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第41話 【港町の波を制す者】
しおりを挟む港町ガルマの湾に近づくにつれ、潮風の匂いが濃くなる。
海鳥の鳴き声、波止場の喧騒、樽や荷車を運ぶ人足たちの怒号。
湯ノ花の里から来た一行の目に、その活気はまるで別世界のように映った。
「あはは……規模が違う、、ここと戦うのかよ…」
ミサトは髪をかき上げて視線を巡らせる。
白い帆船がいくつも停泊し、荷揚げの列が途切れない。だが、繁栄の裏にある緊張も感じ取れた。通りの両脇に立つ警備兵の数が、明らかに多い。
『はい。ミサト。商業連合、内部で勢力争い中のようですね』
「あははっ!一応…チャンスってことね」
『はい。ミサト。その通り。内部不和は外部からの介入を容易にします』
港の大通りを抜け、ミサトたちは商業連合本部の石造りの建物に到着した。
重厚な扉をくぐると、磨き込まれた床と、商人たちの鋭い視線が迎える。
◇◇◇
ミサトたちは交渉の場に着いた。
会議室の中央には楕円形の大テーブル。
片側には、銀縁眼鏡の初老の男が座っていた。
彼こそ港町商業連合の現議長、アレン・クルース。
「遠路ご苦労。……湯ノ花の里から来た、と聞いたが」
声は穏やかだが、試すような響きがある。
「ええ、本日は港と山を結ぶ交易路の新規契約について、ご相談に伺いました」
ミサトは微笑を崩さず、資料を差し出す。
中には、温泉観光から生まれる物流計画と、農作物•工芸品の安定供給ルート案が詳細に記されていた。
アレンは書類を一瞥し、鼻を鳴らす。
「ふん、……確かに数字は悪くない。だがしかし、我々には既にザナック商会との契約がある」
「ええ、存じております。しかし契約期間は残り半年と聞いております。そして、彼らは既に一部納入を遅延しています」
ミサトは静かに切り返した。
机の下で、リリィが映し出した情報パネルには、港町の倉庫在庫の減少率と、ザナックの航路トラブルの記録が並んでいる。
アレンの眉がわずかに動いた。
「んっ?お前たち……その情報はどこから?」
「ふふ、港は情報が命ですから。こちらも相応の準備はしてきました」
ミサトは笑みを深める。
◇◇◇
ミサトが交渉中の裏の盤面(情報戦)
その頃、港の裏通りでは、村長が情報屋と接触していた。
「例の噂、広めてくれ。《ザナックの納入遅延が続けば、冬前に港の備蓄が尽きる》とな」
銀貨の袋が渡される。情報はすぐ市場に流れ、魚売りや樽職人の間でささやかれ始める。
同時に、港の外ではカイルが護衛と共に、別勢力との密会を進めていた。
相手は南方航路を握る小商会の代表。
「ザナックの衰退後、あなた方が空いた航路を使えるよう調整します。その代わり、、港町の票を一部、湯ノ花側に回してください」
握手が交わされる。港町内部の票割れを促す布石が打たれた。
◇◇◇
再び会議室。
「お前たちはザナックを外せというのか?」
「いいえ、取って代わるわけではありません」
ミサトは新たな契約案を広げる。
「港町は南方•山岳双方の物流を握ることで、冬期の供給不安を解消できる。ザナックとの契約は維持しつつ、湯ノ花との新規契約で保険をかける、、
これは、あなた方のリスクを減らす策です」
「ふむぅ、……だが契約は、数字だけでは動かない」
アレンは椅子に深く腰掛け、腕を組んだ。
「我々港町は、信頼を第一とする。ザナック商会との関係はもう二十年以上続いている。納入の遅延など、荒天の年にはよくあることだ」
「はい。確かに、信頼は取引の基礎ですよね!」
ミサトは即座に認める。
「ですが、信頼の土台は“約束を守ること”ではありませんか?」
彼女はゆっくりと書類の一枚を抜き、机の中央に置いた。
「こちらは、港町が過去十年間に記録した納入遅延の一覧と、その発生時期です。偶然かもしれませんが、遅延が集中しているのは、ザナックが他地域との契約を拡大している年ばかりです」
室内が静まり返る。
若い商人の一人が眉をひそめ、アレンを盗み見る。
「こ、これは……推測にすぎん」
「ええ、推測です!ですが…」
ミサトは柔らかく言い、次の資料を広げた。
「しかし、残念ながらこちらは確定情報です。、、今季、港の倉庫在庫はすでに例年の七割に落ち込み、しかも冬季需要期を控えて増産の兆しがない。港の鍛冶工房や織物工房は、既に資材不足で一部の注文を断り始めています」
ざわ……ざわざわ…と商人たちの間に波紋が走る。
数字の重みは、港を支える彼らにとって直撃だった。
「あなた方が今すぐにでも求めているのは、二十年の信頼の延長ですか? それとも、この冬を越えるための確実な物資ですか?」
ミサトの視線は真っすぐにアレンを射抜く。
アレンは唇を結び、短く息を吐いた。
「……だが、我々が湯ノ花と契約を結べば、ザナックを刺激することになるぞ!」
「そうですね!刺激は避けられません」
ミサトはあっさりと言い切る。
「しかし、ザナックは南方航路を握っています。彼らがそちらに注力し続けるなら、山岳航路は誰かが担わなければならない。その役を湯ノ花が負えば、港町は南北両面の安定供給を得られる」
ミサトはさらに一歩、机に近づいた。
「これは“対立”ではなく“補完”です。両方の航路を確保できれば、港町は交易量を二倍に拡大できます。
利益の計算をしますか?すぐにでも出来ますが??ねぇ!リリィ!」
リリィが即座に港の人口、交易量、消費量、輸送コストを計算し、幻灯板に映す。
そこには、二つの航路を併用した場合の利益増加率が鮮やかに示されていた。
若手商人たちが息を呑む。利益率は現行の1.4倍、、
港町にとっては喉から手が出る数字だ。
アレンの背後で、若手商人たちがざわめいた。
港の物流危機の噂は、既に彼らの耳にも届き始めていた。
やがてアレンは深く息をつき、机上のペンを取る。
「わかった。……半年間の試験契約だ。結果が出なければ、そこですぐに打ち切る」
「ありがとうございます!半年もあれば十分です!」
ミサトは深く一礼し、その瞬間、会議室の空気は彼女に傾いた。
◇◇◇
港を離れる馬車の中、ミサトは静かに息を吐く。
『ミサト。見事でした。経済・外交・情報、三盤面の同時進行……まさに帝王学の実践です』
「あはは、、また帝王学、、か……」
『はい。ミサト。歴史上、今回と同様の手を使ったのは、海洋貿易で覇権を握ったマルコ•デ•ルーチェ。ミサトは今、その道をなぞっています』
ミサトは笑った。
「あははっ!なら、負けられないわね。偉人達のその上に行かなきゃ!あっさりと越して上から見下ろしてやろうかな! なんてね~。今回も無我夢中だよっ!」
海風が頬を撫で、湯ノ花の里の未来が、その先に広がっているように感じられた。
続
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