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第40話 【国境の奇跡】
しおりを挟む国境の丘には夕日が沈みかかっていた。
湿った風が、旗を揺らし、兵たちの鎧を鳴らす。
ひとつは黒地に金の鷲、、ザイール王国。
もうひとつは紅の竜、、ラインハルト王国。
もうひとつは黄金と髑髏、、アルガス国
その中央に、湯ノ花の蒸気と花の旗が静かに翻っていた。
「バレチン!旗持って来ててよかったね!」とフィオナが言うと、バレンティオは微笑み
「あぁ、うちの旗だけ無いとお前の姉ちゃん恥かくところだったな…あははっ。フィオナ……、始まるかもしれねぇから俺の後ろにいな」
◇◇◇
「早く女王を返せ!!」「お前ら皆殺しだぞっ!!」
ザイール軍の前列から怒号が飛ぶ。
槍を構える兵士たちの間に、焦りと恐れと怒りが混じっている。
その声の最前線にリュウコク、前国王ラインハルト、カリオス、ゴブ太郎ゴブ次郎率いるゴブリン軍団、マリーが陣取った。
その怒声を聞きながら、リュウコクは馬上から手を翳した。
「あははっ!みんな、お呼びじゃないよ……」
穏やかな笑みのまま、彼は少しだけ振り返る。
「ねぇ、ミサト?」
その言葉に促され、ミサトが一歩前へ進み出た。
湯気立ちそうなリクルートスーツを翻し、強く踏みしめる足音が、戦場の空気を変えてゆく。
「、、ザハラ、お願い。まずはザイールのみんなに説明して。取引はその後でいい」
ミサトの声は張りつめていたが、不思議と温かかった。
その声を受け、ザハラ女王は頷くと、ゆっくりと歩みを進める。
「ザイールの我が兵たちよ。私が今から語ることを聞け」 女王の声が風を渡る。
「私はこの者たちに囚われたのではない。彼らが見せたかった“里”を、この目で見たのだ。湯ノ花の里、、温かな湯に浸かり、清らかな水を飲み、地は豊かで、人は種族や垣根を超え、互いに手を差し伸べる」
兵たちのざわめきが広がる。
騎士団長が馬を一歩進めて叫んだ。
「女王陛下! そんな言葉、信じられませぬ!
奴らは我らの領を奪う策を弄しているに違いありません!」
ザハラは目を伏せ、一粒の涙を落とした。
「……領を奪うよりも、分け与える。そんな考え、私は持たなかった。だが、彼らはそれを選んだのだ。
水を分け、湯を分け、食を分け、未来を分ける……。それを…ザイールとも分かち合いたいと…」
その静かな声に、兵たちの槍がわずかに揺れる。
だが騎士団長は叫んだ。
「そんな上手い話があるかっ!信じれば全てを奪われる! 罠に決まっている!!言わされているんでしょ!女王様っ!!突撃の命令をください。ザイールの兵士は一人たりとも命などいりませんっ!是非突撃の号令をっっ!!」
、、その瞬間、ミサトの怒りが爆発した。
「罠? 上手い話? 命がいらない? てめぇ!!ふっざけんなよ!自分の親の前で同じ事言ってみろよ!?」
ミサトの叫びが風を裂く。
「こっちは昔っからの仲間を出すんだよっ!何が罠だよ? みんなが命張って、やっと掴めそうな和平を壊そうとするな!!」
前線の空気が凍りつく。
リュウコクが慌てて馬から降りミサトを宥めた。
「まぁまぁ、落ち着いて。ミサトが本当に怒ると手出すから…。そうなると僕ジェラしちゃうから……」
そのとき、後方から飄々とした声が響いた。
「んまっ、そういうことだから!」
カイルだった。荷物を詰めた麻袋を肩にかけ、いつもの調子で笑っている。
「俺はカイル。俺はパン焼くの上手だし、帳簿もつけられるし、まっ!ザイールのみんなよろしく頼むよ。ミサトにしごかれてるから働きは悪くないはずだ。ははは」
その軽口に、一瞬、兵たちの口元がゆるんだ。
ミサトが振り返り、涙をこらえながら微笑む。
「んぐっ、、……ほんと、あなたって人は……」
ザハラが静かに言葉を継いだ。
「騎士団長……急な話しを飲み込ませてすまぬ…。いきなり信じろとは言わぬ。だが、彼らを“一生疑う”のはやめてやってくれ」
ザハラの金色に輝く真っ直ぐな瞳に騎士団長は静かに頷くしか出来なかった。
そして女王は振り返り、兵たちに命じる。
「、、ニアをこちらへ」
その名にザイール兵たちがざわめく。
「こちらはニア様を差し出すのか……」
「ザハラ様の弟だぞ……」
ざわつく人混みの奥から、一人の青年が歩み出た。
痩せた長身、だが瞳にはまっすぐな光。
ザハラの弟、ニア。
「頼めるよな……」
ザハラの言葉に、ニアは静かに頷いた。
言葉はなかった。けれど、その頷きは誓いよりも強かった。
リュウコクが手を掲げ、声を張る。
「これにて、ザイール、ラインハルト、湯ノ花、アルガス、、、 四国同盟の成立を、ここにラインハルト国王リュウコクが宣言する!!」
その言葉にザハラ、ミサト、マリーが手を挙げ頷く。
次の瞬間、歓声があがった。
全兵士も、ゴブリンも、エルフも、誰もが旗を掲げる。
風が一斉に吹き、四つの国旗が空に舞う様に踊った。
ミサトは空を見上げる。
四つの旗の端に、月明かりが滲んでいた。
「……争いを止めたのは剣じゃない」
涙が一粒、、頬を伝う。
「誰かを信じようとした手の温もりだよね……」
『はい。ミサト。あなた、よくやりましたね』
リリィの声が耳元で優しく響いた。
「……やっと、少し報われた気がするよ…」
『はい。ミサト。ええ。でも今回泣きすぎです。今夜、塩分バランスが崩壊しますよ』
「うるさいなぁ……。これでも今泣かないように我慢してるんだから…。少し静かにしなさい。 でも、ありがと、リリィ」
『はい。ミサト。どういたしまして。 あの…当たり前のことなんですけど、、ミサト、平和って、いいですね』
その言葉に、ミサトは小さく笑った。
風が香る。温泉の湯気のように柔らかい風が、
国境を越えて流れていった。
◇◇◇
やがて、ザイール軍が静かに退却の列を組み始めた。槍の穂先が下がり、鎧の音が風に溶けていく。
誰も命じぬまま、彼らは自らの意志で剣を収めたのだ。そして旗がひとつ、ゆっくりと地面に伏した。
戦は、終わった。
その光景を見ながら、カイルがミサトの前に立つ。
「あはは、、ミサト。上手くいったみたいだな……それじゃ、俺、ちょっと向こうでパン焼いて、自分も焼いてこんがり日焼けでもしてくるわ!」
「ふふふ、会って誰かわからないぐらい日焼けしないでよ……。 うん。カイル、、ありがとう。お願いします。帰ってきたら、ぜ~ったい、さ~いこうの湯ノ花まんじゅう奢るから!」
「おっ?約束だな!」「うん。約束!」
二人は目を合わせて笑った。
けれど、その笑みの裏には、言葉にできない想いが溢れていた。
カイルは振り返らずザイールに向け歩き出す。
背中が景色の中に溶けていく。
見えなくなった瞬間、ミサトの頬を伝うものがあった。
堰を切ったように、大粒の涙がぽろぽろとこぼれ落ちる。
リュウコクがそっと近づき、豪奢なマントをミサトの顔を隠すように掛けた。
「ミサト。これで誰にも見えないよ☆ 好きなだけ泣きな。……そばにいるから」
「ふ、ふぇ、ふぇぇぇぇぇぇぇんっ! ふぇぇぇぇぇんっ!マント汚しちゃうよぉぉ!私今、“涙とか鼻水とか涎とか”全部出ちゃってんだかんねぇぇぇ!あとで弁償しろって言われたってお金ないんだからぁぁぁ!ふぇぇぇぇぇんっ!!」
ミサトはリュウコクのマントの中で子供のように泣きじゃくり嗚咽を漏らした。
「ふふ、、いいよ。色んなのいっぱい付けて。それ全部僕にとっては“ご褒美みたいな物”だから……。だから今はそのまま“色んなの全部出しちゃいな”。明日また笑えるように…」
その地に落ちるミサトの涙の音が、風の中で小さな祈りのように響いていた。
月が真上に上がる頃、、、
国境の丘には、もう戦の影はなかった。
ただ、歩み去る背と、静かな月光だけが残っていた。
続
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