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第39話 【国境への行進】
しおりを挟むまだ夜の名残が空に滲んでいた。
カイルの部屋には、蝋燭の小さな炎がひとつ。机の上には古びたリュックと、磨き込まれた木製のコップ。
彼は黙って荷物を詰めていた。手の中で音を立てる金属のボタンが、心臓の鼓動と同じリズムで響く。
ドアを開けると、そこにいた。
村の皆が、朝靄の中に整列していたのだ。
エルナが笑いながらタオルを投げる。
「カイルさん。忘れ物ないでしょうね!」
元村長は杖を突きながら目を細める。
「まるで息子を送り出す気分じゃ」
ゴブ太郎とゴブ次郎は胸を張り、
「カイル兄、絶対に帰ってこいよ!」と声をそろえた。
後ろでは、エルフたちが静かに笛を吹いていた。風の旋律が、朝の冷気を優しく包む。
「ふぅぅ~、、……みんな、ありがとうな」
カイルが笑う。
その笑顔の裏で、覚悟という名の鋼が静かに鳴っていた。
「俺はどこまで行っても湯ノ花の人間だ。だから、絶対に恥じない行動をしてくる」
そう言って前に進もうとした、そのとき、、。
ミサトが現れた。
赤く腫れた目をして、それでも背筋はまっすぐだった。
いつものリクルートスーツを風に靡かせ、風に揺れるたび、夕日が布を透かし、まるで光の翼のようだった。
「よぉ!待たせたな。準備できたぞ」
カイルの声に、ミサトは小さく頷く。
その声には震えがなかった。だが、その手は袖の中で強く握り締められている。
「うん。……みんな、聞いて。これから私たちは、国境へ行きます」
ざわめきが広がる。
「ザイール軍と、真正面から向き合うために」
空気が凍った。
誰かが息を呑む音が、やけに大きく響く。
「でも、、私たち湯ノ花は武器は、一切持たない」
その言葉に、全員の視線がミサトに集まった。
「争うために行くんじゃない。歩いて、見せるの。私たちが平和を望んでいることを」
しばしの沈黙。だが次の瞬間、誰かが「行こう!」と叫んだ。 村の誰も、後ろを振り返らなかった。
太陽が沈み始める、、
湯ノ花の民、百余名が列をなし、ゆっくりと国境を目指して歩き出す。
老人が杖を突き、子供が手を繋ぎ、エルフが笛を吹く。
ゴブリンたちは先頭で旗を掲げていた。
旗には、蒸気と花を象った印章、、湯ノ花の象徴が翻る。
その列の先頭を、ミサトとカイルが並んで歩いた。
しばらくして、丘の向こうに二頭の馬が見えた。
アルガスの三人だ。マリーが馬上から笑う。
「まったく、あんたたち、ほんとに歩いてきたの?」
「ええ。足で稼ぐのが湯ノ花流ですから」
「えっ?武器は?」 「ないよ」
バレンティオが口笛を吹いた。
「……マジか。敵軍の前で丸腰って、勇気があるのか無謀なのか分からんな……。フィオナ、どう思う?」
「んっ?私は丸腰で歩く姿が、一番強いと思う。きっと、戦より怖いことよ。バレチンは怖がりだからね。あはは!」 「ははは!俺は怖がりじゃねぇわ!」
その言葉に、ミサトはふっと笑った。
やがて霧の向こう、赤と金の旗がはためくのが見えた。左にはザイール軍の旗、右にはラインハルト軍の旗。両国の兵が、緊張に満ちた沈黙の中で睨み合っている。
リュウコクが白馬に乗って現れた。隣にはカリオス。
「やぁ、ミサト。遅かったじゃないか」
「ごめん、渋滞してたのよ。人道でね」
軽口を交わす二人。だがその声の奥には、張り詰めた覚悟が潜んでいた。
馬車の扉が開く。ザハラ女王が降り立つ。
彼女は薄衣の上に鎖帷子を纏い、金色の目には決意の光が宿っていた。
その前に、ミサトが立つ。
「ザハラ女王こちらが、、カイルです」
ザハラは一歩進み、彼を見つめた。
沈黙のあと、ミサトを見つめ静かに言う。
「きっと……国にとっても貴女にとっても大切な人なのですね。私の我儘を聞いてくれてありがとう」
ミサトは頷く。「ええ。とっても大切な人。それだけこの和平に意味がある。だから絶対に、乱暴に扱わないで」
ザハラは唇の端を上げた。「心得ました。約束しましょう」
「さぁ、行こうか」リュウコクが手綱を引く。
「待たせると父上が血圧を上げるからね☆」
冗談めかした声に、カリオスが笑う。
「あははっ!本当だな!あの人ならいつ突撃し始めてもおかしくないからな…」
◇◇◇
国境線、、、
地面に引かれた一本の線。その上に、二つの国の影が重なる。
前ラインハルト王が剣を腰に下げ、堂々と立っていた。
対するザイールの兵士長は、怒気を帯びた声で叫ぶ。
「女王を返せば我らは撤退する! さもなくば、この場で突撃するのみ!!」
その言葉に、空気が一気に張り詰めた。
だが前王は微動だにせず、耳をほじくり、目を細める。
「うるさいっ!大きい声を出すなっ!我だって始めたいわっ!!でもな、、息子に言われていてな。“血を流すな”と。だからしばし待て。だが、貴様らが待てぬなら、、やむを得んがな」
剣の柄に手をかけようとしたその瞬間、
「ちょっと待って!!」 ミサトが一歩、前に出た。
黒いリクルートスーツが風に舞う。
右隣にはリュウコク、カリオス左隣にはマリー、バレンティオ、フィオナ。その後ろには湯ノ花の人々たちが静かに立ち並んでいた。
ミサトは振り返り、民の顔をひとりずつ見つめる。
「……みんな、ありがとう。ここまで歩いてきた、それだけで、、もう平和は始まってる」
『はい。ミサト。今のすごく名言っぽかったです。録音しておきます?』
リリィがミサトの脳内に話しかける。
(うっ、、やめてよ、恥ずかしい!)
『はい。ミサト。“湯ノ花の奇跡”、第三章•ミサト、歩いて世界を救う』
(やめろって!脳内に話しかけんな!うるせぇ!人の人生を勝手に章立てすんなぁぁぁ!少し黙っとけ!!)
涙の跡を袖で拭いながら、ミサトは少し笑った。
いつもの調子を取り戻したミサトを見てリリィがクスッと笑うように光る。その笑いが、確かに平和の音に聞こえた。
そして誰もが息を呑んだ。
その声は、軍の喧噪よりも、剣の音よりも、ずっと静かで、ずっと強かった。
リュウコクが小さく呟く。
「くぅぅぅ!痺れるね~。見てよ、カリオス!あのミサトの凛々しい立ち姿の可愛さ♡ご飯おかわりしちゃね☆」
カリオスが苦笑する。
「バカ、、現状見てみろ…。一触即発だぞ!早く女王返して、交渉終わらせて来い!……さもなくば俺が“一番槍”行っちまうぞ…!」
霧の中、夕日が差し込み、国境の白線が金色に輝いた。
戦の影と、平和の祈りが、ひとつの光の中で交わっていた。
続
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