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第47話 【港町の圧力】
しおりを挟む港町からのその男がやって来たのは、温泉街の湯けむりがまだ薄く漂う朝だった。
豪奢な外套を羽織り、二十名近い従者を従えたその一団は、あからさまに湯ノ花の里の広場を見下ろすように立った。
先頭に立つ中年の男が声を張り上げる。
「我ら港町商業連合の使者、バルドン商会、バルドンがご挨拶申し上げる! 湯ノ花の里は、近ごろ急速に商業規模を拡大していると聞き及ぶ。だがその繁栄、港の後ろ盾なくしては長続きせぬぞ」
挑発的な言葉に、里の人々がざわめく。
ミサトは深呼吸をし、努めて冷静に一歩前に出た。
「遠路はるばるありがとうございます。ですが、ご心配なく。私たちは村人と仲間の努力で、ここまでやってきましたので」
バルドンは鼻で笑う。
「努力? 仲間? 笑わせるな。塩はどこから来る? 鉄器は? 布は? すべて港を通して供給されておるのだ。港の意向一つで、お前たちの繁栄は蜃気楼のごとく消え失せる」
里の人々の表情に、不安の影が走った。
塩も布も、確かに湯ノ花で自給はできない。鉄器だって農具や建材には不可欠だ。
ミサトは内心で焦りを覚えつつも、表向きは笑顔を崩さずに返した。
「そうですね。物資は確かに大切です。ですが、人の心もまた大切です。もし港が私たちを締め付けるなら、私たち、村人たちは誇りをもって立ち向かいますよ」
その言葉に広場から小さな拍手が起きる。
だがバルドンは、それを待っていたかのように声を張った。
「ほぉ~!!面白いっ!小娘!!では見せてみろ! 誇りとやらで、飢えをしのげるか? 貴様の今の答えで港はすでに湯ノ花への塩と布の供給を制限し始めるぞ!!冬を越せるかどうか、見ものよ!」
、、、供給制限。
その言葉は、鋭い刃のようにミサトの胸に突き刺さった。
バルドンはさらに一歩前へ出て、声を低くした。
「ふふっ、忘れるなよ小娘。商いは理想や友情や情熱で成り立つものではない。誰が物流を握り、誰が価格を決めるか……それだけが全てだ」
ミサトは心臓をわしづかみにされるような圧迫感を覚えた。
たしかに、物流を止められれば村は干上がる。理想論では村人の腹を満たせない。
だが、ここで屈すれば港に未来永劫、首根っこを押さえられることになる。
彼女は息を整え、視線を真正面に返した。
「でも、港だけが道じゃないですよね! 人は山を越え、川を渡って交易してきましたからね。湯ノ花の里にも、まだ見ぬ道は必ずあるはずです」
バルドンの目が細くなる。
「ほう……小娘が大口を叩く。だがその言葉がどこまで通じるか、試させてもらおう」
周囲にいた従者たちが不気味に笑った。
その笑いは、湯ノ花の人々の背筋を凍らせ、広場全体を支配した。
、、、港町は本気で締め上げに来る。
その現実を、誰もが骨身に刻み込まれた瞬間だった。
◇◇◇
その日の夕方、広場では市が開かれていた。
だが塩の値段は倍近くに跳ね上がり、布は数えるほどしか並んでいない。
主婦たちが顔を青ざめさせ、農夫たちが「こんな値段が上がったら…農具が買えない」とぼやく。
「はは……やられたわね…仕事が早いよ…」
ミサトは小声でつぶやいた。
リリィが横で、冷静な声を響かせる。
『はい。ミサト。港町は経済制裁の初手を打ってきましたね。供給路を握っている彼らにとっては、最も簡単で効果的な手段です』
「うん…分かってる……でも、こんなに早く影響が出るなんて」
頭の中で計算する。塩の在庫はあと二週間。布は在庫が尽きかけ、鉄器も補充がなければ来月には不足が確定する。
ミサトとリリィがどんなに早く計算しても全てが足りない。
ミサトは村の倉庫に足を運んだ。
灯火に照らされた木箱の中には、少量の塩と鉄くずのような農具だけ。積み上げられた袋も、どれも数えるほどしか残っていない。
「くっ、、……港が本気で封鎖してきたら、私たちの村は冬を越せない」
膝に手をつき、思わず声が震えた。
外では、村人たちがまだ「誇りを守ろう!」と気勢を上げている。
けれど誇りだけでは腹は満たせない。人は塩なしでは病に倒れるし、農具なしでは収穫ができない。
その現実が、ずしりと心を圧迫する。
「ねぇ……リリィ? わたし…見誤ったのかな…」
自分の戦略は情報や交渉で補えると思っていた。だが物資の不足という現実は、どんな言葉よりも重い。
下を向き、肩を落とし涙を溢すミサトの耳に、静かにリリィの声が届いた。
『はい。ミサト。違いますよ。見誤ったのではありません。敵はようやく、あなたを恐れて本気を出したのです。ただ向こうのが強かった。ただそれだけです』
ミサトは驚いて涙でグシャグシャの顔を上げる。
リリィは淡い光を放ちながら、少しだけ微笑むように声を響かせた。
『ミサト。だからこそ、次も私と一緒にまた新しい手を打ちましょう。……やっぱり、まだまだ“ミサトには私が必要ですね”。幸いまだ誰も死んでません。さぁ、反撃開始です』
その言葉に、ミサトの胸の奥がじんわりと温かくなる。港町の圧力は確かに強大だ。だが、自分は一人ではない。
横にはいつもリリィがいる。
支えてくれる仲間もいる。
ミサトは小さく笑い、涙を指でゴシゴシ拭った。
「ゔ……ゔんっ。絶対勝つよ!リリィ!!」
『はい。ミサト。その意気です』
夜の倉庫には冷たい風が吹き込んでいたが、心の奥には小さな灯火がともっていた。
、、まだ終わってはいない。ここからが勝負だ。
続
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