あなた様の作品大好きです。
前の、元戦士の話の師弟関係も最高でしたが、今回も最高です。
灯が少しでも幸せになれますように。

2025.08.12 こじらせた処女

お褒めにあずかり光栄です…😭
いつも見ていただいてありがとうございます…嬉しい限り…!
幸せになって欲しいものですね…😭

解除

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