48 / 179
第48話 【削られる日常と、必要な存在】
しおりを挟むバルドンが去った翌朝、、
湯ノ花の里は静かな緊張に包まれていた。いつものように温泉街へ客が訪れる。笑顔もある。だが、その裏では確実に影が忍び寄っていた。
「えっ?塩が……足りない……?値段が高いだけじゃなくて…?」
ミサトは倉庫に並んだ樽を見て、息を呑んだ。
蓋を開けてみれば、底の方はすでに空っぽに近い。
「先週、予定していた荷車が来なかったんだ」
カイルが険しい顔で報告する。
「港からの運搬が止められたらしくてな……別ルートを探してはいるが、追いつかん」
塩だけではない。乾燥魚、香辛料、鉄の釘。生活や商売に欠かせない物資が、次々と不足していく。
温泉宿の料理人は困り顔で言った。
「せっかく客が増えているのに、味付けが物足りないって言われちゃうよ」
大工たちも声を荒らげる。
「おいおい!釘が無きゃ新しい宿が建てられねぇ!」
村人たちの表情に、不安が混じり始めていた。あの噂の囁きが現実味を帯びてきたのだ。
広場で、母親が子を抱えて言った。
「このままじゃ、また冬を越せない時が来るんじゃないか……?」
その一言が、まるで冷たい風のように広がる。
ミサトは拳を握りしめた。
「くそっ!……やっぱり、港は本気で締め上げにきてる…」
彼女の胸に重くのしかかるのは、村を守る責任だった。温泉を発展させ、人を呼び込むことはできた。
だが、それだけでは腹は膨れない。
経済と物流、、根っこの部分を握られれば、湯ノ花は簡単に崩れる。
『はい。ミサト。顔が暗いですよ』
リリィの声が、不意に優しく響いた。
「はは、、暗くもなるよ。村の人たちが困ってるのに、私には……」
言葉が途切れた。悔しさと焦りで胸が詰まる。
だが、そんなミサトにリリィははっきり告げる。
『はい。ミサト。ふふふ、まだまだ、ミサトには私が必要ですね』
「……え?」
『ミサト。心配しなくてもいい。道はあります。港が塞げば、山を越える方法を考えればいい。森を抜ける算段を立てればいい。人はいつだって、新しい道を切り開いてきたのですから。ミサトも言ってたじゃないですか』
ミサトは息を呑んだ。
、、そうだ。諦めるには早すぎる。
港町が道を塞ぐなら、自分たちで新しい道を作ればいい。
それは容易ではない。だが、困難だからこそ挑む価値がある。
ミサトは肩を落としかけた自分を叱咤するように立ち上がり、両手で頬を力一杯叩いた。
「いってぇ~…… よしっ!分かった。まだ、私にやれることはあるよね!」
『はい。ミサト。必ず打開策を見つけましょう。あなたと私なら』
窓の外には、夕暮れの赤が広がっていた。
試練の影は濃くなる。だが、その影を越える光を探す旅は、今まさに始まったばかりだった。
◇◇◇
だがしかし、不安はさらに現実の姿をとった。
ある夜、湯ノ花の倉庫に泥棒が入ったのだ。
持ち去られたのは、わずかに残っていた貴重な塩と干し魚。見張りが駆けつけた時には、犯人の姿は闇に消えていた。
「ふむぅ、……村の中の人間かもしれないのぉ…」
村長が険しい顔で呟いた。
「物資不足で腹を空かせた誰かが……」
ミサトは唇を噛みしめる。信じたくはない。
だが、それほどまでに生活は追い詰められているのだ。
その時だった。
バタバタと馬車の車輪が近づく音がした。広場に現れたのは、見慣れた姿、、カイル自身が引いてきた荷車だった。
荷台には、ぎっしりと詰まった樽や箱が積まれている。
「カ、カイル!? これは……」
「あははっ!トーレル商会から“退職金代わり”に貰って来たぞっ!」
カイルは照れくさそうに笑い、額の汗をぬぐった。
「俺は今日でトーレル商会を辞めた。ずっと迷ってたけど……バルドンと向き合って、はっきり分かったんだ。俺は金儲けのために生きてるんじゃない。守りたいもののために働きたいんだ!」
彼は真っ直ぐにミサトを見据える。
「ミサト、お前の下で俺を正式に働かせてくれ!」
その言葉に広場がざわめいた。
ミサトは驚きで声を失う。だが荷台の中身を見た瞬間、胸が熱くなった。そこには塩の樽、乾燥肉、鉄材、布、、不足していた物資がぎっしりと詰め込まれていたのだ。
「えっ??ちょっと、、こんな物資、ど、どうやって……?しかも私の下で働かせてって??」
「あははっ!びっくりしたか?商会を辞める時に、溜めていた信用と報酬を全部物資に変えてきた。これならしばらくは凌げるだろう」
村人たちから歓声が上がった。
「これで冬を越せる!」
「ありがてぇ……!」
ミサトは込み上げるものを押さえられなかった。
「カイル……本当に、いいの?私、負けるかもよ…」
「いいも悪いもねぇよ。俺はもう決めた。ミサトの下でなら、俺は命を懸けて働ける。お前ならこの世界を変えられる!俺はそう信じてる!!」
リリィが横で小さく囁いた。
『はい。ミサト。これはまさに“人材の獲得”という最大の投資が実った証ですね』
「ミサト!それでどうなんだ?俺を雇うのか?雇わないのか?」
カイルが微笑みながら言うと、涙ぐみながら笑うミサトは、深く頷いた。
「……分かった。カイル、これからは一緒にやっていこう!」
その瞬間、重苦しい空気の中に一筋の光が射した。
物資不足という現実はまだ続く。だが、ミサトの周りには確実に仲間が集まり始めていた。
そして彼女は改めて気づく、、自分一人ではなく、皆で進む道こそが、未来を切り開く力になるのだと。
続
20
あなたにおすすめの小説
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
落ちこぼれ職人、万能スキルでギルド最強になります!
たまごころ
ファンタジー
ギルド最弱の鍛冶師レオンは、仲間に「役立たず」と笑われて追放された。
途方に暮れる彼の前に現れたのは、伝説の鍛冶書と、しゃべる鉄塊(?)。
鍛冶・錬金・料理・魔道具――あらゆるクラフトスキルを吸収する《創精鍛造》を極め、万能職人へと覚醒!
素材採取から戦闘まで、すべて自作で挑む“ものづくり異世界成り上がり譚”が今、始まる。
裏切った元仲間? 今さら後悔しても遅いぞ!
神様転生~うどんを食べてスローライフをしつつ、領地を豊かにしようとする話、の筈だったのですけれど~
於田縫紀
ファンタジー
大西彩花(香川県出身、享年29歳、独身)は転生直後、維持神を名乗る存在から、いきなり土地神を命じられた。目の前は砂浜と海。反対側は枯れたような色の草原と、所々にぽつんと高い山、そしてずっと向こうにも山。神の権能『全知』によると、この地を豊かにして人や動物を呼び込まなければ、私という土地神は消えてしまうらしい。
現状は乾燥の為、樹木も生えない状態で、あるのは草原と小動物位。私の土地神としての挑戦が、今始まる!
の前に、まずは衣食住を何とかしないと。衣はどうにでもなるらしいから、まずは食、次に住を。食べ物と言うと、やっぱり元うどん県人としては……
(カクヨムと小説家になろうにも、投稿しています)
(イラストにあるピンクの化物? が何かは、お話が進めば、そのうち……)
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
異世界へ行って帰って来た
バルサック
ファンタジー
ダンジョンの出現した日本で、じいさんの形見となった指輪で異世界へ行ってしまった。
そして帰って来た。2つの世界を往来できる力で様々な体験をする神須勇だった。
竜の国のカイラ~前世は、精霊王の愛し子だったんですが、異世界に転生して聖女の騎士になりました~
トモモト ヨシユキ
ファンタジー
辺境で暮らす孤児のカイラは、人には見えないものが見えるために悪魔つき(カイラ)と呼ばれている。
同じ日に拾われた孤児の美少女ルイーズといつも比較されていた。
16歳のとき、神見の儀で炎の神の守護を持つと言われたルイーズに比べて、なんの神の守護も持たないカイラは、ますます肩身が狭くなる。
そんなある日、魔物の住む森に使いに出されたカイラは、魔物の群れに教われている人々に遭遇する。
カイラは、命がけで人々を助けるが重傷を負う。
死に瀕してカイラは、自分が前世で異世界の精霊王の姫であったことを思い出す。
エブリスタにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる