巻き込まれ召喚のモブの私だけが還れなかった件について

みん

文字の大きさ
48 / 203
第三章ーパルヴァン辺境地ー

2人の騎士の思い

しおりを挟む
*本日、2話目です*








†ステファン=オーブリー†


『んー…じゃあさ、これは…この世界で俺と会った思い出として…もらってくれるか?それに、たいした物じゃないから、安心してくれ。』

“たいした物じゃない”と言うのは本当の事だった。

『…多分…これでもう、話せる時と言うか会う事は…無いと思う…。どうか…元の世界に還っても…元気で…。』

精一杯の虚勢を張っていたのだと…今なら判る。そんな俺に対して、彼女は

『はい。オーブリー様も…お元気で。』

本当に嬉しそうに綺麗な笑顔でそう応えたのだ。還れる事が…嬉しいのだと…。その笑顔を見ると嬉しさと、それが何だか腹立たしくもあって…彼女の手をとってキスを落とした。途端に、彼女は固まったようだった。そんな彼女の顔を敢えて見ずに、踵を返して訓練場まで走った。

ーあのブレスレットを見る度に…身に着ける度に思い出せばいいー

一緒に居たのはほんの少しの間だけ。会話だってそんなに交わしていない。エスコートできたのも一度だけ。

彼女達が還った後も、俺は普通に過ごせていたと思う。思っていたー



『…パルヴァン邸付きの薬師です。』

『パルヴァン邸付きの薬師の“ルディ”です。お騒がせして…すみませんでした。』



“薬師”─そう聞いて…チクリと胸が痛みを訴えた。そこで初めて気が付いた。
俺はこの1年、“薬師”を避けていた事に。訓練で怪我をしても、魔力を消費して疲れても…薬師の元には行かなかった。

ー行けなかったのだー

診療室に行っても…薬師である彼女が居ないから。その現実を受け入れたくなかったんだろう。自分でも気付かないうちに、彼女の存在がここまで大きくなっているとは…自分自身が一番驚いていて…動揺した。動揺し過ぎて、ルディ殿に挨拶を返しもせず王太子殿下の居る部屋までやって来てしまった。

1年経ってから気付くとは…呆れを通り越して嗤えるな。この視察が終わって王都に帰ったら、飲みにでも行くか…。
そう思いながら、王太子殿下の待つ部屋の扉をノックした。





††ティモス††


「本当に…穢れが全く出てないんですね…」

魔導師であるクレイル=ダルシニアン様が、やや引き気味に囁いた。
確かに、1年前に来た時は体が重く感じる程の穢れがあった。フェンリルが現れた後の穢れは、更に酷かった。それでも、あの聖女様達は更に凄かった。

ーもう、“凄かった”としか言いようがなかったなー

もともと浄化のペースは早かったが、(後でそれがハルだと知ったが)同行した薬師がフェンリルと対面して危なかったと言う事を知るや否や、更にペースが早くなり、且つ、浄化の力も強くなったのだ。

そんな聖女様が3人も居た。
そのお陰で、この森は未だに穢れ知らずだ。

「本当に、色々と規格外な聖女様達だったな。今頃は……。きっと、で元気に過ごしているんだろうな…。」

王太子殿下のその囁きに、僅かに反応してしまう。

ーハルは還れなかったんだー

と、口から出そうになるのをグッと耐える。王太子殿下も、宰相も…国王陛下すら知らないんだ。4人とも還ったと信じているんだ。

ハルが泣いたところなんて、見た事がない。、俺が問答無用で拘束した時も、地下の牢屋でパルヴァン様と再会した時も。もう、元の世界に還れないと判った時も泣かなかったらしい。



『別に、感傷に浸っている訳じゃないですからね?逆に、何となく…落ち着く感じがするんですよね。なので、変な気は使わないで下さいね!』


そう言って笑っていた。ハルはいつも笑っている。だから、逆に心配になる。俺のは、決して恋心ではない。ハルとキスしてそれから…

ーうん。無いな。全く想像できないしー

それに…ハルにも、誰かハルの事を好きになって側で支えてくれる奴が現れてくれたら良いのにとさえ思う。そして、ハルもこの世界で好きな男と幸せになってくれたら良いなと。それはきっと、俺ではないし、俺もそれを望んではいない。“妹”みたいなもんだろうな。それが一番しっくり来る。

ー独り暮らしの事は、もう少し先にしてもらおう。まだまだ心配だー

視察中にも関わらず、そんな事をつらつらと考えていると、前を進んでいたパルヴァン様が

「そう言えば、あのフェンリルはどうなりました?」

「あのフェンリルは、あれ以降おとなしくしているから、あのまま様子をみているんだが…」

と、王太子殿下が言い淀み、その後をダルシニアン様が引き継ぐ様に話し出した。

「自分を拘束した私とエディオルにだけなんです。殿下に至っては、無関心な時と探るような仕草を取る時があります。この3人以外に対しては、暴れはしないが殺気を放つので、近付く事すら難しいんですよね。」


拘束した相手に無関心?意味が分からない。その反対なら分かるが…。

そう言えば…フェンリルが現れた時、確かに、“怒り”を感じたが、ただそれだけだった。“殺気”は感じなかった。その事に何となく違和感を感じたなと思い出した。

しおりを挟む
感想 152

あなたにおすすめの小説

水魔法しか使えない私と婚約破棄するのなら、貴方が隠すよう命じていた前世の知識をこれから使います

黒木 楓
恋愛
 伯爵令嬢のリリカは、婚約者である侯爵令息ラルフに「水魔法しか使えないお前との婚約を破棄する」と言われてしまう。  異世界に転生したリリカは前世の知識があり、それにより普通とは違う水魔法が使える。  そのことは婚約前に話していたけど、ラルフは隠すよう命令していた。 「立場が下のお前が、俺よりも優秀であるわけがない。普通の水魔法だけ使っていろ」  そう言われ続けてきたけど、これから命令を聞く必要もない。 「婚約破棄するのなら、貴方が隠すよう命じていた力をこれから使います」  飲んだ人を強くしたり回復する聖水を作ることができるけど、命令により家族以外は誰も知らない。  これは前世の知識がある私だけが出せる特殊な水で、婚約破棄された後は何も気にせず使えそうだ。

取り巻き令嬢Aは覚醒いたしましたので

モンドール
恋愛
揶揄うような微笑みで少女を見つめる貴公子。それに向き合うのは、可憐さの中に少々気の強さを秘めた美少女。 貴公子の周りに集う取り巻きの令嬢たち。 ──まるでロマンス小説のワンシーンのようだわ。 ……え、もしかして、わたくしはかませ犬にもなれない取り巻き!? 公爵令嬢アリシアは、初恋の人の取り巻きA卒業を決意した。 (『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)

私が嫌いなら婚約破棄したらどうなんですか?

きららののん
恋愛
優しきおっとりでマイペースな令嬢は、太陽のように熱い王太子の側にいることを幸せに思っていた。 しかし、悪役令嬢に刃のような言葉を浴びせられ、自信の無くした令嬢は……

【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです

大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。 「俺は子どもみたいな女は好きではない」 ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。 ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。 ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。 何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!? 貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。

自業自得じゃないですか?~前世の記憶持ち少女、キレる~

浅海 景
恋愛
前世の記憶があるジーナ。特に目立つこともなく平民として普通の生活を送るものの、本がない生活に不満を抱く。本を買うため前世知識を利用したことから、とある貴族の目に留まり貴族学園に通うことに。 本に釣られて入学したものの王子や侯爵令息に興味を持たれ、婚約者の座を狙う令嬢たちを敵に回す。本以外に興味のないジーナは、平穏な読書タイムを確保するために距離を取るが、とある事件をきっかけに最も大切なものを奪われることになり、キレたジーナは報復することを決めた。 ※2024.8.5 番外編を2話追加しました!

笑い方を忘れた令嬢

Blue
恋愛
 お母様が天国へと旅立ってから10年の月日が流れた。大好きなお父様と二人で過ごす日々に突然終止符が打たれる。突然やって来た新しい家族。病で倒れてしまったお父様。私を嫌な目つきで見てくる伯父様。どうしたらいいの?誰か、助けて。

0歳児に戻った私。今度は少し口を出したいと思います。

アズやっこ
恋愛
 ❈ 追記 長編に変更します。 16歳の時、私は第一王子と婚姻した。 いとこの第一王子の事は好き。でもこの好きはお兄様を思う好きと同じ。だから第二王子の事も好き。 私の好きは家族愛として。 第一王子と婚約し婚姻し家族愛とはいえ愛はある。だから何とかなる、そう思った。 でも人の心は何とかならなかった。 この国はもう終わる… 兄弟の対立、公爵の裏切り、まるでボタンの掛け違い。 だから歪み取り返しのつかない事になった。 そして私は暗殺され… 次に目が覚めた時0歳児に戻っていた。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 作者独自の設定です。こういう設定だとご了承頂けると幸いです。

お飾り公爵夫人の憂鬱

初瀬 叶
恋愛
空は澄み渡った雲1つない快晴。まるで今の私の心のようだわ。空を見上げた私はそう思った。 私の名前はステラ。ステラ・オーネット。夫の名前はディーン・オーネット……いえ、夫だった?と言った方が良いのかしら?だって、その夫だった人はたった今、私の足元に埋葬されようとしているのだから。 やっと!やっと私は自由よ!叫び出したい気分をグッと堪え、私は沈痛な面持ちで、黒い棺を見つめた。 そう自由……自由になるはずだったのに…… ※ 中世ヨーロッパ風ですが、私の頭の中の架空の異世界のお話です ※相変わらずのゆるふわ設定です。細かい事は気にしないよ!という読者の方向けかもしれません ※直接的な描写はありませんが、性的な表現が出てくる可能性があります

処理中です...