【三章完結しました】チートは無いけどAIがある!社畜OLの異世界立身出世録

星 見人

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第42話 【波紋と布石】

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 港町の冬空は低く、灰色の雲が海面を押しつぶすように垂れ込めていた。
 ミサトが商業連合との試験契約を勝ち取ってから、わずか三日。港の空気は目に見えて変わっていた。

 桟橋には、湯ノ花の物資を積んだ馬車が着くたびに人だかりができ、倉庫では工房主や商人が書類片手に在庫を確認し、取引の順番を巡って言い争う声まで聞こえる。
 その賑わいの一方で、港町の中心街では別の空気も漂っていた。

「……見たか、昨日のザナックの使いの顔」
「港の北倉庫の契約、全部打ち切られたらしいな」
「代わりに湯ノ花? あんな小村に……」
 陰口と警戒が、狭い路地を吹き抜ける潮風に混じって流れてくる。

◇◇◇

 商業連合の臨時会議室。
 アレンは窓辺に立ち、海を眺めていた。
 背後には、ミサト。そして港の若手商人三人が座っている。

「正直な話をしよう」
 アレンは振り返り、低い声を落とす。
「ザナック商会は必ず動く。彼らは二十年、この港に南方の富を流し込み続けた。その立場を脅かす存在が現れれば、黙ってはいない」

「動く、とは?」
 ミサトは問いかける。

「三つの方法がある。価格破壊、供給封鎖、そして政治工作だ」
 アレンの目は鋭い。
「最初は値下げで市場を荒らし、我々と湯ノ花を消耗させる。その間に山岳航路への物資流入を絞り、最後に港の議会や領主に圧力をかけていくだろう…」

 ミサトは黙って頷く。想定していた通りだ。
 リリィが投影板に数字と図を浮かべる。
『はい。ミサト。価格破壊に対抗するには、港と山岳の需要を同時に押さえる必要があります。山岳側の輸送契約を拡大し、港の供給量を固定化すれば、ザナックの値下げ効果は限定的になります』

「ふふ、本当に便利な機械だな!つまり、湯ノ花の売り先を二つに増やすってことだな?」

「はい。しかも同時にですね!」
 ミサトは笑みを浮かべた。
「湯ノ花の里が港と山岳を繋ぐ交易網の中心になれば、価格競争の土俵をこちらが選べる」

 アレンはわずかに目を細める。
「ふっ、大胆だな。だが、やれるのか?」
「愚問ですね!やります!」
 その声には迷いがなかった。

◇◇◇

 会議を終えた帰り道、港の市場を抜ける途中で、ミサトは見慣れぬ人物に呼び止められた。
 深緑の外套をまとい、帽子のつばを深く下げた男、、
 ザナック商会の幹部代理だ。

「湯ノ花の長殿かな?ずいぶんといい取引をしているそうだな」
 皮肉めいた笑みを浮かべながら、男は一枚の紙片を差し出す。
「これが我らの新しい価格表だ。参考にしてくれ」

 ざっと目を通したミサトは、内心で息を吐く。
 港相場の半額、、明らかな価格破壊だ。
 これを続ければ湯ノ花の利益は大幅に削られる。

「ふふふ、ありがとうございます。貴重な資料ですね。教えて頂き助かります」
 淡々と礼を言い、そのまま立ち去ろうとするミサトに、男は最後の一言を投げかけた。
「港の商売は冷たい海と同じだ。泳ぎ慣れぬ者は、すぐに沈む…せいぜい溺れるなよ」
「ふふふ、ご心配ありがとうございます。でも…私こう見えても泳ぎは得意な方なので…」
『はい。ミサト。えっ?クロールですか?平泳ぎですか?もしかしてバタフライ??ミサトは犬カキが得意そうですけど??』
「あははっ!どれでもいいわっ!」
 二人は笑いながら湯ノ花の里へ戻って行った。
◇◇◇

 湯ノ花の宿屋に戻ると、カイルが待っていた。
「港での噂、すぐに山岳にも広まっていくぞ…。向こうは物資を欲しがってるから、、競争に巻き込まれたら……」
「うん…わかってるよ…」
 ミサトは机に地図を広げた。
「山岳との取引先を確保して、港と同時に契約を結ぶ。価格は維持しつつ、供給を安定させる方向でいく」
『はい。ミサト。加えて、ザナックの動きを事前に察知する情報網が必要です』
 リリィの声が響く。
『港の倉庫番、船乗り、宿屋の女将……小さな情報源を多数持てば、彼らの補給や価格改定を一歩先に読めます』

 ミサトはペンを取り、三つの円を描き始めた。
「まず外交は港と山岳の契約、そして経済は二重供給網、最後に情報は現場の目、、この三つの盤面を同時に回す!」
 リリィがくすっと笑う。
『はい。ミサト。それはまさに“帝王学”の一手ですね。とっさに出るとは素晴らしい。盤面を制する者が、戦わずして勝つ』

◇◇◇

 夜、宿の窓から見える港の灯が揺れていた。
 遠くで波が砕ける音と、商人たちの笑い声が入り混じる。
 その裏で、水面下の静かな駆け引きはもう始まっている、、ミサトはそれを知っていた。

 翌朝、港の倉庫街に出向いたミサトは、アレンに頼まれて新しい契約書の草案を確認していた。
 山岳側の商人が前日に港に到着しており、彼らは港と山岳の二重供給案に興味を示していた。

「えぇーっと、湯ノ花から直接、港と山岳に物資を流す……確かにこれなら価格は安定しますな」
「えぇ、その代わり、双方で同じ契約条件に同意していただきます」
 ミサトの言葉に、山岳商人は驚いた顔をした。
「んっ??港と山岳が同じ条件……?」
「はい。そうすれば、片方だけの値下げや買い占めは防げますので」

 一方、経済面ではカイルが港の倉庫番に小さな帳簿を渡していた。
「この日誌に、荷の動きと価格を毎日記録してくれ」
 これは情報網の一部だ。
 帳簿が毎週湯ノ花に送られれば、港の流通とザナック商会の動きを先読みできる。

 そして情報面では、村長、エルナが動く。
 宿屋の女将や酒場の給仕にも協力を依頼していた。
「聞いた話は、小さなことでもいいから紙に書いて残しておいてくれ!」「お願いします」
 
 港の裏通りや船乗り宿での何気ない噂、、
 それが未来の一手を決める材料になる。
 
 そうして湯ノ花の網は、目に見えぬ糸のように港と山岳へ広がり始めた。
 まだ細く脆いが、確かに張られたその糸は、やがて大きな力を結び寄せる。
 そしてミサトは知っていた、、嵐の前に織られる布こそが、次の時代を覆う幕となるのだ、と。


          続


            
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