140 / 203
第五章ー聖女と魔法使いとー
パルヴァンの森
しおりを挟む「─リュウ…。」
その名を呼ぶと、一瞬のうちに風が舞い上がり
「案外…呼ぶのが早かったな?あ、その服、懐かしいな。」
と、嬉しそうな顔をしたリュウが現れた。
「しかも…パルヴァンの森に呼ばれるとは…嬉しいね。」
流石はゲームの製作者と言ったところか…ここがパルヴァンの森と言う事を知っているようだ。
「それで?自分の居場所だと思っていた場所は…どうだった?どうなった?」
「……」
「…ははっ…可哀想なハル…。」
“可哀想”といいながら、嬉しそうに嗤うリュウ。この人は、本当にゲームのシナリオにしか関心がないんだろう。自分で作ったゲームを完成させたいんだろう。
「約束通り、俺が、ハルの居場所を作ってやる。俺の手を取れ─。」
と、右手を差し出すリュウ。私はその手を一瞥した後
「…その前に…訊きたい事がある。」
「何?」
「自分で選んだ道が、“ゲームのシナリオと違うから”と言う理由だけで…それが全て無駄になる世界に居て…リュウは幸せなの?リュウの幸せは…この世界で宮下香が幸せになる事だけなの?」
リュウの表情は変わらないけど、差し出されていた手をスッと下げた。
「─そうだよ。ここは、俺が作った世界だからね。初めて大きな仕事を任されたのに…ゲーム完成前に死んでしまって…。だから、俺は、この世界で、このゲームを完成させたいんだ。」
「なら、私は…リュウの手は…取れない。」
「は?」
断られるとは思っていなかったのだろう。リュウは、こんな時でも笑える程の間抜けな顔をしている。
そのリュウの気が緩んでる隙に、自分の周りに防御の魔法を掛ける。“結界”みたいなものだ。誰にも邪魔をされたくないから。
「私は…例え報われなくても、失敗しても辛い事があっても…自分の意思で選んだ道を歩く事ができない─そんな世界で生きていくなんて…嫌だ。」
「…私の名は“ハル”。“レフコース”…さよならだ…ごめんね…。」
すると、私の中からレフコースの魔力と何かが消えて行くのが分かった。
「リュウ、あなたには感謝するわ。」
「…何を?」
「私は、内緒にしていた事があるの。」
そう話しながら、足下に魔法陣を展開させる。
「え!?何で!?その魔法陣は─!?」
その魔法陣を見て、リュウが目を見張る。
そう、リュウが言ったのだ
『─そうだよ。魔法使いには…それができるだけの魔力があるからね。まぁ、それでも、できるのは1回だけだろうけどね。2度目は多分…魔力が足らなくて死んじゃうかもしれないからね。』
1回だけでも召喚ができるなら
私自身が還る事もできるんだ
「私は…私も…魔法使いだったのよ。しかも…あなたより…格上の…ね?」
「─っ!?」
リュウが慌てて私に何か魔法を飛ばすが、私が掛けていた結界に全て弾き飛ばされていく。
「─ハル!!」
そして、私の魔力を一気に練り上げて、魔法陣に魔力を注ぎ込む。
「さようなら─。」
淡い水色の光が一気に溢れて─
その光が収まると…そこにはもう、ハルの姿は無かった。
*****
『ありがとう。サエラさん。』
「え?」
何となく、名前を呼ばれたような気がして振り返る。
「あれ?」
今さっき、そこに居た筈の薬師様が居なかった。
この庭には、本来であれば、ベラトリス様か王太子殿下の許可が無ければ入れない。でも、その薬師様はここに居た。普段であれば、私も警戒するのだが…。
ベラトリス様の視察に付き添い、帰りにトラブルがあり、帰城予定が延びた為、この庭の花のお世話が出来ず、帰城してすぐに確認に来ると、何となく元気がなくなっていて…どうしたものか…と思っていたところ、その薬師様が魔術で元気にしてくれたのだ。悪い人ではないのだろう。
そして、その薬師様もかすみ草が好きだと言う。だから、お礼に─と、かすみ草のブーケを作り、その薬師様にお渡しをした。
『…ありがとう…ございます…。』
と、震えるような声で囁く薬師様は…容姿は全く違うけれど、雰囲気がハル様に似ていた。それが何だか嬉しくて、─ゆっくりしていって下さい─と口にしていた。
お互い、初めて会った筈で、お互い名乗りもしなかったから、その薬師様が私の名前を知っている筈がない。だから…呼ばれたと思ったのは…気のせいでしょう─と、気持ちを切り替えて、ベラトリス様の元へと足を向けた。
足元で丸まっていたレフコース殿の耳がピクリッと動き、スッと立ち上がり
『主の魔力が…途切れた─』
そう言った瞬間、レフコース殿は本来の大きさになった。そして、そのままその場所でじっとしたまま動かず、耳だけがピクピクと動いていた。
『…主の魔力を感じぬ─主が…何処にも居ない─』
レフコース殿の“主”とは、“ハル殿”の事だ。そのハル殿が何処にも居ないとは…どう言う事だ?
俺自身、意味が分からず、ただただレフコース殿を見ていると
「別に…あのハルって人が居なくなっても…問題はないんじゃないかしら?」
と、俺の横に居る女…聖女様が口を出した。
186
あなたにおすすめの小説
取り巻き令嬢Aは覚醒いたしましたので
モンドール
恋愛
揶揄うような微笑みで少女を見つめる貴公子。それに向き合うのは、可憐さの中に少々気の強さを秘めた美少女。
貴公子の周りに集う取り巻きの令嬢たち。
──まるでロマンス小説のワンシーンのようだわ。
……え、もしかして、わたくしはかませ犬にもなれない取り巻き!?
公爵令嬢アリシアは、初恋の人の取り巻きA卒業を決意した。
(『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)
私が嫌いなら婚約破棄したらどうなんですか?
きららののん
恋愛
優しきおっとりでマイペースな令嬢は、太陽のように熱い王太子の側にいることを幸せに思っていた。
しかし、悪役令嬢に刃のような言葉を浴びせられ、自信の無くした令嬢は……
【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです
大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。
「俺は子どもみたいな女は好きではない」
ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。
ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。
ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。
何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!?
貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。
自業自得じゃないですか?~前世の記憶持ち少女、キレる~
浅海 景
恋愛
前世の記憶があるジーナ。特に目立つこともなく平民として普通の生活を送るものの、本がない生活に不満を抱く。本を買うため前世知識を利用したことから、とある貴族の目に留まり貴族学園に通うことに。
本に釣られて入学したものの王子や侯爵令息に興味を持たれ、婚約者の座を狙う令嬢たちを敵に回す。本以外に興味のないジーナは、平穏な読書タイムを確保するために距離を取るが、とある事件をきっかけに最も大切なものを奪われることになり、キレたジーナは報復することを決めた。
※2024.8.5 番外編を2話追加しました!
お飾り公爵夫人の憂鬱
初瀬 叶
恋愛
空は澄み渡った雲1つない快晴。まるで今の私の心のようだわ。空を見上げた私はそう思った。
私の名前はステラ。ステラ・オーネット。夫の名前はディーン・オーネット……いえ、夫だった?と言った方が良いのかしら?だって、その夫だった人はたった今、私の足元に埋葬されようとしているのだから。
やっと!やっと私は自由よ!叫び出したい気分をグッと堪え、私は沈痛な面持ちで、黒い棺を見つめた。
そう自由……自由になるはずだったのに……
※ 中世ヨーロッパ風ですが、私の頭の中の架空の異世界のお話です
※相変わらずのゆるふわ設定です。細かい事は気にしないよ!という読者の方向けかもしれません
※直接的な描写はありませんが、性的な表現が出てくる可能性があります
0歳児に戻った私。今度は少し口を出したいと思います。
アズやっこ
恋愛
❈ 追記 長編に変更します。
16歳の時、私は第一王子と婚姻した。
いとこの第一王子の事は好き。でもこの好きはお兄様を思う好きと同じ。だから第二王子の事も好き。
私の好きは家族愛として。
第一王子と婚約し婚姻し家族愛とはいえ愛はある。だから何とかなる、そう思った。
でも人の心は何とかならなかった。
この国はもう終わる…
兄弟の対立、公爵の裏切り、まるでボタンの掛け違い。
だから歪み取り返しのつかない事になった。
そして私は暗殺され…
次に目が覚めた時0歳児に戻っていた。
❈ 作者独自の世界観です。
❈ 作者独自の設定です。こういう設定だとご了承頂けると幸いです。
婚約破棄されたトリノは、継母や姉たちや使用人からもいじめられているので、前世の記憶を思い出し、家から脱走して旅にでる!
山田 バルス
恋愛
この屋敷は、わたしの居場所じゃない。
薄明かりの差し込む天窓の下、トリノは古びた石床に敷かれた毛布の中で、静かに目を覚ました。肌寒さに身をすくめながら、昨日と変わらぬ粗末な日常が始まる。
かつては伯爵家の令嬢として、それなりに贅沢に暮らしていたはずだった。だけど、実の母が亡くなり、父が再婚してから、すべてが変わった。
「おい、灰かぶり。いつまで寝てんのよ、あんたは召使いのつもり?」
「ごめんなさい、すぐに……」
「ふーん、また寝癖ついてる。魔獣みたいな髪。鏡って知ってる?」
「……すみません」
トリノはペコリと頭を下げる。反論なんて、とうにあきらめた。
この世界は、魔法と剣が支配する王国《エルデラン》の北方領。名門リドグレイ伯爵家の屋敷には、魔道具や召使い、そして“偽りの家族”がそろっている。
彼女――トリノ・リドグレイは、この家の“戸籍上は三女”。けれど実態は、召使い以下の扱いだった。
「キッチン、昨日の灰がそのままだったわよ? ご主人様の食事を用意する手も、まるで泥人形ね」
「今朝の朝食、あなたの分はなし。ねえ、ミレイア? “灰かぶり令嬢”には、灰でも食べさせればいいのよ」
「賛成♪ ちょうど暖炉の掃除があるし、役立ててあげる」
三人がくすくすと笑うなか、トリノはただ小さくうなずいた。
夜。屋敷が静まり、誰もいない納戸で、トリノはひとり、こっそり木箱を開いた。中には小さな布包み。亡き母の形見――古びた銀のペンダントが眠っていた。
それだけが、彼女の“世界でただ一つの宝物”。
「……お母さま。わたし、がんばってるよ。ちゃんと、ひとりでも……」
声が震える。けれど、涙は流さなかった。
屋敷の誰にも必要とされない“灰かぶり令嬢”。
だけど、彼女の心だけは、まだ折れていない。
いつか、この冷たい塔を抜け出して、空の広い場所へ行くんだ。
そう、小さく、けれど確かに誓った。
笑い方を忘れた令嬢
Blue
恋愛
お母様が天国へと旅立ってから10年の月日が流れた。大好きなお父様と二人で過ごす日々に突然終止符が打たれる。突然やって来た新しい家族。病で倒れてしまったお父様。私を嫌な目つきで見てくる伯父様。どうしたらいいの?誰か、助けて。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる